第17話 猛獣の刃

 タマ達が持ち帰った映像には女の姿が映っていた。

 フードを目深に被っていた為に顔に関しては下半分程度しか解らない。衣服も全身を覆うようなロングコートのせいであまり解らないが、二の腕から先が見えている為、そこに黒い縞模様のような入れ墨が確認された。

 「変な入れ墨だな」

 モニターを確認するクロはその模様を不思議そうに見ていた。その横でタマも不思議そうにしている。

 「変な奴にゃ。なんか・・・大型獣みたいな臭いがしたにゃ」

 タマの言葉にクロは笑う。

 「相手は人間だぞ?獣臭がするかよ」

 それにタマは憤慨する。

 「したにゃ!確かにしたにゃ!」

 そんなタマに同意するポチ。

 「確かに変な・・・臭いというか・・・雰囲気を感じました」

 ポチの話を聞いて、クロも微かに考える。

 「確かに・・・こいつの動きは並の人間じゃない。私達に違いんだが・・・。ヒューマアニマルは国家機密だし、勝手に作れば、完全な違法だ。そもそも、遺伝子操作とは言っても技術的にはかなり困難なはず・・・こいつがヒューマアニマルなら誰が・・・」

 クロは考え込むも、答えは出なかった。

 

 南野総理大臣は国会での予算委員会を終えて、帰路に着いていた。

 彼の乗り込む国産高級セダンは完全なる特注であり、見た目からは解らない高度な防弾処理が施されていた。そこには総理大臣と秘書官が乗り込み、助手席に身辺警護専門の警察官であるSPの人間が乗る。運転席と後部座席にはヒューマアニマルのSPが乗っている。彼女達は黒服の背広を着込み、その下に防弾ベストを着こむ。ショルダーホルスターにはグロッグ18C自動拳銃が収納されている。

 総理が乗る車の前後を挟むように走るのは国産大型RV車である。こちらも防弾処理が施され、中には短機関銃を携帯した完全武装のSPが複数匹乗り込んでいる。

 国会から総理官邸までは僅か5分の道程である。狙撃可能な位置には常に監視が行われ、道路自体も襲撃が困難なようになっている。

 一般車両の通行は可能だが、基本的に街中から外れ、通行量が低く抑えられた道である。擦れ違うにしても数台程度である。周辺には警察も多く配置されており、不審な車両はすぐに職質される為、危険性は少ない。

 だが、この日、総理の車列と擦れ違った一台のトラックは違った。ただの貨物車に職質を行う警察官は少ない。故にトラックは総理の車列と擦れ違う感じにこの道を走行していた。

 突然であった。

 トラックの後部扉が開かれ、中から何かが飛び出した。速度として時速40キロ以上は出していたトラックから飛び降りたら、人間なら、まずまともに着地など出来はしない。

 だが、その人影は軽々と着地して、手にしていたバーネットM82対物ライフル銃を総理の車両に対して、ぶっ放した。

 巨大な弾頭が防弾処理されている車のガラスを貫いた。その一撃で助手席のSPの顔面が炸裂する。強烈な破壊力は人間の頭蓋骨を粉砕する力を有していた。

 隣で人間の頭が炸裂したのを横目に運転手はアクセルを踏み込んだ。何かあれば、その場から一目散に離脱する。それを徹底されていたからの行動だった。飛び散った血が彼女の左側面を濡らそうと気にする事なく、彼女は車列から飛び出し、その場から離脱しようとした。

 オートマティックの対物ライフル銃は素早く連射して、二発目を吐き出す。反動で浮き上がった銃口がまだ、まともに元の位置に戻る前に放たれた弾丸は、後部座席の屋根を貫く。人影は目深にフードを被ったロングコート姿。離れる車の真後ろから狙った。3発目は後部ガラスを貫く。それは秘書官の後頭部へと当たり、彼の頭を粉砕した。

 最後尾のRV車が人影から総理の車を遮るように停車する。扉が開き、完全武装したSP達が飛び降りる。人影は対物ライフルをRV車へと発砲する。至近距離からの50BMG弾の一撃でもRV車の外装は貫通をギリギリで防いだ。

