If-2. エイプリルフール-1
夏葉の場合
「ねえせんせー。アタシね、せんせーのこと好きだよ。夏にやった告白ゲームのとき言ったこと全部、ホントのことなの」
「……はいはい。そういうのは別の日に言ってくれ」
俺だってバカじゃない。今日という日をきちんと理解している。
エイプリルフール。嘘が許されるというよく分からない日だ。だがそれを前もって知ってさえいれば、騙されることはない。怪しいものや突拍子のないものは全て嘘だと思ってしまえばいいのだから。
いつもの部屋に座っている俺に対して男心を弄ぶような嘘をついてきた教え子は、冷静な俺の対応に不満そうである。
「むぅ、ノリが悪いなぁ。じゃあ明日告白したらちゃんと答えてくれるの?」
「さあな。というか夏葉も高三になるんだからそんな幼稚な嘘をつくな」
「……嘘じゃ、ないもん」
質問の答えをはぐらかしつつ一応家庭教師としての務めとして教え子を窘めると、目元を潤ませながら俺の言葉を否定してくる。一瞬ドキッとしてしまったが、小悪魔な教え子のことなのでこれも演技に違いない。
「……演技って分かってるからな。ホント、演技上手いヤツはこういうとき楽しいんだろうな」
「せんせーつまんないっ! 嘘って分かってるなら付き合ってくれてもいいじゃん」
文句を言いながら立ち上がり、俺の正面からベッドの上に移動した夏葉。温かくなってきたせいか可愛い私服も生地が薄くなってきていて、さらにはスカートを履いているので目のやり場に困る。
別に部屋着でもいいと思うのだが、教え子はいつも女の子らしい格好で俺を迎えてくれる。まあ男ならそっちの方が幸せだし口には出したことがないのだが……。
家庭教師として褒められない思考を破棄し、不満顔も可愛い教え子に付き合ってやることを示す。
「はぁ……分かったよ」
俺だって演技力を磨いてるんだぞ? 美咲の件もあるしな。
どうせなら夏葉が驚くような演技をみせてやろうじゃないか!
「よし! じゃあもう一回やるね!」
ベッドの上に座っていた夏葉が嬉々とした表情で立ち上がる。俺もそれに合わせて教え子の正面に移動した。そして再び涙目の美少女が出現する。合わせて演技のスイッチをオンにし、物語に出てきそうなセリフや言動をインストールした。
「……嘘じゃ、ないもん」
「夏葉……。そう、だったのか。気づけなくてごめんな。俺も夏葉のこと好きでさ、家庭教師にくるたびドキドキしてた。正直に言うと理性を保つのも大変だったんだ。……だから、いいよな?」
軽く肩を掴み、そのままベッドへと夏葉を押し倒す。床ドン、いや、この場合はベッドンになるのか? を繰り出したことにより、眼前に夏葉の端正な顔が広がった。大きな瞳が見開かれ、その綺麗な宝石がさらに輝きを増しているように思える。
「ひゃっ! せんせーなにしてっ!?」
「なにって、両想いならこれくらいいいだろ? プールで肌を触らせてくれたんだから、キスくらいで恥ずかしがるなよ」
何言ってんだ、俺? なんかズレたキャラクターを演じてないか?
そんなことを思ったが、夏葉が中断する気配もないのでそのまま続行する。
「え、いや、アタシ、そんなつもりじゃ……」
「もう我慢できないんだよ、俺は。……夏葉が欲しい」
「ふぇっ?」
「恥ずかしいなら目瞑ってろ」
「……う、うん」
ここまでか。流石にこれ以上はシャレにならない。それにこの先は本気で理性が蒸発してしまいかねない。
「ふぅ、こんな感じか?」
「……へ?」
「演技とはいえ恥ずかしいもんだな、こういうの。夏葉も迫真の演技だったからついつい興が乗って……って夏葉?」
冗談っぽく笑っていると、教え子が顔をりんごにも負けないくらい真っ赤に染めて小さく震えていた。
「せんせーのバカッ! 今日はもう帰って!」
無理やり締め出された俺は、わけもわからず帰路につく。
「……まあ確かにアレはマズかったか」
妹の芽衣が持っている漫画の年上男キャラを思い出して演技をしたのだが、思い返すとかなり痛々しいうえに犯罪的な感じもする。
次くるときにはケーキでも買ってこようかと、ご機嫌斜めであろう教え子への貢物を考えつつ、季節の移り変わりを肌で感じながらゆっくりと足を進める俺であった。
――――――――――
眞文の場合
書店でのバイト中。いつものように訪れたお客さんのいない閑散とした時間帯。去年まではやってこなかったが、信頼関係を築けている自信を持ててきた今年ならいける。そう思った俺はエイプリルフールのウソをふみちゃんにしかけた。
「……ふみちゃん、俺バイトやめようかと思ってるんだ」
「えっ!?」
「急で申し訳ないんだけど、いろいろあって……」
「そ、そうなんだ……。結人くんにはお世話になりっぱなしだし、そろそろ自立しなきゃいけない頃って、こと、なの、かな……?」
突然の申し出に驚いた様子を見せてから、急転直下と言っても過言ではないくらいに表情が沈んでいく同僚の天使様。それだけで胸が苦しくなってきたのに、その目尻に水滴が浮かび始めたらもう死にたくなるくらいの後悔が押し寄せてくる。
「……ご、ごめんね、泣いちゃって。いつかはその日がくるって分かってたのに……」
涙を拭いながら謝られた瞬間、罪悪感が俺に土下座をさせた。
「す、すみませんでしたぁ! エイプリルフールのウソなんです! やめないから泣かないで!」
「……え? エイプリル、フール……?」
「はい」
「……」カァ
恥ずかしそうに顔を赤くしたふみちゃんを可愛いなと思いつつ、やらかしてしまったことを再度謝罪する。
「ホントにごめん」
「じゃ、じゃあまだ私の隣にいてくれる? 人見知りの克服に付き合ってくれる? 支えて、くれる?」
「も、もちろん!」
くそ、可愛すぎんだろっ! 涙目プラス上目遣いでこの言葉だぜ? 断る男がいるだろうか、いやいない。
「……よ、よかったぁ。こ、これからもよろしくね、結人くん」
「こちらこそよろしく、ふみちゃん」
「……」
「……どうかした?」
俺の返事に対して何か納得のいかない様子を見せるふみちゃん。何事かと尋ね、返ってきたのは死刑宣告にも等しい言葉であった。
「……嘘つきの結人くんは、嫌い」プイッ
「グフォッ!」
思わず吐血し、その場に倒れ込む。
「えっ!? ゆいとくんっ!?」
「神は、死んだ……」ガクッ
「う、うそだから! 結人くんのこと好きだから! しっかりしてっ!」
ゆさゆさと小さな手で身体を揺らされながら、焦りが含まれたふみちゃんの紡いだ言葉を聞いた。その瞬間に俺の心に天使が舞い降り、傷を完全に修復してくれる。
「うん、しっかりした!」
「よかったぁ……死んじゃうかと思ったんだよ?」
「……ごめん。ふみちゃんに嫌われたかと思った、つい……」
「あ……」カァッ
「あれ、顔赤いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫だから! あっちで商品整理してくるね!」
「……やっぱ可愛いなぁ。来年は気を付けよう……マジで」
同じミスは二度と繰り返さない。次あんなことを言われたら死ぬ自信がある俺は、そう強く誓うのだった。
--------------------------------
ヒロイン全員分は間に合いそうにないので後日更新します。
よろしくお願いします。
REVERSi
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます