46. シャワーと気持ち

「なぁ結人。まさかアイツの世話焼こうとか思ってないよな?」


「……蓮が何もしないなら、とは思ってる」


 現在シャワーを浴びている御影さんを除き、俺と蓮は今後について二人で話している。自分の使っているバスルームで美女が汗を流しているという状況はなんとなく変な気分になってくるが、親友の質問で邪な考えは消えてくれた。


 悩みながら答えた返事に、蓮はやれやれといった様子でため息をつきながら意見を口にする。


 「はぁ。お前らしいけどさ、アイツのやったこと忘れたわけじゃねえだろ? 確かに良い方向に変わったってのは分かる。でも納得はできねえな、オレは」


 「今でもあのときの表情がチラついて怖くなるのは確かだよ。ただ、そのときとはお互いに変化してるし、何よりも蓮との約束を破って家出してまで謝罪しにきたことは素直に凄いと思うんだ」


 強い反対の意思を示され、俺はまだはっきりしていない自身の感情を整理しながら今思っていることを言葉にした。でも親友の反応はいまいちなものだ。それはそうだろう。確かなことは何もないのだから。


 「まあそれはそうだな。けど演技に磨きをかけて報復にきたって可能性はゼロじゃない。オレたちの目が正しいとは限らないんだ」


 「……分かってるよ」


 「でもまあ、当事者は結人だ。オレに決定権はない。……だから今回は後悔すんなよ」


 「ああ。ありがとな」


 本当に良いヤツだと、改めて思う。幼馴染とはいえ、ここまで俺のことを理解してくれていることには感謝しかない。


 内心で頭を下げていると、その親友が再び真剣な表情で口を開いた。


 「あ、でも一つだけ確認な。御影のこと、まだ好きな気持ちはあるのか?」


 改めて言葉にされたのは、俺が考えないようにしていた事柄だ。さっきまで恋愛の話をしていたこともあるのだろうが、蓮は御影さんに対する俺の対応が甘すぎると思っているのかもしれない。


 初恋の相手だ。どれだけ酷い仕打ちを受けたとしても、あのときの気持ちが完全に消えることはない。惚れた弱みというのもきっとあるのだろうと、できているか定かではない第三者目線でそう思った。


 「……どうなんだろうな。手を貸したいって思ったのにそういう気持ちがなかったといえば嘘になる。でも今の俺には―――」


 他に好きな人がいる。


 口にはできなかったが、おそらく蓮には伝わったはずだ。


 「シャワーありがと。ふぅ、スッキリしたー」


 「「っ!」」


 俺の返事を遮ったのは御影さんのくつろいだ声。ドアの方向に視線を向けて……俺たちはすぐに目線をそらして黙りこむ。


 「どうしたの?二人とも」


 おそらくきょとんとした表情で首を傾げているであろう御影さん。できれば俺たちの行動で察してほしかった。何も言えない俺に代わり、珍しく動揺している蓮が説明してくれる。


 「なんでそんな薄着なんだよっ!」


 「え、まだまだ暑いし、御影、薄着じゃないと寝られないから……」


 「オレたちのことも考えてくれ。その、なんだ……目に毒だ」


 言い方が悪いのは意地だろうか。しかしこれでも伝わるだろうと、俺は思っていた。だが彼女も女性としての意地があるのか、蓮の言い草に腹を立ててしまう。


 「蓮ってばひどくないっ!? 結人もそう思ってるの!?」


 「えっ、あの、なんというか、可愛いけど普通にエロくて目のやり場に困る、かな……?」


 さっきまで四条くんと呼ばれていたのにいきなり昔の呼び方で話を振られ、思わずドキッとしてしまう。その動揺からか、俺の口は正直な感想を紡いだ。


 「ふぇっ!? ・・・ご、ごめん! 着替えてくるね!」


 可愛く悲鳴を上げてからバスルームの方向へと消えた御影さん。俺たちも男なので、下着の上にいわゆるネグリジェ、しかもかなり薄手の透けてるようなヤツを纏っただけの姿を見せられるとかなり気恥ずかしい。というかいろいろマズい。


 悶々としていると、蓮が呆れた様子でため息交じりに呟く。


 「自覚がねえのかな、アイツ。それとも狙ってやってんのか……?」


 「それは流石にないんじゃないか? 正直テンパってて演技かどうか見極められなかったけど」


 「はぁ。アイツもお嬢様だしな。そりゃあ非常識な部分はあるか」


 親友の言うとおり令嬢である御影さんの以前の様子を思い浮かべていると、現在との違いがはっきりしていた。


 「昔はもっと完璧に見えたけど、あれは演技で作った顔だったって改めて分かるな。今は気を張ってる感じもないし、アレが素なのかも」


 「……やっぱ初恋の相手は特別か?」


 どんな表情で喋っていたのかは分からないが、蓮が戸惑いながらこういう問いをしてきたってことは、まあそういうことなのだろう。けれどそれは少し違う気がするんだ、俺は。


 「そんなんじゃねえよ。ただ、さっき下の名前で呼ばれ―――」


 「あの、気が回らなくてごめんね、着替えてきた。あ、二人も汗流すなら待ってるよ。二人にきちんと謝りたいし……」


 再び言葉を遮られたが、別に問題はない。言っても言わなくてもどっちでもいいことだし。それよりも問題なのは御影さんの提案についてだ。


 女の子が使った後のバスルーム。ここは俺の住まいだが、それだけで一気に使用のハードルが跳ね上げる。普段から妹の芽衣が泊まりにきたりしているが、家族ならずっと同じ風呂に入ってきているので今更抵抗はない。だが今回は違う。さっき扇情的な姿を見たこともあり、身体のラインとかも分かっているため余計に想像力が掻き立てられる。


 「結人、先に行ってこい。オレはこいつと先に話さなきゃいけないから」


 「……お、おう。分かった」


 俺のことを思ってか真剣な様子で御影さんに話があると言う親友。変な妄想をしていた自分が恥ずかしい。


 親友の言葉を受けてさっさと風呂の支度を済ませ、俺はいわゆるリビング空間から出て扉を閉める。何を話すのかは気になったが、ゆっくり汗を流した方がいいのかもしれないと直感的に思った。


 「ホント、どうなんだろうな……」


 いまだにはっきりしない自分の気持ちもスッキリすれば変わるのだろうか。耳に入ってきた俺自身の声は、どういうわけかいつも通りに聞こえるのだった。

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