51. 妹の襲来
「……置き手紙? 蓮の字だけど何かあったのか?」
冷静になって室内を見渡すと、机の上に小さな紙片が置かれていた。どうしてメッセージアプリを使わなかったのかは分からなかったが、そこに書かれた内容を見てそんな些細なことはどうでもよくなった。
『芽衣がここに向かって来てるらしい。頑張ってみるが、もしダメだったなら部屋に押しかけてくるだろう。上手くいけば連絡する。連絡がなかったら備えておいてくれ。結人がこれをどのタイミングで読むか分からないが、オレが突破されても間に合うことを祈っている! 蓮 AM 8:17 』
「なんで起こしてくれねえんだよっ!? 一緒に考えればよかったじゃん! 今来られても何もできねえよ!」
絶望の叫びを上げつつ時計を確認すると、AM 8:52 と示されていた。三十分以上の時間が経過していることを考えると、蓮の足止めはある程度処刑時間を先延ばしにしてくれているらしい。しかしまだ連絡はないので安心できない。
最悪の事態を想定してどうしようかとアタフタしていると、美咲が心配そうに小さな声で尋ねてきた。
「ど、どうしたの、結人? すごく動揺してるみたいだけど……」
「えっと、美咲、申し訳ないけど少し隠れててくれないか? 事情を詳しく説明する暇がないから簡単に説明すると、ブラコンの妹がここに来るかもしれなくて、あの件で美咲に何をするか分からないんだ……」
「……そ、それなら御影が妹さんにもきちんと謝ってお話すれば」
両手を胸の前で握り、真剣な表情で、けれど少し怯えているようにも見える様子で意見を口に出した美咲。その覚悟は尊重したいが、蓮から聞いた芽衣の話を考えると首を縦には振れなかった。
「そうするのがお互いベストなんだけど、話を聞く前に何かする可能性が高いから、まずは俺に任せてくれないか? それにまだ来ると決まったわけじゃ―――」
ガチャ
ドタドタ
「ゆ、ゆいと! スマン! 無理だったっ!いまは部屋片づけるって言って待たせてるから、今のうちにどうにかしねえと!」
儚い希望は単独行動の結果ミッションに失敗して戻ってきた親友によって砕かれた。焦っている様子から事の重大さは理解しているようだが、今のこいつは如何せん情けない。
ため息を堪えながら、俺は二人に指示を出した。
「……言いたいことは色々あるけど今はそれどころじゃなさそうだな。美咲はとりあえず靴持ってクローゼットに隠れててくれないか? 一応話をつけてみるから。蓮は美咲の痕跡隠しの手伝いと、入ってきてからのフォローを頼む」
「うん、わかった!」
「よし、今度こそ力になってやる!」
頼もしい返事が聞こえてきたものの、一抹の不安が拭いきれない。それでも最善を尽くさなければ待っているのは最悪のエンディングだ。
急いで手を動かし、部屋の簡単な掃除と三人目の形跡を隠蔽する。時間としては数分だったが、突然芽衣が入ってきたらどうしようかとひやひやした。
とはいえ、本気でやればあっという間に片付くものだ。そろそろ入れても大丈夫な状態になっている。最後に細かいところを確認していると、蓮が最後に残った巨大な物体について判断を求めてきた。
「なあ結人、このキャリーバッグはどうする?」
「色は白で外見は特に女性らしい要素もないし、男が使ってても変じゃないから蓮のものってことにしよう。流石にそれを隠すスペースはないし」
「りょーかい! それならこっちはだいたいオッケーだぜ!」
親指をグッと立てて合図する親友はかっこいい。だが今の心情でフィルターをかけると少しイラっとくる。だからというわけではないが、俺は美咲の方に話を移した。
「分かった。それで、美咲の方は狭くないか?」
「……う、うん。大丈夫」
「じゃあ少しの間そこで待ってて。大丈夫そうなら芽衣と話す時間つくるから」
「わかった」
こくこくと頷く美咲を可愛いなぁと思いつつ、服とか下着とかいろいろ押し込んでいるクローゼットに入ってもらうことを申し訳なく思った。
「ふー……。よし、覚悟決めるか」
もう一度周囲を見渡して問題がないことを確認。脳内にあるいつもの部屋の様子と照らし合わせて相違点を明確にしたのち、その理由を説明することができるか考える。脳内で処理を行った結果はオールグリーン。
小さく蓮に向けて頷き、大丈夫だと伝える。それを受けた親友は玄関へとゆっくり歩いていった。扉の開く音が聞こえ、続いて足音が三つ聞こえてくる。
ん? 三つ? おかしくね?
