49. 親友の思惑と耐久レース
「話は終わったか? お二人さん」
色々と美咲から質問されていると、風呂上がりの親友がのほほんとした表情で声をかけてきた。文句の一つでも言ってやりたくなった俺は美咲の追求から逃げるように蓮の方へ方向転換する。
「おい、蓮。なんで美咲にさっきの話したんだよ?」
「へぇ……美咲、ねえ?」
昔使い慣れていた呼び名がすっと出てきたことに違和感はない。だが先ほどまで苗字で呼ぶのを聞いていた親友は思うところがあるのか含みのある、人をイラつかせる顔で此方を見ている。
「ニヤニヤすんな。それより質問に答えろ」
「そんなの、面白そうだからに決まってるだろ? あ、ドライヤー借りるぞ」
「……こんにゃろう。俺の気も知らないで」
悪びれもせずあっけらかんとした様子で髪を乾かしてる蓮にも考えがあるのかもしれない。でもセンシティブな内容なだけに、簡単には納得できないところである。
そんな感情を読み取ったのか、付き合いの長い幼馴染は俺を諭すかのように言葉を返した。
「別に構わないだろ? 御影にも事実を知る権利はあるし。それに、その事実を知ったうえでどうか、っていうのを聞かなきゃいけなかったんだよ」
「どういう意味だ?」
「それは結人が自分で考えることだ。というかもう遅いし寝ようぜ? 御影の今後とか諸々の話は明日の朝な。結人のバイトは昼からだろ? オレも昼までなら時間とれるし、ぶっちゃけ精神的にかなり疲れたし眠いんだわ」
スポーツ選手には邪魔なのか髪を短くしている蓮はすぐにドライヤーの電源を切り、室内の時計を見てからそう提案した。確かに色々あって疲れているのは確かで、それはこの場にいる人間全員に共通していることだと思われる。
「……分かったよ。ん? 待てよ。来客用の布団はワンセットしかないけど、どうするのが最適だ?」
しかしここで問題が発生した。
……どうやって寝るのか問題が。
いや、しかし、常識的に選択肢は限られている。
「御影がベッドで男二人が布団なり雑魚寝じゃねえか?」
「まあ、そうなるか」
親友も同じ考えに至ったようで、うんうんと頷きながら同意した。しかしずっと黙って俺たちの会話を聞いていたもう一人が、その最適解に対して首を横に振る。
「ちょ、ちょっと待って! 御影は突然転がり込んだんだし、流石にベッドは借りられないっていうか……正直寝れる気がしないっていうか……」
顔を赤くしながら俯き、徐々に声が小さくなっていったので最後の方はほとんど聞こえなかったものの、小さな唇の動きから何を言っているのかは分かった。
何故寝られないのかは分からなかったが、それよりも今は納得してもらうしかない。気遣いは嬉しいが、それだと問題のあるパターンを選ばざるを得なくなるのだから。
「えっと、遠慮されてもそうしないと―――」
「分かった。じゃあオレがベッドで寝るってことで。おやすみ!」
は? 何言ってんの、こいつ?
何が「分かった」だよっ! しかもなんか腹立つ顔してるぞ、アイツ。
「ちょ、おい、蓮! ふざけんなっ!」
くそっ、亀みたいに布団に閉じこもりやがった。
裏にある考えは読めないが、やはり蓮が何の理由もなくこんな身勝手なことをして俺を困らせるとは思えない。ただ、こうなってしまった以上選べる行動は一つだけだろう。
「ね、ねえ、結人。……どうする?」
「……俺はどこでも寝れるから気にせず布団で寝てくれ」
展開についてこれていない美咲が落ち着かない様子で尋ねてきたため、残された唯一の方法で対応しようとした。
「嘘つくなよ、結人。固いところじゃ寝れないよな、昔から」
しかし、またしても何もかも情報を握られている男に潰される。布団から首だけ出している様にも腹が立った。
ただ、もう文句を言う気にもなれず、葛藤しながらも諦めの境地へと至った俺は、問題しかない選択肢へと手を伸ばした。この提案を女性からさせるのは違うと思ったこともあり、すんなりと口は動いてくれる。
「……美咲、申し訳ないけど一緒の布団でも大丈夫?」
「ゆ、ゆいとがいいなら……」
綺麗な白い肌を紅潮させ、恥ずかし気に視線を彷徨わせる美女。変わらず薄着の彼女と同じ布団で寝るなど、理性を試されているとしか思えない。それも、絶対に崩壊させてはいけないという前提の上で。
どっちにしても寝れないんだろうなと思いつつ、俺は歯を磨いてからそれほど使われていない布団に入った。
「……お、おじゃまします」
同じくアイスを食べた美咲も歯磨きを終え、遠慮がちに隣へと寝転がる。
「じゃあ電気消すぞー」
どこか楽しそうな調子の親友の声が聞こえ、室内が暗くなった。
闇の中で視界が閉ざされ他の感覚がより鋭くなったのか、ほぼゼロ距離にいる美咲の小さな動きや息遣いなど、聞いてはいけない音が聴覚を刺激する。
ああ、これはマズい。
もっと大きい布団にしとけばよかったという意味のない後悔すら、隣から感じる熱で燃えていった。
お互いに背中を向けた状態だが、寝返りをうてば触れしまうくらいの近さである。美咲の様子は分からないが、この状況は不安に違いない。心の距離が縮まったとはいえ、いざこざのあった男の隣にいるのだから。俺という人間が報復のために襲ってくるという可能性だって頭の中にあるはずだ。
こんな提案しなきゃよかったな……。
選択を間違えた気がしてならない。もっと良い方法があったのではないかと思う。しかし美咲が頷いてくれたのも事実。彼女の覚悟を無駄にする行動はできないと、俺はそう勝手に決めつけて長い長い耐久レースへと挑む。
「スースー」
しばらくして後ろから寝息が聞こえ始め、美咲は寝たと判断した。ここまで大変な旅路であったことは容易に予想できる。こんな状況だが、その疲れが出たのだろうと思った。
一応信頼してくれているのかもしれないと安堵したその瞬間、背後で動きがあった。身体の向きを変えたのだろうとすぐに察した直後、敏感な聴覚が音を拾う。
「ん―、ゆいと、いかないで……」
「っ!?」
そこで俺の耐久レースは終わりを告げた。
背中に触れた手と、耳元で呟かれた甘い寝言。そのまま背後から抱き寄せられ、温かく柔らかい感触が身体を包む。
こ、これはマズい!
脳が溶けていくというのはこんな感じなのか? 思考が乱れ、ボーっとしてくる。ふみちゃんのときのことを思い出し、今回も気絶してくれれば楽だったと思った。しかしあれで多少耐性がついたのか、そうなってはくれない。鼓動が早くなり、欲望が掻き立てられる。
いやいや、それは絶対ダメだ!
それでも寝こみを襲うのはダメだと言い聞かせ、そこでふと思い出した。
さっき話してくれた、彼女が心に傷を負った事件のことを。無理やり眠らされて尊厳を踏みにじられそうになったということを。
状況が違うとはいえ同じことをやるわけにはいかない。耐えられないなら、逃げるしかないだろ!
両拳を額の前で固く握り、そのままそこに頭を振り下ろす。
ゴツッ!
意識の強制シャットダウン。これにより、俺の耐久レースは終了したのであった。
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