第15話 狩猟場
副知事が殺害された事で都内は厳重警戒となった。
一般の警察官でも常にヘルメットと防弾チョッキの装着が義務付けられている。
警ら中のパトカーがスラム街の一角に入ってきた。
パトカーから降りてくる二匹の警察官。
指示通りにヘルメットと分厚い防弾チョッキを着ている。そして、一匹の警察官は散弾銃を手にした。非致死弾も使える散弾銃は一般警察官にとって、最強の武器として、重宝されている。
「こちらPC114。ブロック12のパトロールを開始する」
胸元に装着した無線機にそう告げた警察官は腰のホルスターからリボルバー拳銃を抜いた。
スラム街に人の姿は無い。散弾銃を構えた警察官は不安そうに周囲を見渡す。
「どうなってやがる?人の姿が無い」
「おかしい。ホームレスの姿もない」
いつもならここを根城にしているホームレスが居るはずだったが、その姿は無い。
「ミケ巡査長。何だか・・・ゴーストタウンみたいに静かです」
散弾銃を構えた警察官は不安そうに後を歩く上司に尋ねる。
「そうだな。気を付けろ。何か嫌な気がする」
ミケ巡査長は相方の巡査にそう告げた時、突然、巡査が前のめりに倒れた。
「テット巡査!?どうした?何があった?」
周囲を警戒しつつ、倒れた巡査を見る。地面に流れ出す血。その量はあまりに多く、数分で死に至ると感じた。すでに左手は無線機の通話スイッチを押している。
「こちらPC114。巡査が倒れた。銃声は聞こえなかったが、何かしらの攻撃を受けた可能性が高い。応援を頼む」
即座に本庁から応答がある。
『了解。すぐに応援を向かわせる。到着まで3分程度だ。頑張ってくれ』
3分。
ミケ巡査長にはそれがあまりに長い時間に思えた。
そして、彼女がその時間を迎える事は無かった。
3分弱の時間が過ぎた頃に最初の応援に到着したパトカーから警察官が降りてくる。彼女達は対銃撃戦装備として、ヘルメットと分厚い防弾チョッキを着用していた。
彼女等はそこに倒れているテット巡査とミケ巡査長を発見した。二匹共、体に弾痕があった。
「周辺を警戒しろ。犯人がまだ、潜んでいる可能性もある。現場を保存だ」
警察官達は拳銃を手に警戒を始めた。その時だった。
二人の警察官が次々と倒れた。
「大丈夫か?」
倒れた二匹に声を掛ける同僚警察官。二匹は何とか息があった。だが、血が地面に流れ出している。激痛に顔を歪ませた二匹を他所に他の警察官は周囲を必死に見渡す。
「ノロマだな」
舌なめずりをした女は手にした消音器付きのP90PDWを構えた。
警察官達は一斉に女に銃口を向けた。だが、それよりも早く、女は引き金を引いた。連射される銃弾は次々と警察官を撃ち抜く。彼が装着している防弾チョッキもP90の用いる弾丸を防ぐ事は出来なかった。
そして、警察官は女を撃とうとも女の動きは尋常じゃなかった。運動神経が良いとされるヒューマアニマルの警察官達ですら、追う事が出来ない程に素早く、そしてその大柄な体躯はパワフルさを感じさせた。
警察官達は次々と倒れ、最後の1人となった。女は笑いながら警察官に飛び掛かり、その顔面を片手で掴んだ。
「ひぃいいいいい」
唐突の事に警察官は恐れるしかなかった。だが、それは1秒にも満たない事だった。女の尋常じゃない握力は彼女の顔面を握り潰した。顔面の骨が折れ、目玉が飛び出す。女はその光景を眺めながら笑った。
「ノロマだ。本当にノロマだ。これが同じヒューマアニマルって奴か?どれだけどんくさいんだ」
女は警察官を放り捨て、その場から去って行った。
「派手にやったな」
男は疲れたように女に声を掛けた。
酒場で酒を煽る女は満足気に男を見る。
「警察官を殺した事か?」
「あぁ、そうだ。あれだけ派手にやったら、お前、お尋ね者になるぞ?」
「すでに世界中でお尋ね者だよ。今更、日本でお尋ね者になったぐらい・・・。それに警察官が装着しているカメラは全て記録媒体も含めて破壊したから問題が無い。ハッキング防止のためにリアルタイムに通信をしてないからな」
「けっ・・・毎日戦争をしている国と日本を同じにするな。それにしても・・・どうして、警察官を襲った?」
「ふん・・・私もヒューマアニマルって奴を相手にした事が無くてね。人間とどう違うのか試したかったのさ」
「お前も・・・ヒューマアニマルだろ?」
男は女の頭を見た。そこには確かにヒューマアニマルと同様に獣の耳があった。
「私は・・・出来損ないさ」
女は一気に手にした酒瓶を飲み干した。
警視庁は慌ただしくなっていた。
