第109粧 悪役令嬢、匂いを嗅がれたい疑惑発生

「そう言えば、闇の因子抱えてるかどうかも、空気のよどみってやつで分かるの?」

「だいたいだけどな」

「じゃ、じゃあ私は? よどんでる?」


 じゃあもしかして、私が敵対勢力の人物だってことが使者たちに気付かれてたりするのかな?

 なんて思いながらも好奇心に駆られておそるおそる聞いてみたら、予想外の回答が返ってきた。


「ああ? お前は他のよどんでるやつよりかはよっぽどまともな方だぜ」


 と言うか知らないうちに調べていたのかー!?


「いや、そんなことないでしょ! それなりによどんでるでしょ!」

「は? お前どういう方向に自信持ってるんだよ!?」

「ほら、駄犬くん! 私の匂いをきちんとお嗅ぎなさい! ほらほら!」

「男の格好してお嬢さま口調で変な台詞を口走るな! 誰かに聞かれてたらヤベー奴だろ! あと匂いじゃ分かんねえって言ってんだろ! ちょっと待ってろ」


 駄犬くんはそう言って、私に向かって左手をかざした。


 なんだかんだ言いつつも頼み込むと色々とやってくれるので、チョロい系ツンデレなのではないかと彼の今後が心配になってくる。


「そのポーズって、いちいちやらないとダメなの?」

「シッ! 集中力途切れるから黙ってろ」

「はーい」

「うーーーん……」

「……」


 沈黙とか間があると緊張するなあ、ノリで聞くんじゃなかったかも。

 なんて思いながら鑑定の行方を見守っていると、駄犬くんがふと首を傾げ始めた。


「やっぱりあんまよどんでねえ……ん? なんだ……」

「ふわっ?」

「びっくりするほど少ねえな」

「へ? びっくりするほど?」


 駄犬くんの声に思わず身構えてしまったけど、予想外の結果を口にされて思わずきょとんとしてしまった。


「基本的に神子以外の奴は、闇の因子を少なからず抱えてるんだとさ。だけどお前は極端に少ねえな。なんかこう……神経質なほど因子を掬い取ったみてえだ」


 うん? なんで黒の神子なのに闇の因子少ないんだろう?

 誤判定では?


「でも全然ないわけじゃねえし、妙に偏りがあるな。なあ、ちょっと触って良いか?」

「へっ? 触るって……どこを!?」


 いやいや、さすがに詳しく調べられると黒の神子バレしそうで怖いんだけど……!


 そう思って後ずさりすると、駄犬くんがムキになって叫んだ。


「いや別に変なことしねーよッ!! そっちの左手が……」

「えっ」


 左手と思って思わず身構えると同時に、背後から鋭い声が聞こえてきた。


「駄犬、キュリテ! 何をしているのです!?」

「んなっ!?」

「ひょわあッ!?」


 突然のことでビックリしたのは、私だけじゃなくて駄犬くんもだった。


「びびびびびびっくりしたじゃねえか!」

「に……ノワール?」


 私たちに声をかけて来たのは兄さまで、私と駄犬くんの間にするりと入り込んだ。


「あなたたち、いま不埒なことをしようとしていましたわよね?」

「お前ほんといちいちうっせーよな! んなことしてねえよ!」

「うんうん、そんなことしてないよ!」

「匂いを嗅ぎなさい、などと言ってましたわよね!?」

「えーと、あれは言葉のあやと言うか何というか……」

「聞いてたのかよ!?」

「声が大きかったですもの、聞こえて当然ですわ! それに触るとも言っていましたわよね!!」

「だからやましい意味じゃねえっての!」


 うそん……。

 二人して興奮してて、思わず大音声になっていたのに気づかなかったのかも。

 次から声の大きさに気を付けよう……。


 それと、今の兄さまの声も大きくなってます……。


「ほらキュリテ。こんなところで駄犬と戯れていないで帰りますわよ」

「だから俺を犬呼ばわりするなって」


 どうやら兄さまは私と一緒に帰ろうとして、私を探してくれていた様子。


「え、でもヒナタちゃんが階段から落ちたのを調査してたのに……」

「そのような調査は学園側の仕事ですわ。駄犬も放課後は訓練ではなくて?」

「だったら、そいつから目を離すんじゃねえよ。神子のいじめがお前のせいだって言われてて、とばっちりで何があるか分かんねえんだぞ」

「……そのようなこと、言われなくとも分かっていますわ」

「じゃあ俺行くわ。気を付けて帰れよ」

「うん、ありがとう駄犬くん」


 もしかして駄犬くん、私のこと心配してくれてついてきてくれてたのかな?


 兄さまと二人で駄犬くんを見送ったあと、兄さまと一緒に帰ることにした。


 鞄を取りに行くために、二人で廊下を並んで歩いて教室に向かう。


 途中、兄さまに手を繋ごう? と目で訴えて手を伸ばしたけど、断られてしまった。


「人目につくところで手でも繋いでみなさい。言いがかりのような意味の分からない噂が立ちますわよ。そう言うのは、せめて家に帰ってからにしなさい」

「仰る通りです……」


 現在進行形で噂に迷惑をこうむってる兄さまの言葉は、ものすごく説得力がある。


 それでは家に帰ったら、盛大に手をにぎにぎさせて頂きましょう!


 ふと、歩いている最中に駄犬くんが言っていた兄さまの爆弾所持発言を思い出した。

 あれってどういうことなんだろう……。


 黒の神子に関わる人物だから、兄さまも闇の因子に囚われる可能性があるってこと?


 でも唐突に兄さまに「闇の因子感じる?」なんて聞いたら、呆れられそうだし……。

 どう聞いたらいいんだろう。


 うまく聞き出すこともできず、私は空いた手に寂しさを感じながら兄さまの隣を歩いた。

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