 人影は対物ライフル銃を棄てる。同時に両手を左右のレッグホルスターに収まった拳銃に伸ばす。取り出されたのはスチェッキン自動拳銃。連射機能を有した大型自動拳銃だ。それを両手に持った人影はRV車から飛び降りたSP達に向けた発砲した。まるで機関銃のような連射をする自動拳銃の弾丸はSP達に次々と命中していく。彼女等はその場に吹き飛ばされる。

 「やりそこなった」

 女の声で呟かれる。そう言うと、彼女はその場から走り去った。

 当然ながら、周囲に配置されていた警察官達は彼女を捕まえる為に動き出す。

 配置されている警察官の数は凡そ50匹。

 追い詰めるのは容易だと思われた。

 だが、1時間後、30匹の警察官が殺害され、犯人を取り逃がした。

 

 総理暗殺未遂。

 事件は大きく報じられた。

 日本の総理大臣がテロで狙われる事はこれまで少なかった。戦争中は敵対する国家、勢力からの暗殺は確かにあった。しかしながら、日本の政府はあくまでも民主主義に乗っ取ったものであり、仮に総理大臣が殺害されても国家の機能に著しい停滞などが起きるわけも無く、暗殺対象としての価値はほぼ無いと言われている。

 タマは取調室に居た。彼女の前には上司であるクロと捜査一課の刑事である鈴木巡査部長が居た。

 鈴木はモニターに総理暗殺時の映像を流す。

 「こいつが・・・お前さんがやりあったという女と似ているそうだ。画像分析でも可能性は高いらしい」

 動き回る大柄の女。目深に被ったフード。顔にもマスクらしき物をしている。だが、タマは何かに気付いた。

 「こいつの腕・・・黒い縞の入れ墨があるにゃ」

 そう言われて、鈴木もクロも注視した。

 「確かに・・・珍しいな。入れ墨なのか?」

 鈴木の言葉にクロは違和感を覚えた。

 「これ・・・虎の縞柄っぽいな」

 タマはハッと気付く。

 「トラにゃ!トラ。あの時、感じた雰囲気はまさにトラだったにゃ」

 「虎だと?」

 鈴木は訝し気にタマを見る。クロは少し思案した後。

 「虎か・・・。ひょっとすると・・・こいつは我々と同じ、ヒューマアニマルじゃないか?それも我々みたいな猫じゃなく・・・」

 鈴木も気付いた。

 「虎のヒューマアニマル・・・だが、ヒューマアニマルの技術は国家機密のはず。簡単に作り出せるはずが・・・」

 鈴木の疑問にクロは答える。

 「ヒューマアニマル自体、遺伝子操作技術に過ぎない。大戦前から世界中で研究されていたわけだし・・・ヒューマアニマルに近い存在が居たとしてもおかしくはないだろ?」

 その言葉に鈴木は固まる。

 「とにかく・・・こいつを追う。並の警察官じゃダメだ。我々CATの特殊部隊が捕獲に当たるしかない。こいつは多分・・・想像を超えた化け物だ」

 クロはモニターの中で次々と警察官を殺害していく女を睨みつけた。


 女はナイフを研いでいた。

 背後から男が近付いて来る。

 「シューティングスター・・・やっぱり一人じゃ無理だっただろ?まぁ、30匹も猫を殺したのは凄いけど、総理の暗殺は無理だったじゃねぇか」

 男の声にも女は無視してナイフを研ぐ。

 「まぁ、解ったなら、今度はチームで行動してくれ。こちらも数と道具は集めてある。あんた程じゃないが、どいつも戦場で戦ってきた経験のある奴ばかりだ」

 男の言葉に女はナイフを研ぐ手を止める。

 「・・・解った。これも仕事だ。チームで行動しよう」

 「あぁ、助かる。こいつが作戦の内容だ。今度は確実に総理を殺してくれ」

 男からUSBメモリーを預かり、女は再びナイフを研ぎ始めた。

 

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