一般警察官が7匹。殺害されたからだ。相手の得物は銃弾の特徴から即座にFN社のP90PDWである事は判明した。当然ながら、日本では所持が禁じられている銃器である。しかしながら、現在の日本の状況ではどんな武器が密輸されていてもおかしくはなかった。
ただ、問題はそこだけじゃなかった。相手はたった一人。不意打ちとは言え、7匹の警察官が取り囲む中で全員を殺害し、逃避した。しかも殺害した警察官の1匹は顔面を握り潰されている。その殺害方法からして、並の人間じゃなかった。
急遽、立ち上がった捜査本部ではこの事が最大の特徴だとして取り上げられた。
「考えられるのは戦時下に多く出現した人体改造を施された兵士である。身体の一部、または大部分を機械化した兵士と言うのが、亜細亜や露西亜などで確認されているが、その残党の可能性が否定は出来ない。ただし、そうなればかなり異様な姿をしているのと、その重量から、これほど、速く移動する事が出来るのかと言う疑問があるとの報告だ」
捜査を指揮する統括官は科捜研から上げられた報告書を読む。
彼の前に居並ぶのは精鋭の捜査員達ばかりだ。多くは人間であるが、一部にはヒューマアニマルも居る。捜査一課に所属するポーラもその一匹だ。
捜査は聞き込みなど、人間と接する仕事が多い為、ヒューマアニマルは使われないが、ヒューマアニマルの中でも知的能力が高い個体はこのように捜査員として活用している。
基本的に捜査員は二人一組で行動する。ポーラの相方は玄人の刑事、笹島である。定年間際の老齢の刑事だが、これまで、多くの凶悪犯罪で手柄を立てた凄腕刑事だった。
「こいつぁ・・・人間の仕業じゃないな」
彼は捜査資料を眺めながら呟く。それを聞いたポーラも頷く。
「素手で顔を握り潰す・・・機械の腕だとしたら、もっと・・・挟み潰す感じですね。指のようなマニュピレーターのような細さだと潰すほどの耐久性はありませんから」
「そうだな。だから、純粋に握力のある手で潰したと思う」
笹島は考え込む。
「そんなバカ力って・・・人間に可能なのか?」
「さぁ?プロレスラーとかなら可能じゃないですか?」
「プロレスラーか・・・そうか・・・って無理だろ」
笹島は退屈そうに捜査資料を眺め続けた。
タマはクロに呼ばれている。
「この間、パトロール中の警察官が7匹。殺されたのは知っているよな?幾らバカなお前でも?」
クロの言葉にタマは激昂する。
「タマはバカじゃないにゃ!バカって言う奴がバカにゃ!」
「黙れバカ。それよりも警察官を狙った殺人鬼・・・殺猫鬼か。言い辛いな。そいつがまた現れるかもしれないから、お前らもパトロールに出る回数を増やす事になった。武装もAだ。相手は素手でヒューマアニマルを殺せる奴だからな。並じゃないぞ」
「殺していいのにゃか?」
「あぁ・・・出来れば生け捕りが良いがな」
クロはニヤリと笑った。
タマはポチを伴って、パトロールに出る事になった。
パトカーの運転席のポチは助手席のタマに尋ねる。
「タマ先輩。あれだけ派手にやった犯人が再び、同じような犯罪をするでしょうか?」
それを聞いたタマは首を捻る。
「解らないにゃ。そもそも犯行理由が不明にゃ。警察官を殺して、何かメリットがあるかにゃ?意味が解らないから、正直、どうするか解らないにゃ」
「なるほど。確かにそうですね。しかし、どんな相手でしょうかね?」
「人間じゃないにゃ。我々は身体能力で人間に負けないにゃ。ましてや数で優勢なら相手がサブマシンガンを所持していても負けるわけが無いにゃ」
「確かに・・・だとすれば・・・相手は人間じゃない?」
「可能性は高いにゃ。多分、捜査本部もそう考えているにゃ。可能性としては強化人間やサイボーグかにゃ」
「あぁ、戦場で稀に見かけますね。だけど、そんなヤバい奴がこんな街中で目立たずに潜んでいられますかね?」
「仲間が居るかもにゃ。だとすれば、今回の事件は何かの前段階なのかもしれない」
「大きな事件が起きると?」
「さぁにゃ。ただ・・・キケンな感じにゃ」
タマはホルスターから拳銃を抜いて、スライドを引いた。
彼女達が到着したのは街外れの倉庫街だった。
「ここら辺は潰れた町工場が多いにゃ」
タマは短機関銃を携えながら、周囲を伺う。
「新東京にこんな場所があったんですね?」
ポチは初めて訪れる場所に緊張している。
「こんな場所・・・幾らでもあるにゃ。スラム街と違って、ここでは密輸品などが隠されている可能性が高いにゃ」
「密輸品ですか。薬や銃ですか?」
「そういう類にゃ。だから、パトロールも厳しいはずにゃ。それでも後を絶たない」
そんな二匹の動きを眺める影。
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