39. 宅飲みでのお話

 「「乾杯っ!」」


 盃を交わす兄弟のように、というのは変かもしれない。けど幼馴染の蓮と初めての酒を酌み交わすのだ。そういう感慨深さがあるのは間違いなかった。


 色とりどりのラベルが眩しい欧州の酒類に、普段一人で酒を飲むことのない俺は何故か興味をひかれる。視覚的な面白さというものがあるだけで、商品として一つのアドバンテージだと思われた。まああっちではそれは当たり前だから、物珍しさに買う旅行者向けなのかもしれない。


 だからといって別に味が悪いというわけではなく、スーパーに置いてある馴染みの酒と飲み比べても新鮮で美味しかったりする。空きっ腹にアルコールを入れるのもあれなのでつまみに合わせて買っておいた惣菜と冷凍食品で意を満たしつつ、俺たちは会っていなかった間のこと、そして昔の懐かしい話に花を咲かせるのだった。




 ある程度飲んで俺もちょっと酔いが回ってきたかなというところで、少し顔を赤くしている親友が何かを思い出したかのように口を開いた。その整った顔から紡がれた一つの告白には、今の状況を作ってくれた相手への感謝の気持ちが見え隠れしている。


 「そういや、さっきはかっこつけたけどさ、実のところ芽衣がいろいろ教えてくれたからこそ、オレは結人に会う覚悟ができたんだ。だからあまり責めないでやってくれよ。芽衣も結人のこと考えて行動してるみたいだし」


 「分かってる。……ただ、何度も言ったけどあれは全部俺のせいで、蓮が気にすることじゃないんだぞ?」


 芽衣のことは重々承知だ。俺もあいつには感謝しているんだから。あれだけ兄のことを考えて行動してくれる妹もいまどき珍しい。ときどき怖いし口は軽いけど、兄として誇らしい妹である。決してシスコンというわけではないが、あいつには幸せになって欲しいと、本気でそう思うのだ。だからこそ、まず俺が過去を乗り越えなければならない。


 親友は曖昧に話したが、あの件についての後悔と自責の念は確かに伝わってきた。俺が乗り越えるべき過去であり、蓮の枷となっている出来事。


 ただ、蓮がここにくる決心をした時点で、まったく向き合えていないわけではないということが分かると思う。だからこそ、俺のことをよく知る親友もこの件で言い合うのは辞めようと思ったのだろう。


 「……いや、オレのせいだ。……と言いたいところだが、結人は譲らないだろうし二人のせいってことにしようぜ」


 「そうだな。俺も一応前に進めてるっぽいし。だから蓮も……遠慮なく恋愛してくれよ?」


 二つの意味を込めて伝えた俺の気持ちに、蓮は少し困ったような笑顔で返した。


 「ああ。結婚式のスピーチ頼んだぜ」


 「……蓮の結婚式は人が多そうだからやめとくわ」


 これは俺のマジな意見である。いろいろ欠点もあるが基本ハイスペックな親友は人脈もすごい。サッカー選手というのもあるかもしれないが、とにかくいろんな人と知り合いなのだ。そんな奴の結婚式でスピーチなど、緊張でろくに舌が回らないに決まっている。


 「そりゃないだろっ! あ、でも芽衣を嫁に貰えば強制参加だよな」


 とんでもないことを言い出したのは酔っているためだと信じたい。俺としては反対しないが、本人たちもおそらくそうならないと分かっていることだ。


 「やめとけ。あいつに蓮はもったいない。それに今更恋愛対象に思えないだろ?」


 「まあな。オレにとっても妹みたいなものだし。それにオレは……」


 己の運命はもう受け入れていると、そう瞳が告げていた。さっき自由に恋愛してくれと言ったのは、一つに俺への遠慮。そして二つに家の事情という意味を込めたつもりである。しかし蓮は二つ目に抗うつもりなど毛頭ないらしい。


 「そうか。悪い」


 「ずっと前から知ってるし、親にも謝られてるから気にしてねえよ。相手がまともな人ならそれでいい」


 「……名家ってのはまだ政略結婚なんかやってんのかよって、俺は思うけどな」


 縁遠い世界の話に文句をつけながら、俺は海外のビールを飲んで日本のより飲みやすいなぁと思った。まあ俺みたいに自由恋愛で結婚できそうにないやつはそういう方がいいんだろうけど。


 ネガティブな思考でつまみと酒を口に入れていると、親友は困ったように苦笑しながら爆弾発言をした。


 「オレが連れて行って親父が納得するのはおそらく芽衣だけなんだよなぁ……」


 「……は? マジで?」


 「ああ。でも芽衣だからってわけじゃなくて、結人の妹だから納得するんだ。親父は結人のことかなり買ってるからな。今より強い関係を家族間で結べるならってことだろ、きっと」


 「……そういう人だったな、親父さん」


 よくも悪くも人とのつながりを大切にする。まあ実際にお互い仲もいいし、みんな一緒にいれるならそれもアリだとは思う。でも大事なのは本人たちの気持ちだ。


 「芽衣がその気にならない限りはありえねえから安心しろ。前に彼女役はやってもらったけど、たぶん芽衣はオレのこと嫌ってるからな」


 高校の時、蓮は女除けのために芽衣へと協力を要請した。まあ四つ下だと高一の時妹は小学生なわけだが、それなりに大人びていた芽衣は制服を着ると中学生だと騙せた。あいつ自身も男除けに蓮を使っていたのでギブアンドテイクだ。


 それは置いておくとしても、そろそろ限界か?


 「あいつに限ってそれはねえよ。何年の付き合いだと思ってんだ? それに今回も連絡くれたんだろ?」


 我が親友は相当酔っているのだと思う。いつもなら言わないであろう芽衣への気持ちをよりにもよって俺に聞かせるのだから。ただ、芽衣のためにもこいつの弱音を否定しなければならなかった。必要がないと分かっていても。


 「まあ、な。でもあの件で結人が危なかったとき、取り乱した芽衣の姿を見て思ったんだ。オレは兄妹二人ともを傷つけたんだって……」


 そのときの妹の様子を、俺は知らない。だがあの後から、以前にも増して俺へのスキンシップが多くなったのは、あの事件がよほどショックだったからなのだと思う。


 「何度も言わせんな。アレは蓮のせいじゃない。さっき二人のせいだって終わらせたどろうに」


 「ああ、そうだったな。すまん……ちょっと酔ってるみたいだ」


 「水飲んどけ。それで話変えようぜ」


 外はまだ暑いが、キンキンに冷えた水は今の身体にはよろしくない。エアコンのもと常温で置いておいたペットボトル水を手渡すと蓮はゆっくりとそれを口に持っていった。


 酔っぱらってるついでに、俺はもう一度本心を伝えておくことにする。


 「あ、でも最後に一つだけ。俺が心の底から祝福できる結婚式でスピーチさせてくれ」


 「……難しいこと言ってくれるぜ、ホント」


 水のおかげか、親友の表情はさっきよりもわずかだがすっきりしているように思えた。


 晴れやかなイケメンに戻った親友が、嬉しそうで楽しそうで、そしてめちゃくちゃ意地悪な表情で新たな話題を繰り出してくる。


 「それで? 結人は誰が一番タイプなんだよ? 家庭教師してる女子高生と、バイト先の女子大生だっけ? あと講師がなんとかって聞いたけど……」


 「……別の話にしようぜ?」


 嫌な予感がした俺は、冷や汗をかきながら目線を彷徨わせるのだった。



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