第16話 獣人

 獲物が狩場に入ってきた。

 いつもの猫だ。

 この国の警察官は皆、猫だ。

 頭の悪い飼い猫。

 飼い慣らされた奴らの顔を見ると虫唾が走る。

 だから・・・狩る。

 これまで多くの人間を殺してきた。

 だが、奴らは人間と違う。人間よりも遥かに身体能力が高い。

 私と同じだ。

 だが、私とは違う。

 所詮は飼い慣らされた猫。

 私は獣だ。

 この身体に刻まれた縞模様がそれを示す。

 獣故に狩りをしなければいけない。

 私は野に放たれた獣なのだ。

 誰の指示も受けない。誰にも制約されない。

 私を産み出した奴らを全て殺した時に私は檻を破ったのだから。

 

 女は静かにヒップホルスターからSTI エッジ自動拳銃を抜いた。

 45APC弾を用いるM1911系の自動拳銃。複列弾倉を使うハイキャパと呼ばれる類の拳銃だ。レースガンとして用いられる事も多く、チューンナップをする事で高い性能を発揮するし、キャリアガンとしても有用である。

 この手の拳銃には不釣り合いな大型のサプレッサーを腰のポーチから取り出し、銃口にあるネジにねじ込む。

 静かに。その長身から似合わない程の軽い歩調で影から近付く。

 例え、銃であっても、確実に相手を殺すには出来る限り近付くべきだ。それをストーキングと呼ぶ。柔軟性の高い筋肉は足音を立てない歩き方でも素早く移動する事を可能にする。足元を気にする事無く、手にした拳銃を構える。

 確実に殺す。

 最初の一撃を放つ為に銃後端にあるマニュアルセーフティを押し下げる。人差し指がトリガーに掛かる。

 殺す。

 やれると思った。

 

 タマは何かを感じた。それは気付いたとかそういう事では無い。感じたのだ。

 殺気とかじゃない。

 獣。

 それも野獣。

 獰猛な気配を押し殺している感じ。

 タマの中にある猫の本能が感じ取っている。

 手を腰に回した。ホルスターから自動拳銃を抜く。

 「ポチにゃ!」

 咄嗟にポチに声を掛けながら飛び退く。ポチも同様に何かを感じ取ってたらしい、彼女も拳銃を抜きながら飛び退いた。

 途端に空気が抜けたような銃声が聞こえた。

 弾丸が紙一重でタマの頭を掠める。

 ポチが転がりながらその場に立っていた大柄な女に銃口を向けた。だが、それを感じ取ったように女はポチに銃口を向けている。互いに同時に発砲した。

 ポチは地面を転がりながら発砲を続ける。相手の弾丸は彼女を追うように放たれるが、間一髪、当たらない。だが、ポチの放った弾丸も女は僅かに身体を滑らすように動き、躱す。タマも地面を転がり、素早く中腰で起き上がり、拳銃を構える。

 「動くにゃ!撃つにゃ!」

 タマは冷静に女に狙いを定めた。距離にして10メートル弱。女は冷静に動きとを止めて、二匹を眺めるようにする。

 「へぇ・・・初撃でやれなかったのは初めてだよ。あんた達・・・やるね」

 女はニヤリと笑う。タマはそんな女を睨む。

 「ポチにゃ。逮捕の準備にゃ。何かあれば撃ち殺すにゃ」

 タマに言われて、ポチは腰の手錠ケースから手錠を取り出す。その間にも手にした拳銃は女に向けられている。

 「甘いよ」

 女は咄嗟に動き出す。タマは冷静に射撃した。だが、その銃弾をまるで見えているかのように紙一重で躱す女。それに驚くタマだが、とにかく連射した。同様にポチも片手で拳銃を連射する。だが、すでに残弾が少なく、3発を撃ったところでスライドオープンした。

 女は左手で右脇に吊るしていた鞘から大型のナイフを抜き出す。それは黒のコーティングがされたチタンの刃。

 軽々と宙を舞うように飛び跳ねる女は弾切れになったポチへと飛び掛かる。タマ放つ弾丸は冗談のように彼女に当たらない。

 獰猛で凶悪な漆黒の刃がポチに襲い掛かる。ポチの猟犬の血が騒ぐ。

 野獣だと。

 狩るか狩られるか。

 本能と呼べる判断。

 手にした拳銃を放り捨て、腰から銃剣を抜く。これは彼女だけが吊るす自衛隊時代からの名残。抜き放たれた白刃が漆黒の刃と交錯する。

 火花が散る。

 途端に両者が吹き飛ぶ。強烈な力と力の押し合いだ。

 女はそんな状況でも宙を舞うように飛び退き、軽々と立つ。そして、右手の拳銃を構える。タマは一気に接近して、一撃を撃ち込もうとするが、女の銃口に怯む。

 パシュパシュ

 女の銃弾がタマを襲う。タマは地面に転がりながら躱すのが精一杯だった。

 「逃がすにゃ!」

 タマが体勢を整える頃には女の姿は無かった。弾かれたポチも何とか体勢を整えるので手一杯だった。

 「タマ先輩。追いますか?」

 「無理にゃ。下手に追えば、奴の術中にハマるにゃ。待ち伏せにあったら、狩られるのはこちらにゃ」

 タマは相手の恐ろしさを感じ取り、これ以上の追跡を諦めた。

 「カメラは無事にゃ?」

 タマは自分のウェアラブルカメラを確認しつつ、ポチに尋ねる。彼女も自分のウェアラブルカメラを確認した。

 「大丈夫です。多分、奴の映像は撮れているでしょうね。しかし・・・何者ですかね?とても人間の動きとは思えないし、サイボーグとかの類にしては動きが軽やか過ぎるし・・・」

 ポチは不思議に感じていた。だが、タマは違う事を考えていた。

 「違うにゃ。なにか・・・大型獣の臭いがしたにゃ」

 それを聞いたポチも何かに気付いた感じになる。

 「確かに・・・何か・・・嫌な感じでした」

 だが、その答えを彼女達は持ち合わせてはいない。

 「とにかく・・・多分、あいつが警察官殺しの容疑者にゃ。帰って、捜査本部に映像を提出するにゃ」

 タマ達は現場保存を務めながら、交代の警察官が到着すると同時に戻った。


 女は隠れ家に戻った。

 危なかった。

 戦場で感じた肌をヒリヒリと焦がす感じが戻ってきた。

 危険を感じたはずなのに、心は踊っていた。

 顔を覚えた。

 獲物の顔だ。

 タマとポチ。

 名前も覚えた。

 次に会ったら殺す。

 そして、ようやく、本気になれる。

 仕事に取り掛かれる。

 感謝する。

 この大都会で野生が削がれる感じがしていたが、ようやく、野性に戻れた。

 肌の黒い縞模様が燃えるように熱い。

 「猫も面白いのが居るじゃないか。これからこの狩場で遊ばせて貰うぜ」

 女はナイフを抜きながら笑った。

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