第28話 壊れ掛けの機械

 タマも右肩に弾が掠ったが、無事だった。彼女は脇腹を撃たれたクロの傍に駆け寄る。

 「班長、大丈夫かにゃ?」

 「大丈夫だ。ダメ猫。あいつを追え。手傷を追った今ならやれる。ここで逃げ切られたら、被害が増える」

 クロは息を切らせながらタマに命じる。

 「解ったにゃ!」

 タマは短機関銃を携え、立ち上がる。

 「タマ巡査長。私も大丈夫です」

 ポチも何とか立ち上がる。彼女は間近に倒れる仲間から短機関銃を借りる。

 「よし。行くにゃ。トドメを刺すにゃ」

 タマとポチはシューティングスターを追い掛けた。


 手傷を追ったシューティングスターは血を流しながら、懸命に逃げる。

 「まずいな。血を流したままじゃ、逃げ切れない」

 彼女はそう呟くと、近くの薬局へと飛び込み、脱脂綿や包帯、消毒液などを荒々しく奪い取る。消毒液を傷口にぶっかける。それは酷く染みて、激痛となるが、彼女は歯を食いしばって、耐える。

 「はぁはぁはぁ・・・まだ・・・やれる・・・まだ、終わらぬ」

 シューティングスターは激痛に歯を食いしばりながら、立ち上がる。

 「すべて・・・壊してやる」

 そう呟き、歩き出した。


 CATの残存部隊は逃走したシューティングスターを包囲しながらも、圧倒的優位において、同僚達が全滅している現実に攻撃を躊躇していた。

 その中でタマとポチは懸命にシューティングスターを追い掛けた。

 「ポチにゃ!奴の臭いは?」

 猫よりも遥かに高い嗅覚を有する犬の遺伝子を持つポチは鼻をヒクヒクと刺せながら臭いを嗅ぐ。

 「ダメです。奴の臭いがしません」

 「どうしてにゃ?あんな獣みたいな奴。特有の臭いがするんじゃないかにゃ?」

 「いえ・・・多分、消臭剤をしっかりと使っているのでしょう。戦場じゃ、我々の鼻から逃げる為に当たり前に使われてました」

 「なるほどにゃ・・・」

 すでに血痕も無く、シューティングスターの足跡は容易に追えなかった。

 「包囲はしているにゃ。簡単には逃げ出せないはず・・・」

 タマは用心深く、周囲を探りながら、ただ、追い掛けた。

 

 Dチームの班長、ネルソンは冷静に行動していた。

 彼女の率いるチームは静かに、ゆっくりとシューティングスターを逃がさぬよう警戒を怠らなかった。

 先頭を進む部下がハンドサインで危険が無い事を後続に知らせる。

 誰もが緊張しいていた。すでに仲間の部隊が全滅していることは知っている。下手をすれば、自分達もそうなりかねない。

 数で圧倒している。

 その考えは全員が捨て去った。相手は化物。5人でも足りないと考えるべきだった。

 ジィイイイイイ

 ノイズが聞こえる。それは猫の遺伝子を持つ彼女達だからだ聞き取れる程度の音。

 小型の偵察ドローンが彼女達の上を飛び去った。ノイズはそのドローンの小型モーターの音だ。

 先頭の隊員はつい、ドローンを見てしまう。ここは猫の本能と言うべきか。動く物を目で追ってしまう。

 それが隙になるとしても。

 一瞬だった。角から影が飛び出した。それは彼女達が角に到達するのを待っていたようだった。

 「あぅ」

 隊員は目の前に立つ者を見ながら崩れ落ちた。彼女の腹は日本刀によって、貫かれていた。彼女が崩れ落ちるよりも先に日本刀は引き抜かれる。それを手にしている者はシューティングスターは苦痛と快楽を共にしたような笑みを浮かべ、彼女は駆け出した。

