第097粧 悪役令嬢はある意味、すでに闇に囚われている?

「ガイアス……」


 それまで婚約破棄のこととか色々考えていたはずなのに、ガイアスと目があった途端、考えていたことが一斉にふっと頭の中からかき消えて……何故か気が遠くなりそうな気がした。


「ノ……キュリテくん!」

「キュリテ!?」


 ぼんやりと遠くで二人の声が聞こえるような気がする。


 ガイアスから逃げようと思って立ち上がりかけていたけれど、脱力してへたり込んでしまった。


「あ……れ?」


 意識はすぐに持ち直したものの、まるで長い間彷徨っていた霧の中かからようやく切れ目が見えて抜け出せそうになったように、頭が急速に回転していくような感覚が始まった。


 私の脳裏に、現状に関係のないはずの、けれどもどこか似た光景が浮かび上がっていく。


「うぅ……ぐ……」


 呆然とした表情で私を見つめる、幼い顔立ちのガイアス。

 階段の傍の地面に座り込んで、誰かに覆いかぶさるような姿勢になっている私。


 その様子はまるで、私がその子のことを助けられずに後悔している場面のようで……。


 まだ少し頭に霧がかかったようにぼやけて見える光景は、胸が張り裂けそうになるような感覚と、忘れてはいけない出来事だったような気持ちにさせられる。


 それなのに、その光景を深く覗き込もうとすると、似て非なる光景が脳裏に割り込んでくる。

 小さかった頃にガイアスが遊びに来た日に、私が階段から落ちて兄さまが助けてくれたときの光景と重なって見えてしまう。


 知っているはずの記憶と、思い出さなければいけないような気にさせられる記憶。


 二つの情報がせめぎ合うように浮かび上がっていく感覚が、記憶に乖離があるような違和感を呼び起していき、私はますます心をかき乱されるような気持ちになっていく。


 気持ちがもやもやして気分が悪い……。

 頭がズキズキとして痛い……。

 知りたい、思い出したいのに、思い出せない……。


 届きそうなのに手が届かない……!


「う……」


 私は誰のことを助けられなかった?


 その子は誰だった?


「キュリテ! しっかりして!!」

「っ!?」


 そんな中、記憶でもなんでもなくガイアスが現実でキュリテを呼ぶ声によって、小さかった頃の彼の声が自然と蘇ってきた。


『キュリテ!!』

『ノワール! しっかりして!! 僕が助けを呼んでくるから、ノワール!』

『いや! いや!!』


 かつてガイアスに肩を掴まれた感覚と今の私の感覚とが折り重なって、記憶の中の階段の下で倒れていた人物が、鮮明に浮かび上がる。


「ひっ……!」


 私が寄り添っていた人物、それは……キュリテだった。


「キュ……リテ……!?」


 どうして?

 どうして記憶の中のキュリテが、階段の下で倒れているの!?


 だって昔私が階段から落ちたときは、兄さまは私を助けてくれた!

 そのおかげで私は軽い怪我で済んで……。


 ……あれ?


 助けてくれたキュリテは、どうなったの?


「あ……ちが……ちが……う……?」


 もしかしたら、私はずっと思い込みをしていたのかもしれない。


 今の兄さまが無事だから、記憶の中から消し去りたかったのかもしれない。


「そうだ……。わた……わたしの……せいで……」


 本当のことを、思い出した。


 私が階段から落ちたあのとき、私を庇ったせいでキュリテは大怪我をしていたのに!


「あああああ……!!」


 知らずのうちに蓋をしていた思い出の残酷さと、頭と左手の痛みが堪えきれなくなって、私は絶叫する。


「にゃー!!」


 意識が遠のいていく中で、オプスの声が頭に響いた。

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