第005粧 兄さまの押すな押すな

「女装の件はいったん置いておこう」

「えー。ぶーぶーぶー!」

「えーって言いたいのはこっちだ、まったく。なんでそこまでして俺に女装させたいんだか……」

「そこにロマンがあるからだよ!」

「どんなだ」


 兄さまがふかーく溜め息をついた。


「まあいい。気になることがあるんだが、その乙女ゲームで俺はどんな役割なんだ?」

「えっ?」

「いや、破滅を回避するんだろう? 俺が破滅の要因になることはないのかと思ったんだ」


 どちらかと言うと、ノワールの破滅フラグのせいで巻き添えを食らった上に兄さまが死にます。

 なんて言えない!


 そう言えば、さっき兄さまに良く巻き込まれるって言われたばっかりだったし!


「それで、俺の役割は?」

「悪役令嬢の双子の片割れだよ!」

「それだけ?」

「それだけ!」

「本当に?」


 なんでこんなしつこいの!?


「本当の本当! 雑魚のモブ!」

「双子の片割れが黒の神子と言う特殊な環境。それなのに、本当に何もないと?」


 その上、攻略キャラみたいに美形だしね!


 何もないわけじゃないけど、兄さまも死んじゃうなんて気軽に言えるわけないじゃない!


「……俺が変に動いたことで、お前の破滅フラグが変に立ったりしないのか?」

「……うーん? 大丈夫じゃない? たぶん」

「……そう、か」


 でも、兄さまが気になるのももっともかも。


 黒の神子の双子の片割れと言う、単語だけなら重要なポジションにいるくせに、なんでそんな情けない末路を迎える役柄なんだろう?


 いやだって、各キャラの攻略ルートで友人役としてちょこっと出てくる程度なんだよ?


 目の前の兄さまと、出番の少ないゲームのキュリテが同じ性格かどうかなんてわからない。


 でも、それでも私の兄さまが悪運に巻き込まれて情けなく死んでしまうなんて、考えられない。

 要領良いから、うまいことトラブルを避けられそうなのにね。


 うーん? なんだろう……。

 私、何か、見落としてる?


 兄さまが私のことを、「ガイアスに嫉妬しないだろう」って言ってくれたのと同じくらいに、違和感があるかも。


「少し、考える」


 兄さまが私の頭をぽん、と優しく叩いた。

 兄さまはいつも手袋をしているから、髪の毛を触られる感覚がなんかちょっと不思議。


「えっ?」

「いや、女装のことじゃない。お前の破滅を回避する方法のことだ。少し考えるから待ってほしい」

「に、にいさま……!」

「いいか、間違っても早まるなよ! いいな! 絶対だからな!!」

「うん!!」


 分かりました、兄さま!

 それって押すな押すなってことですよね!


「ちょ、本当にわかってるのか?!」


 つまり、もっと強い力で押せってことですよね!

 わかります!!


 このノワール、自信をもって強くプッシュさせていただきましょう!


「その顔、絶対に分かってないだろ!!」

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