 「撃てっ!」

 ネルソンは叫んだ。だが、その時にももう一匹の隊員の首が宙を舞った。

 シューティングスターは荒々しくも恐ろしい程の速さで刀を振るった。隊員達が手にした銃を撃つよりも早く、彼女達に迫り、手にした刀を振るう。

 悲鳴が連なる。

 ネルソンは目の前で起きた一瞬の事を信じられなかった。

 4人の部下が1秒も掛からずに切り殺された。そして、刃が目の前で振り上げられた。彼女は手にした短機関銃を狙うまでもなく、撃った。

 僅か2発。

 発射が出来たのは2発だけだった。それで彼女の首は切断された。

 「はぁはぁはぁ・・・たわいないな」

 刀を振り下ろしたシューティングスターは笑いながら、殺した隊員の短機関銃を奪おうと振り返る。

 刹那、彼女は飛び退く。その脇を銃弾が飛び去るが、軽々とした身のこなしでバク転をして、その場に立つ。

 「動くな」

 ポチは短機関銃を構えて、シューティングスターを狙う。その後にはタマも居る。

 「動くな?連射をすれば、殺せたかもしれないのに・・・甘いな」

 シューティングスターは笑いながら刀を肩に担ぐようにして、ポチを見た。

 「悪いが・・・警察なんでね。殺すのは最終手段だ。お前はもう、刀しか無い。抵抗すれば、撃つ。だから、刀を捨てて、投降しろ」

 ポチは冷静に言い放つ。

 「ははは。刀しかない?その刀で・・・たった、今、お前の仲間を5匹・・・殺してやったぞ?」

 シューティングスターは刀に着いた血を一振りで飛ばす。

 「黙れ・・・投降しろ。お前も深手を負っているはずだ」

 「深手?ああぁ・・・これか。戦場じゃ・・・擦り傷みたいなもんさ」

 シューティングスターのそれが意地を張っている事は額に流れる冷や汗ですぐに解った。だが、それでも相手の力は落ちているとは思えなかった。

 「ポチにゃ・・・援護するにゃ・・・確保するにゃ」

 タマは短機関銃を構えながら前に出ようとする。それをポチは片手で制した。

 「巡査長。ここは私がやります。援護してください」

 「解ったにゃ。冷静にやるにゃ」

 ポチはゆっくりと歩き出す。その銃口は確実にシューティングスターの胸元を狙っている。

 「ははは。拳銃弾が効かないのはさっき・・・知っただろう?」

 シューティングスターは恐れもせずに刀を構えた。

 「しかし・・・刀とは古風だな。どこで手に入れた?」

 ポチは冷静に尋ねる。その無駄口は相手の意識を逸らすためなのか、自分の恐怖を誤魔化すためなのか。本人も解らないだろう。

 「ああん?こいつかぁ。そこの骨董屋のショーケースにあった奴だ。なかなか切れ味が良い。だが、ちょっと繊細だな。マチェットや斧の方が・・・やり易いかもな」

 シューティングスターは刀を振り回しながら、笑う。

 「やり易いか・・・そろそろ、刀を置け」

 7メートルまで迫った所で、ポチは足を止めた。これ以上の接近は銃を構えていたとしても危険だからだ。

 「間を読むねぇ。だが・・・」

 シューティングスターは笑みを浮かべつつ、特に何の動きもしないところから、一瞬でポチに刀を振り下ろした。5メートル以上を彼女は一瞬で飛び込んだのだ。この動きに狙いを定めていたはずのポチの短機関銃は反応しきれなかった。

 カチン

 ポチは振り下ろされた刀を手にした短機関銃で受け止めるしか無かった。刃は短機関銃の半分までに食い込む。

 「ポチにゃ!」

 タマは慌てて、撃つもポチが邪魔でシューティングスターに当てる事は出来ない。

 「タマ先輩!ここは任せて!」

 ポチは銃を棄て、腰から銃剣を抜き放つ。

 カチン、カチン

 刀と銃剣が何度か刃を合わせてから、再び、膠着状態になる。

 「てめぇ・・・何で・・・こんな無茶をする?」

 ポチは間近にあるシューティングスターの顔に向かって、怒鳴る。

 「ああん?お前らも解っているだろ?もう・・・寿命なんだよ」

 「寿命?」

 「あぁ、あたしは兵器として作り出され、お前ら以上に無茶苦茶されたんだよ。頭には電脳がぶち込まれ、神経系は全て、痛みを取り除かれ、伝達を強化された。一部の筋肉や関節はサイボーグ化され・・・本物の化け物にされたんだよ。そんなあたしの身体もそろそろ・・・活動限界みたいでね・・・何もしなくても・・・あと少しで終わる。だから・・・終わる前にあたしのやるべきことをやり遂げようと思ってね」

 シューティングスターの目は悲壮的であった。ポチはその目に怒りを覚える。

 「やるべき事って・・・これか?」

 「そうだ。私が作られた時に命じられた事は日本兵の皆殺し・・・お前ら日本の犬を皆殺しにする事だった。それ以外は無いんだよ。私には・・・」

 シューティングスターは力づくでポチを押し飛ばす。ポチはすぐに体勢を整え、突き出された刀を銃剣で防ぐ。

 「壊れ掛けの殺人兵器が・・・元軍人として・・・私が葬ってやる」

 ポチは銃剣を構え、シューティングスターに飛び掛かった。

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