第19話 人と猫
迫田とタマは最初に警察官が襲われた現場へと到着した。
「こんな所に来てもあいつは居ないにゃ」
タマは退屈そうに路地裏を見る。迫田はタマを叱るように答える。
「現場百辺って言うんだよ。何故、犯人がここで襲ったか。そうした事を考えながら調べる事で、相手の行動が解るようになる」
「そんなもんかにゃ」
迫田は周辺を探りながら歩く。
「ここには監視カメラは無いが、ここに入る為には少なからず、監視カメラが設置されている。だが、そのどれにも奴の姿は無かった。どうやって移動したが。それが解らない」
迫田の説明を聞きながら、タマは路地裏を眺める。
「そんなん・・・簡単にゃ」
「お前に解るのか?」
「壁を登ったにゃ。それから屋上伝いにビルを飛び越しながら移動したにゃ」
「そんな事が出来るのか?」
「あいつは並外れた身体能力にゃ。それぐらいやれるにゃ」
「壁を登るって言ってもなぁ」
迫田は信じられないという顔で建物の壁を見た。
「普通の人間でも壁を登る事は出来るにゃ。タマ達でもかなりの速さで壁登りは出来るし」
「ちょっと・・・やってみろよ。半分ぐらいまでで良いから」
「いいにゃ」
迫田に言われて、タマは壁を登り始める。器用なもので、窓枠やちょっとした突起や窪みに指を掛けて、スルスルと登り始めた。比較的低いビルとは言え、5階程度ある建物を僅か5分で上り終えた。
「なるほど・・・猫だな」
迫田はその様子を見て、認識を改める。
一人と一匹は捜査をやり直す。
相手は人間では考えられない逃走路を使っている。故に監視カメラが追い切れない。だが、そうであれば、逆に相手の逃走路も絞れる。幾ら人間では不可能な逃走路とは言え、無数にあるわけじゃない。慎重に探れば、絞られてゆく。
「こうして可能性を一つづつ、潰していけば・・・犯人の足跡を辿れるわけだ」
迫田は睨みを利かせる。
こうして、三日間で全ての現場とその周辺を回った。
迫田はタマを使って逃走路を確認する作業に没頭した。結果として、思わぬ場所の監視カメラ映像などを入手し、彼らは獲物を追い詰める。
「さて・・・化け物の住処って事かな」
そこは都内のスラム街の一つ。
旧市街地であり、寂れた商店街のある場所。
「隠れるには都合の良い場所にゃ。監視カメラは全て老朽化して、稼働しているのはほぼ無し。住んでいるのも殆ど市民じゃない。犯罪者・・・その予備軍にゃ」
タマは懐に手を入れた。
迫田は目を走らせる。街の雰囲気はどこかヒリヒリと肌を焼く感じだ。とても普通の街じゃない事だけは感じ取れた。
「嫌な感じだ。ここに下手に踏み込めば・・・殺されるな」
迫田は喉が渇いて張り付きそうな感じを受けた。
「止めるにゃ?応援を呼んだ方が良いにゃ」
タマも同様だった。それは本能と呼べる話だ。
「だな・・・こいつは多分、死線って奴だ。踏み込んだら死ぬ」
迫田は懐から携帯電話を取り出した。それは官給品の折り畳み式携帯電話である。その時、タマが迫田に飛び掛かる。そのまま地面に倒す。
「いてぇ!糞猫!」
「逃げるにゃ!」
銃弾が元居た場所を過ぎ去る。銃声は聞こえない。
「狙撃かぁ!」
迫田は慌てて地面を這いずるように逃げ出す。タマは拳銃を抜いて、迫田を庇いながら構える。
「見えないっ・・・位置を変えたにゃ」
タマは警戒しながら、迫田の後を追うように駆け出す。
刹那、何かを感じ取り、微かに身体を揺らすと、弾丸が腕を掠める。
「近いっ!」
タマは振り返る。そこには自動小銃を構えたフードを目深に被った者が居た。
「くそがああああ!」
タマは手にした拳銃を撃ち捲る。それに呼応するように相手も銃を撃つ。互いの距離は50メートルも無い。銃弾が互いの身体を掠めの目深に被ったフードを弾け飛ばす。綺麗な金髪がサラリと現れる。
互いの銃が空になる。タマは手慣れた感じに予備弾倉を右脇から抜き取る。9ミリ自動拳銃はマガジンキャッチがマガジン底部のクリップ式になっている為、抜き取るのに手間が僅かに生じる。その間に相手はサイレンサー付きのM4MOD18自動小銃のマガジンを交換する。
「猫がぁ、死ね!」
