第099粧 悪役令嬢は確かめたい
緩んでいる頬をむにむにと抑えて自分の顔と格闘していると、溜め息をついた兄さまがどうして私の部屋にいるかを答えてくれた。
「俺はノワールの様子を見に来たんだ」
「私の様子?」
見に来たって言うにしては、なんで就寝時間近くなのに女装したままなんだろう?
ちなみに私の服装を確認して見ると、シンプルなワンピース姿と言う普段家にいるときの格好をしていた。
学園生活向けにぎゅーぎゅーに締め付けられていたお胸さまは、今は平常通り解放感に溢れている。
もちろん、節度のある範囲でね!
で。ナニコレ?
寝た記憶もなければ、着替えた記憶もないんだけど?
「そう言えば私、いつ寝ちゃったのかな? ご飯の前に寝るなんて、ありえないよね」
「まったく……心配するところは夕食じゃないだろ。お前は気を失っていたんだ。覚えてないのか?」
「へ? 気を? 何で?」
「俺が聞きたい! なかなか起きないから、家に連れて帰って来たんだからな。そのまま目を覚まさないかと思って心配したのに……まさか目を覚まして最初に言う台詞が『ご飯まだ?』とはな……」
「あは、ははは……心配かけてごめんね……。でも何があったんだっけ?」
「白の神子が階段から落ちたのは、覚えているか? お前はその現場にいたらしいな」
「あ! そうだ!」
兄さまに言われて、はっと我に返った。
「ヒナタちゃんは? どうなったの!?」
ガイアスが助けた場面を目撃してはいたけど、足を捻ってたりしてないか心配だよ!
「興味がないから聞いていなかったが。自分のことよりも随分とお前のことを心配していたから、たいしたことはないんじゃないか?」
「そう……なの? じゃあ明日聞いてみる」
兄さまのヒナタちゃんへの態度が冷たすぎる件。
「で、だ……」
兄さまは真剣な眼差しを私に向けて言葉を切った。
「なになに? 改まってどうしたの?」
「どうしてノワールが失神したんだ? 白の神子に何かされたのか!?」
「いやいやいや! いくら白の神子と黒の神子だからと言っても、私はヒナタちゃんに何もしてないし、当然何もされてないよ!!」
「ならどうしてお前が気絶したんだ!」
「変なことはないから落ち着いて!」
兄さまが感情を露わにして叫ぶ様子に、あのとき何があったのかを思い出そうとする。
「どうして気絶したかって……言われる……と……?」
その瞬間、私の脳裏にヒナタちゃんが落下したときに浮かんだ光景が蘇った。
「う……」
「ノワール!?」
だいぶ思い出せたけど、それでもその記憶を深堀しようとすると、頭にズキズキと響くような痛みが走る。
「怒鳴って悪かった……。気絶したんだから、しばらく無理はするな。もう今日はそのまま休めば良い」
「大丈夫……。兄さま、聞いて。私、思い出したことがあるの……」
「何をだ?」
「昔、階段から落ちたときのこと……」
「今は白の神子のことなんかどうでも良いだろ。調子が悪いなら早く休め」
「ううん、ヒナタちゃんのことじゃない」
私は首を横に振ってから、兄さまと目を合わせる。
ヒナタちゃんの出来事を否定した私が何を思い出したのか予想つかないのか、女装姿の兄さまがキョトンとした表情を見せていて可愛い。
「私……兄さまに女装を持ちかけたときに、言ったよね。婚約後に初めてガイアスが家に訪れたときの話のことを」
元々私が予言したのは、ノワールが大怪我をする、と言う出来事だった。
「…………ああ」
兄さまは何故か一瞬だけ怯むような様子を見せたかと思うと、何でもないように私のことを見返してくれた。
「あの時、私は階段の手すりを滑って落ちたけど、結果的にキュリテに助けてもらって……軽い怪我で済んだよね」
「……そうだな」
でも……。
「だけど、本当に大怪我をしたのは、私をかばったキュリテだった……」
「っ……」
ぽつりと呟くと、兄さまの息を飲んだ音が聞こえた気がした。
「そうだよね? 兄さま……」
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