「おじゃましまーす! お兄ちゃん、おはよ―」
「せんせーおはよ。あとおじゃまします。ふーん、せんせーってけっこういい部屋に住んでるんだね」
まさかの人物の登場に、脳内で組み立てたシミュレーションが全て崩壊していった。まったく想定外のピースが乱入してきたことで俺の処理能力が著しく低下した気がする。
理解が追いついていない俺は簡単な疑問を口に出すので精いっぱいだ。
「な、夏葉!? どうしてここに……?」
「あ、すまん、結人。もう一人いるってこと言い忘れてたわ」
「……」
この野郎。朝からずっとから回ってる感じがするけど、マジで大丈夫か? さっきから芽衣の方ばかり気にしてるし。
……まさかそんなこと。ありえる、のか?
昨晩の感じでは妹的な存在という話だったはずだろ?
いや、まあ確かに芽衣はここ数年でかなり成長した。蓮は二年半以上会っていないわけで、前にあったときが中学二年だったことを考えるとその変化は大きいのかもしれない。
違う違う! 今はそんなのどうでもいいんだ!
気になることはできたが、今はそれどころではないのだ。とにかく穏便にすべてを終わらせる。その最重要課題に向け、俺は口火を切った。
「それで、突然二人でどうしたんだ? 俺は何も聞いてないけど……」
「久々に蓮さんと会って初めての飲み会するって聞いたから気になってさ。何か変わったかな、って思って!」
いろいろ折り込み済みで根回ししたであろう芽衣はどこか嬉しそうだ。蓮と俺を交互に見つつ、どうなのか聞き出そうとしているのが分かる。
そんな妹に続いて私服もカワイイ教え子が質問に答えた。
「アタシは芽衣に連れられて無理やり……。というか、せんせーその恰好寝間着?」
「あ、着替えるの忘れてたな」
「なんか背中の方汗すごいけど大丈夫?」
指摘されて初めて気が付いたのと同時に、冷や汗が背中を伝った気がする。そしてどうしてそうなっているのかは、容易に想像できた。
美咲がずっと張り付いていたからだと。
蓮の方を見ると、我関せずといった様子でそっぽを向いている。味方はいないようだが、それでも今はまだ夏。言い訳ならいくらでもできるのだ。
思考を巡らせていると、心配性の妹が近寄ってきて俺の服に手を伸ばした。
「ホントだ。お兄ちゃん気を付けないとまた風邪ひくよ?ほら、それ脱いで着替えて」
「……え、ここで脱ぐのはちょっと」
夏葉もいるし、なんなら近くに美咲もいる。そこで上裸になるのはなんとなく気恥ずかしかった。
けれど妹は何やってんだという呆れの表情で抵抗する俺の腕を引きはがそうとしてくる。
「女々しいこと言わないで筋トレやってる成果でも見せてよね。って、あれ? なんかお兄ちゃんの背中から嗅ぎなれない匂いが……?」
あ、マズい……。
匂いまで気が回ってなかった。……何がオールグリーンだよ。
詰めの甘さに呆れつつ抵抗する力を失った俺は、そのまま上に着ていたTシャツをはぎとられるのだった。
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