40. 親友の存在と一つの気持ち


 「まさか結人が三人の女性と仲良くしてるとはなぁ。よかったよかった。それで、どうなんだ? 一人は芽衣もあったことないって言ってたけど、オレにも色々聞かせてくれよ」


 「……マジでそんなに話すことないぞ」


 酒のおかげもあって普段より積極的に話を聞き出そうとしてくる親友は止まりそうにない。正直ここで話してしまうと芽衣に情報が漏れそうで怖いのだが、これまで相談する相手がいなかった俺としても、親友に聞いてもらいたいという気持ちが確かにある。


 だからこそ、次に蓮が発した言葉で俺の口は割れたのだ。


 「つれねえなぁ。オレとお前の仲だろ?」


 「分かったよ……。でも芽衣には何も言うなよ」


 「りょーかい! オレの口からは何も言わねえよ。それで、まずは誰から?」


 蓮の言い回しに違和感を覚えたが、アルコールのせいだろうと俺の鈍い頭は判断した。この判断が後々俺を苦しめることになるのだが、ふわふわと幸せ心地な今の俺がそんな未来を想像できようもないことは明白である。


 そんなわけでアルコールによって饒舌となり、心理的な壁も消え去った俺の口は普段の倍以上のスピードで回る。


 「……そうだな。バイト先の娘さんで同僚の星宮眞文さんから話そうか。ふみちゃんって呼んでて、俺たちとは同級生で一番付き合いが長いな。一年の春にバイト始めたときからだから、かれこれ二年半か」


 「……芽衣がまふみんさんって呼んでた人だな。天使みたいな人だって聞いたけど」


 YES!まさにその通りだ。我が妹もよく分かっているではないか。彼女こそ現世に出現したエンジェル!


 「それは間違いない。可愛いし、優しいし、良い匂いするし、家事もできるし、家族思いだし、あとすげえ可愛い。……それに、人見知り克服するために頑張ってる姿がすげえ尊敬できるし、かっこいい」


 冷静な判断力を失い羞恥心などまったく感じられない俺は、前半ヒートアップしたかと思えば後半しみじみと語りだすという不安定さを露呈していた。そんな俺の様子に我が親友も目を点にしている。


 「……結人の気持ちはよく分かった。それで、その子とはどんな感じなんだ?」


 「……最初はぜんぜん会話にならなくてさ、バイト中に本の話とか星宮家のこととかを話してちょっとずつ仲良くなって、そのうちバイト終わりに星宮一家に飯をご馳走になるようになって、そこからもっと近づけたって感じだな。呼び方はつい最近ふみちゃんになったけど、その後さらに距離が縮まって、この前は水着姿を拝んだり……」


 語彙力が失われるほどキレイで可愛い天使の水着姿を思い出しつつ、そのときにやらかしてしまったことも思い出して言葉が止まってしまう。もちろん、その失態を見逃してくれる親友ではない。


 「……おい、なにやったんだ?」


 「……事故で胸にダイブした」


 やましい気持ちがあったわけではないので、正直に答える。


 「これは……芽衣に報告だな」


 地獄への門が開きかけた。


 「まてっ! それはマズい!」


 「……冗談だよ。で、続きは?」


 「冗談に聞こえねえよ……。えっと、その後はナンパから助けたり、体調崩したときに看病してもらったり……って感じっすね!」


 あれ? 酒が入ってると嘘がつけなくなるのかな、俺? リスクを考えれば言うべきではないことなのに、それを隠そうとして逆におかしい言動をしてしまっている。再び蓮に訝しげな視線を向けられ、隠蔽しようとした内容を問いただされた。


 「今度はなにやったんだ? 話し方から丸わかりだぞ」


 「これまた事故があって同じベッドで寝ましたね、はい。柔らかい感触と良い匂いのせいで俺は気絶してたけど……」


 「……よかったな、その子が芽衣に話さなくて」


 やれやれといった様子で俺の幸運に安心してくれる蓮は、やはり俺の幼馴染兼親友だ。とはいえ、こいつは芽衣とどんなやりとりをするか分からない。だから信頼しつつも釘を刺しておく。


 「……まあな。だからぜったいに芽衣には言うなよ。死ぬぞ、俺」


 「分かってるよ。って、それはともかくとして、その子のことどう思ってんだよ? もちろん恋愛対象として見た時に、だぞ」




 場に似つかない真剣な声の問いに、酔いが瞬時に覚めた。


 理由は単純だ。この気持ちを口に出すことが怖いから。ここまで思いの丈を存分にぶちまけてきたわけだが、いざ本心を口にするとなるとビビってしまうのが俺という人間だ。


 しかし、ここで蓮に対しても気持ちをぶつけられないようなら、あのトラウマを乗り越えることなど絶対にできない。


 だから「君」のことを思い浮かべて勇気を貰う。本人にはまだ無理だとしても、ここで一歩進むんだと決意して、その先のストーリーに進むのだと決意して、俺は言葉を紡ぐ。



 「……好きだよ。当たり前だろ? ……過去に怯える俺の女性恐怖症を緩和してくれた人なんだから」



 おそらく俺はすっきりした表情をしているだろう。気持ちを「一つ」とはいえ言葉にしたのだから。


 「……確かにそれもあるだろうけど、結人が頑張ったからこそだろ。でもまあ、そうか。ホント良かったな、そんな人に出会えて」


 そこに親友の優しさが入ってきて、心がじんわりと温かくなった気がした。かけられた言葉に、心の底から同意する。


 「ああ、ホントに感謝しかない。だからふみちゃんの人見知りもなんとかしてあげたいんだ……」


 「お前ならできるさ。なんたってオレのコーチをしてた男なんだから。本気出せば世界一のトレーナーになれるだろ?」


 買い被りだ。俺はそんなたいそうな人間ではない。でもできると言われたことは素直に嬉しかった。照れ隠しではないが、蓮の言ったことは強めの口調で否定しておく。


 「本気で努力してる人に申し訳ないからその道はねえよ。今は研究の道を考えてるところだ」


 「そっか。でも遠慮することはないと思うぞ、オレは」


 「……俺自身が納得できないんだよ」


 「結人らしいな。それで? 研究やりたいっていうのは講師の先生の影響か?」


 こいつは二つの事故のことも、それによって俺が変わってしまったことも知っている。その上で俺のことを理解して肯定してくれるのだから、本当に感謝しかない。


 気恥ずかしさもあり、止まっていた手を動かして再度お酒を口に含む。ちょうど先生の話が出たので、次の話題は決まりだ。


 「まあそうだな。じゃあ次は桜井先生の話にするか……」


 「え? 桜井先生? 偶然か?」


 「いや、偶然じゃない。俺らが世話になった桜井病院の桜井先生の娘さんらしい」


 「マジか!」


 二人そろって過去にお世話になった桜井病院の院長である桜井先生と、その娘さんで俺の指導教員である桜井先生。いやはや、かなりややこしい。


 さて、どうやって説明しようか。そんなことを考えながら口元が緩むのを感じた。きっと俺の中でいい方向に進歩があったのだろう。蓮という唯一無二の存在がそれを引き出してくれたと思うとなお嬉しい。



 親友の持ってきてくれた海外のお酒がさっきよりも美味しく感じ、酔っぱらっているにも関わらずスッと飲み干すことができた。


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