第002粧 兄さまと早口言葉

 私はじりじりと兄さまとの距離を詰めていく。


「一旦、落ち着け。いつの間にか手に持っているドレスとウィッグも下ろすこと。良いな? まさか俺に着せるつもりじゃないだろうな?」

「じー」

「そんな目で見られても俺は着ない。絶対に着ないからな!」


 兄さまは、めちゃくちゃ警戒しているようだ。

 私は、まわりこみたい!


「そもそも、なんで俺がお前の代わりをしなくちゃいけないんだ?」

「ほら、最近うわさがあるじゃない。しぇんせいじゅちゅしの予言」


 うぐ、また噛んじゃった。


「ああ。お前の予言よりもよっぽど信憑性のある占星術師の予言」


 私よりも呂律の良い兄さまが、嫌味のようにわざとっぽく発言しております。


「ぶーぶー」


 私が頬をふくらませて不満を訴えると、兄さまが私の頬をふにふにと指で突きながら呟いた。


「占星術師の予言か……」


――間もなく闇に飲まれる世界を救うため、闇を払う白の神子を召喚する。


 国がようする占星術師が数か月前に告げた一言で、世間は大騒ぎになっていた。


 最初は、世界が滅ぶと予言されてパニックになった人たちがいた。


 だけど、世界を救う存在が現れると言うことで、ここのところは落ち着いている。

 むしろ、盛り上がってるかも?


「で? その予言と女装に、どんな因果関係があると言うんだ」

「あるんだよ!」


 私はそう断言して、左手の甲にある、うっすーーーい三日月型のアザを兄に見せた。

 ちょっと中二っぽいポーズで!


 ノリノリでポージングしたのに対して、兄さまはしかめっ面をしている。


「ノワール、忘れたのか? あまり人にそのアザを見せないようにと……」

「だって兄さまはアザのことを知っているんだから、見せたって良いでしょう。それに薄くて良く見えないんだし」

「どんなタイミングで悪意のある人間に見られるかわからない。普段から用心するんだ」


 半ばあきらめ気味な溜め息をつく兄さま。


「はあ、しかし、そうか。いや、女装の意味はまったく分からないが、占星術師の予言とそのアザが関係するのは分かった」

「うんうん!」


 理解の早い兄で私は嬉しい!


「ノワールの自爆系予言に関係なく、他人にそのアザが見られることには問題があるな」

「ちょっ、自爆なんてしてないもん!」

「自覚がないのか? ノワールの予言は、一人で勝手に騒いだと思ったら俺を巻き込んで沈没していくやつが多いんだ。気づいてないことは、ないよな?」

「う。いやほら、そこはあれ、私と兄さまは双子だし、一心同体で以心伝心だから、兄さまが巻き込まれるのは当然であって……」

「さすがにそれはない」


 手厳しい兄で私は悲しい……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る