第20話 虎

 迫田は獣人について、調べ始めた。

 左程に情報量があるわけでは無かった。概要はすぐに判明した。

 かつて、亜細亜の大国では生物兵器として、研究がなされていたのが人造人間であった。アンドロイドなどに比べ、手軽で遺伝子操作で簡単に強力な兵士が生み出せるとされたからである。無論、その中において、倫理的な観点は完全に無視されていた。それが許される国だったのだ。

 研究の内容にはまったく情報が無かったが、実戦に投じられたとされる報告はどこからも無かった。

 次にシューティングスターと呼ばれる傭兵についてだった。外事警察や内閣調査室など、可能な限り、情報を求めた結果、海外における危険人物として、情報が登録されていた。

 性別は女とは判明しているが、常にフードを目深に被り、顔立ち、体格などははっきりした画像情報は無い。彼女が先に調べた獣人であるかも判明しない。ただし、特長の一つとして、腕などに縞模様の入れ墨があるとされる。

 常に一人で行動し、圧倒的な戦闘力で1個小隊を皆殺しにした事もある程である。人間離れした身体能力の持ち主で、要人殺害の実績も多い。海外で活動する邦人も何人かが、彼女に拉致されたり、殺害されたりしている。

 「危険人物って奴か・・・海外じゃ、有名人じゃないか。こんなのを易々と入国させたのか?入管は何をしているのか」

 迫田は情報を眺めながら、嫌そうに呟く。そこに治療を終えたタマがやって来た。

 「相手の事が解ったにゃ?」

 「糞猫かぁ。あぁ。凄い奴だ。一個小隊も全滅させるような奴だぞ」

 「化け物にゃ」

 「そんな化け物とタイマンで痛み分けしたんだ。自分を褒めていいぞ」

 「それはタマを褒めてるのかにゃ?」

 「俺は褒めねぇよ。褒めて欲しければ、捕まえて来い」

 迫田はタマを連れて、歩き出した。

 

 彼らが到着したのはとあるスラム街であった。

 タマは慎重に周囲を探る。

 「ここに何をしに来たにゃ?」

 「情報屋に会いに来た。お前も知っているだろ?グエンだよ」

 「あぁ、そう言えば、グエンの店がある街にゃ」

 「あいつ、お前に散々やられたとか言って、俺に喚いていたよ」

 「あいつがテロリストと繋がっているのが理由にゃ」

 「そうだな。俺も一喝してやったよ」

 一人と一匹は奥へと進み、見慣れた店の扉を開く。

 そこには店番をする女が彼等を睨む。

 「いらっしゃいませの一言も無しか?」

 迫田は女にそう告げると彼女は嫌そうな感じに小声で「いらっしゃい」と答えた。

 「グエンを出せ。居るんだろ?」

 迫田の問い掛けに女はそっぽを向きながら答える。

 「店主は忙しい」

 「奥に居るにゃ。勝手に入らせて貰うにゃ」

 タマが奥に向かおうとすると女はカウンターの下から青龍刀を抜いた。

 「勝手に奥に行くな。野良猫」

 「野良じゃないにゃ」

 「黙れ。この薄汚い」

 女とタマが睨み合う。そこに奥から出てきた男が嫌そうに声を掛ける。

 「その辺にしとけ。迫田さん。猫なんか連れてなんだ?」

 「グエン。久しぶりだな。聞きたい事があってな」

 「聞きたい事か・・・。総理大臣暗殺の事か?」

 「総理大臣暗殺か・・・くだらない事件だな。総理大臣をやったところで、頭がすげ代わるだけで意味がないだろ?」

 迫田は笑う。

 「あぁ、そうだが・・・それでも世界ではそれだけで色々と事情が変わる事もあるんだよ。あんたらが思っているよりも大切な事なんだろ」

 グエンはつまらなそうに言う。

 「そうかい・・・因みに・・・獣人って知ってるか?」

 「獣人・・・どこかで・・・」

 グエンは少し考え込む。

 「あぁ、思い出した。確か・・・かの国で、虎と人を融合させたバケモンだろ?」

 「虎?虎なんかと掛け合わせたのか?」

 「あぁ、強力な人造人間を作るつもりだったみたいだが、遺伝子操作が上手くいかずに戦争が終わって・・・実験施設ごと有耶無耶にされたんじゃないかな」

 「そこで実験されていた奴は?」

 「実験されていた奴・・・さぁ?聞かないな。さすがに閉鎖する時に処分しただろ・・・人間世界で生きていけるはずもないし」

 グエンは笑った。だが、タマは真剣に考え込んでいる。

 「虎・・・虎ねぇ」

 グエンの店を後にした迫田は考え込むタマに尋ねる。

 「よう、何かに気付いたようだけど・・・まさか、あの大女は虎と人の掛け合わせか?」

 「多分・・・そうにゃ。まるでサイボーグみたいに強力な肉体だったにゃ」

 「サイボーグみたいなって・・・鉄みたいな身体って事じゃねぇか」

 「鉄みたいな筋肉だけど、猫並に俊敏で身軽・・・虎なら理解が出来るにゃ」

 「なるほど・・・お前らが束になっても勝てないわけだ。虎と猫じゃな」

 迫田は笑う。それにタマが怒る。

 「笑いごとじゃないにゃ。あいつは化け物にゃ。正直、あそこで殺されなかったのは半分、運が良かっただけにゃ。殺されていてもおかしくなかったにゃ」

 タマは思い出しただけで身震いする。

 

 シューティングスターは掠り傷に傷薬を塗っていた。

 背中や腕に黒い縞模様が大きくある。それはまさに虎柄であった。

 「よう、刑事と猫とやり合ったって本当か?」

 背後から一人の男が声を掛ける。振り返りもせずに彼女は返事をする。

 「あぁ、ここに近付いたからな。先に仕掛けた。やりそこなったけどね」

 「やりそこなった?珍しいな。それで・・・ここを嗅ぎつかれてないだろうな」

 男は怯えたように尋ねる。

 「たぶん・・・大丈夫だろ。それよりも本番の方だ。準備は?」

 「あぁ、それもあって来たんだ。決行日は決まった。内容もこの間通りだ。今度の土曜日・・・総理大臣が遊説の為に飛行場へと向かう。その時を狙う」

 「なるほど・・・解った。武器は手筈通りだろうな?」

 「あぁ、しかし・・・あんなもん・・・扱えるのか?」

 「はん・・・あれじゃなきゃ・・・装甲車が相手だぞ?」

 「そうだな。だが、対戦車兵器も十分に揃えた。お前さんの活躍はそれほどじゃないかもな」

 「だといいけどね。まぁ、期待はしてないわ」

 「言っておれ。頼むぞ。お前には高い報酬を払っているんだ」

 男はそう言うと去って行く。シューティングスターは笑いながらTシャツを被った。

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