彼女はコッキングハンドルを引っ張る。だが、その間にタマも予備弾倉をグリップツッコミ、スライドを前進させる。その間にも互いに動く。僅か10メートルの距離に迫っていた。構えた銃の先に互いを納める。
再び、銃声が鳴り響く。反動で微かに逸れる弾道を見極めるように互いが躱し合う。それはまるで魔法のようだった。
「にゃぁ!」
それは互いに驚きでしかなかった。確実に殺せる距離、殺される距離で互いの弾丸が紙一重で過ぎていく。
そして、空になった銃の銃口をタマは相手の喉に相手はタマの額に押し当てる。
「この・・・」
女は銃でタマを殴りつけようとした。だが、それも早くタマが相手の腹に前蹴りを入れる。
「ぐぅ」
女は前のめりになる。そこに銃のグリップで女の左頬を殴りつける。
「がぁ」
女は痛みに耐えながらタマを左腕で払い除ける。その筋肉質な腕はまるで鉄棒のようで、一撃でタマを吹き飛ばした。
「にゃあああああ」
タマは転がりながら拳銃の空になった弾倉を棄てた。そして、立ち上がる時に予備弾倉を抜き取り、立ったと同時にグリップに突っ込んだ。
「動くな」
タマは女に銃口を向けた。だが、女もタマが吹き飛ぶ間に銃を放り捨て、腰からコンバットナイフを取り出していた。
「なかなか猫の癖にやるな。お前・・・確かタマだな。相方が爺に代わってるじゃないか?」
女はニヤニヤしながら尋ねる。とても至近距離で銃口を向けられている奴の表情じゃなかった。
「五月蠅いにゃ。お前こそ、何者にゃ?」
「私か?私は傭兵だよ。金次第でどんな仕事もやる。シューティングスターと言えば、ちったぁ・・知られていると思うがね?」
「知らないにゃ。そもそも・・・お前、その耳・・・ヒューマアニマルにゃ?」
女の頭には獣耳がピョコピョコと動いている。
「ヒューマアニマルか・・・そんな言葉も無かったよ。私を産み出した奴らは獣人と呼んだ。獣と人を掛け合わせた・・・出来損ないさ」
女の目から光が失われる。白目が消えた。目の動きが察知できない。
タマは一瞬、身震いした。殺されると感じた。そして、殺さないといけないと感じた。それは生存本能だった。
反射的に引き金を引く。だが、シューティングスターは銃口から弾道を読んでいる。連射された銃弾を彼女は真に紙一重で躱しながら、タマに迫った。1秒の世界。だが、彼女はナイフの切っ先を確実にタマの急所へと向けた。
「舐めるな!」
タマは拳銃でナイフを叩く。だが、力が圧倒的に違う。相手のナイフは弾かれる事なく、逆にタマの拳銃を左手で掴み取る。
「死ねぇええええ!」
あまりの力の強さに拳銃を相手の手から取り上げる事も動くこともタマには出来ない。ナイフが喉に向けて素早く突き出される。
「にゃあああああ!」
タマは咄嗟に拳銃を手放し、身軽にバク宙をした上にバク転を3回して、その場から切り抜けた。シューティングスターは突然、拳銃を手放されたのと、目の前でバク宙をされて、驚いて、動きを止めてしまった。
そして、目の前に何かが投げ込まれていた。
「手りゅう弾?」
タマはバク転中に腰に装備していたスタングレネードを外して、投げていた。
炸裂するスタングレネード。
光と轟音が響く。至近距離でタマは解っていてもその影響を受ける。だが、タマ懸命にその場から逃げた。武器が無い以上、勝ち目は無いからだ。
振り返る事も無くスラム街の外に出た時には迫田が応援を呼んで待機していた。彼は拳銃を携帯していないので、ただ、見守るしか出来なかった。
「おい、糞猫。相手はどうなった?」
「知らないにゃ。逃げるので手一杯だったにゃ」
タマは息も切れた状態でその場にへたり込む。
「ただ、一つ、解った事があるにゃ。相手はヒューマアニマルじゃないにゃ。シューティングスターとか言う傭兵にゃ。獣人とか言ってる。獣と人を掛け合わせた奴だと言ってたにゃ」
「獣人ねぇ。シューティングスターってのは調べようがあるな。外事警察とかもに尋ねてみよう」
迫田はへたり込んだタマの襟首を掴んで、立たせて、歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます