第23話 檻

 数十人の死体が転がっていた。

 そのどれもが外国人。中には世界的に指名手配をされている者も居る。

 「殺し屋、傭兵、テロリスト。犯罪者の見本市みたいだな」

 刑事は手にしたタブレットパソコンを眺めながら笑う。

 「笑いごとじゃないですよ。こいつらが総理大臣を襲撃した連中でしょ?」

 若い刑事が溜息混じりに尋ねる。

 「まだ、確証はない。なんせ、周辺の監視カメラは殆んど、ハッキングを受けて、データは役に立たない。用意周到って奴だからな」

 「用意周到ですか・・・総理大臣なんか暗殺してどうするんですかね?日本の民主主義制度からすれば、総理が暗殺されても大した問題にはならないのですが・・・」

 「そんな事も無いよ。総理が暗殺されたとなれば、株価や為替、その辺に大きな変化が生じる。政治的よりも経済的かもしれない。現在、AIを活用して、その辺で儲けた輩を洗っているところだ」

 「なるほどー。大金を稼ぐ為に総理大臣を暗殺したって事ですか。総理の命って思ったよりも安いもんですね」

 「数十億円・・・いや数百億円の稼ぎだ。数人の人間の命と数十匹の猫の命の値段だよ」

 「所詮は他人の命で金稼ぎしている連中って事ですか・・・それで、こいつらをバラした奴って?」

 「ここに居ない奴だろう。こいつらもプロだ。裏切りがあったとしても簡単には殺されないはずだ。だけど、規模からして、襲撃した殆どがここで死んでいると思うから、やった奴は少数だろう。かなりの手練れだ」

 「手練れですか・・・CATが何かを掴んでいるかも?」

 「それな」

 刑事達は殺人現場から歩き去る。

 

 タマ達は総理襲撃と襲撃犯の大量殺人事件を受けて、周辺のパトロールに出ていた。

 「総理を殺した連中は凄腕・・・。そいつらを殺したのだから、そいつも更に凄腕と考えるべきにゃ」

 タマは助手席でMP5A4短機関銃を整備していた。運転席のポチは横目でその様子を見て、尋ねる。

 「物騒ですね。この間の奴ですか?」

 「シューティングスター・・・あり得るにゃ。そもそも、死体は全部、人間。ヒューマアニマルは無いにゃ」

 「あの縞模様のあるヒューマアニマル・・・ヤバい奴ですね」

 ポチもシューティングスターがとても危険な相手だと解っている。

 「多分、口封じ・・・もしくは取り分を多くする為の口減らし・・・どっちにしても仁義に欠ける行為にゃ。裏世界じゃ・・・まぁ、幾らでも手を汚す奴はいるにゃ」

 「仁義さえも金に換えるって事ですか・・・。そいつは今頃、新東京から逃げ出しているんじゃないですか?」

 「可能性はあるにゃ。残っている意味は無いからにゃ。むしろ、とっとと、ここから離れていてくれた方が・・・これからの損害は無くて済むにゃ」

 「万が一、残っていたら?」

 タマは軽機関銃を構えて答える。

 「戦争が始まるにゃ・・・死体が増えるにゃ」

 「戦争ですか・・・嫌なもんですね」

 ポチは嘆息した。

 

 ハァハァハァ

 動悸が止まらない。

 心臓の鼓動が弱くなろうとしている。

 いつ死んでもおかしくない。

 シューティングスターは歪む景色の中、締め付けるように痛む胸を抑える。

 空家となった店舗の一角で倒れ込むように彼女は身体を横たえていた。

 稀にこうした動悸が彼女を襲う。

 それは段々、間隔を狭め、最近では数日に一度、起こる。

 何となくだが、命の灯が消えかかっていると感じる。

 命はあと僅か。

 元々、失敗作なのだ。寿命が短いのは当然だと思った。

 「まだ・・・身体は動かせるか・・・さて・・・死に場所を探さねば・・・誰にも気付かれずに死ねる場所か・・・」

 天井を見た。窓から射し込む僅かな光で照らし出される天井。

 雨漏りで黒い染みが彼方此方にある天井。

 「ちっ・・・嫌だね・・・誰にも知られずにひっそり隠れて死ぬなんて・・・惨めじゃねぇか」

 シューティングスターは立ち上がる。短機関銃の弾丸はすでに無い。あるのは大型リボルバー拳銃だけだ。

 「ははは。動くじゃねぇか。このポンコツな身体もよぉ・・・最期まで暴れてやろうぜ」

 彼女は大笑いしながら、歩き出す。


 襲撃者の残党を追跡する刑事達はついに痕跡を発見した。幾ら、監視カメラをハッキングして、痕跡を消し続けたと言っても、目撃者などの情報までは消せない。

 刑事達は相手が武装している可能性も含めて、SATを呼び寄せた。

 「CATじゃなくてよかったんですか?」

 若い刑事は自らもリボルバー拳銃を手にして、ベテラン刑事に尋ねる。

 「これが本命とは限らないからな。奴らには警戒を緩めて貰っては困る。それに本来、刑事課が頼るのはこいつらだよ」

 「なるほど」

 MP5A5短機関銃を手にした特殊部隊が犯人が潜んでいると思われる商店街の全ての通路を塞いだ。

 「逃走路になるような場所は全て隊員を配置させろ。狙撃班は分散だ」

 ヒューマアニマル達で構成されるSATのトップである五十嵐警視正はいつもになく張り切っていた。ここ最近、CATばかりに手柄を取られていると感じていたからかもしれない。とにかく、ここで総理襲撃の犯人を確保が出来れば、手柄には違いなかった。

 だが、彼らは知らなかった。追いこんだと思ったここが猛獣の檻である事を。

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