第110粧 悪役令嬢だけど、やってない!
今、私の目の前で繰り広げられているやり取りは、なんだろう。
日々苛烈になっていくいじめを見かねて、ヒナタちゃんのところにキュリテの格好をした私が駆け寄った直後のことだった。
「私、この目でしかと見ておりましたわ! ノワールさまが、白の神子さまに多くの嫌がらせをされているところを!」
「へ?」
どうしてこうなったのかよくわからないけど、突然現れた人物にノワールに変装した兄さまが責められ始めてしまった件……。
ノワールと言われたからには本物のノワールである私だって全く他人事ではないのだけど、あまりの突然の発言に、不思議と画面の向こうで繰り広げられているような感覚がした。
最初のうちは何が起きたんだろうと思いはしたけど、ノワールが責められる騒動は乙女ゲームで悪役令嬢の悪事が暴かれるイベントにそっくりだと言うことにようやく気付いた。
でもなんとなくそっくりなだけで、ゲームとは少し異なる展開になっている。
何が違うかと言うと……。
ひとつ、イベント発生時期が早すぎること。
ふたつ、糾弾する人物は本来ガイアスであったこと。
みっつ、責められているのが本来のノワールではなく、変装した兄さまであること。
この三点かな?
そんな状態だから、当然責めている人物はガイアスじゃない。
じゃあ責めているのは誰かと言うと、金髪のカールが見事で私よりもよっぽど令嬢感に溢れる少女が、兄さまが演じるノワールの前にぺったんこな胸を張って立ちはだかっている。
ヒナタちゃんと私をかばうように立つ兄さまの後ろで、私はノワールを糾弾しようとしている彼女をじっと観察した。
よく見てみると、私はこの子をゲームで見たことがある気がする。
確か悪役令嬢の取り巻きだったはず。
名前は確か取り巻きっぽい名前だったような……トリマキマキだっけ? エリマキトカゲではないよね?
「トリアリス……」
地声出ちゃわない? 大丈夫?
と言いたくなるような低声でノワールな兄さまが呼び捨にしたことで、私は彼女の名前とゲーム内での役割を思い出した。
トリマキマキではなく、トリアリスでした……。
ゲームでのトリアリスは悪役令嬢とまでは言わないまでも、ノワールに取り巻いて一緒に行動をしていたことで白の神子の生命に関わるような嫌がらせをしでかしてしまう。
その結果、彼女もそれなりに散々な末路を辿ることになるので、小さい頃は彼女がどう動くのかがすごく気になっていたんだった。
……いつの間にか存在自体忘れていたけど!
うーん、でも何だろう……。
トリアリスとは面識がないと思うけど、ゲーム以外……つまり実際に見かけたことがあるような気がする。
声もなんとなく聞き覚えがあるような気がするし……。
もしかして実は、幼少期に会ったことあったりするのかな?
でも思い出そうとすると、気持ちがもやもやしてきて集中力が乱れてしまう。
思い出そうとしても思い出せないことが不安になって、私は思わず目の前にいる兄さまの袖をつかんでしまった。
それにしても、ゲームでの彼女はノワールの取り巻きだけど、私も兄さまも彼女に全く取り巻かれていないんだけど、今のトリアリスってどう言うポジションなんだろう?
でも今は取り巻きがどうこうとか考えている場合じゃない。
訳が分からないことを言うトリアリスに向かって、兄さま越しに声をかけた。
「ノワールがいじめをしているなんて、君は何を言っているんだ?」
「心配しなくても結構ですわ、キュリテさま。私がこの性悪女からあなたを助けてさしあげます」
キュリテを装う私を見るトリアリスの眼差しに親愛が混じっていることに気付き、怖気付いて思わず後ずさりしてしまった。
私たちを知っているような言い方と態度だけど、トリアリスはやっぱり私と、それに兄さまとも面識があるの?
そもそも、ノワールからキュリテを助けるって、どういうこと?
トリアリスはヒナタちゃんを助けようと思って、ノワールを糾弾し始めたわけじゃないの?
そう言う話の流れじゃなかったっけ?
「白の神子さまをいじめたのが私であると……トリアリスさまはそう仰るのね?」
「ええ、そうですわ」
キュリテに対して親愛を向けているように見えるトリアリスが兄さまを睨んでいるけれど、私怨のようなものを感じる。
兄さまも何故かすごい形相で彼女のことを睨み返している。
ただならぬ雰囲気から、二人の間に何かしらの因縁関係を感じるけど……二人の間に何かあったの?
ん? いや、因縁あったのって本物のノワールである私?? どっち!?
訳が分からないよ!?
混乱している私をよそに、二人の口論が次第にヒートアップしていた。
「証拠はありますの?」
「私が証人でございますわ!」
「……話になりませんわね。それでは白の神子さまから話を伺いましょう」
「あなたの手口は分かっておりますわ。そうやって神子さまを脅していらしたのでしょう? 神子さま、あんな女の言うことなど、聞く必要ございませんわ!」
「えっ、で、でもノワールちゃんは……!」
トリアリスに突然話を振られたからでもあるんだろうけど、割り込み辛い雰囲気に負けじとヒナタちゃんが勇気を出してノワールをフォローしようとしたけど……。
「ひっ……」
まるで、ヒナタちゃんに何も語ってほしくないような迫力で威嚇するような視線を向けるトリアリスに、ヒナタちゃんは言葉を詰まらせてしまう。
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