第14話 迷い猫のシューティングスター
タマはいつも通り、ポチを連れて、パトロールに出ていた。
新東京都には多くの人々が行き交う。
犯罪も多い。特に最近、多いのは犯罪集団同士の抗争だ。
新東京都のように急激に大きくなった都市では様々な犯罪集団が興り、縄張りを主張する。結果として、争いになる。
犯罪者同士が殴り合う分には構わない。だが、抗争が激化すれば、一般市民にも被害が及ぶことになる。その為、警察は彼らの動向を常に見張り、抗争が拡大する前に始末しないといけない。
テロを専門にするCATにはあまり関係の無い話ではあるが、犯罪集団の一部にはテロを画策したり、テロを支援したりする。逆にテロ組織の情報を流す連中もいる。その為には彼等の動きを観察する事もCATの仕事の一つではあった。
タマはスラム街の一つに立ち寄る。
「タマ先輩。ここは?」
「情報屋の店にゃ。普段は酒屋をしている」
寂れた酒屋だが、夜の店などに酒を下ろしているので、それなりに儲けはあるようだ。
赤っ鼻の爺さんが酒瓶の入ったケースを積み上げている。
「チョウ爺さん、お疲れにゃん」
タマがそう呼び掛けると、爺さんは驚いたように振り返る。
「なんだ。猫助か。脅かすなよ」
「驚くような事は何もないにゃ。それより、知っている事を吐くにゃ」
「相変わらず、交渉とか関係無しかよ」
「煮干しを買うにゃ」
「煮干しかよ」
タマは好物だろう煮干しのおつまみを手に取る。
「買い食いは良いのですか?」
ポチは心配そうに尋ねる。
「捜査の一環にゃ。ポチはサラミにゃ」
タマはサラミをポチに渡す。さすがに渡されるとポチも口元に涎を見せる。
「そっちは犬ッコロか。めずらしいな。犬のお巡りさんなんて」
チョウは笑いながら言う。
「それより、情報を寄越せにゃ」
「アホか。そんな情報が彼方此方、転がっているわけないだろ。まぁ、噂話ぐらいだな」
「なんでも良いにゃ。どうせ、与太話にゃ」
「ひでぇな。まぁ、良い。話をしてやる」
チョウは丸椅子に腰かけ、煙草を咥える。
「チョウの煙草は中華さんで臭いにゃ」
「うるせぇよ。黙って聞け。この猫助が」
タバコを吸いながらチョウは話を始める。
「最近、聞いた話なんだが・・・お前らみたいなヒューなんたらを手下にしている組織があるらしい」
その話にタマは一瞬、止まる。それから大笑いをした。
「わはははは。そんな話は信じられないにゃ。ヒューマアニマルはどこの組織もしっかりと管理されているにゃ」
「あぁ、そうだ。解っているよ。俺も眉唾だと思ったが、どうやら、本当にそんなのが居るらしい。そいつは傭兵として、この街に来て、何かの企てに参加しているとか」
「何かの企て・・・それは何にゃ?」
「知らねぇよ。それも俺にその話をした奴の憶測だしよぉ」
ポチは少し考える。
「それがテロ計画なら・・・うちの管轄ですね?」
「テロならにゃ・・・しけた犯罪なら、恥をかくにゃ」
タマは薄ら笑いを浮かべる。
「管轄って面倒ですね。薬物も銃器も組織犯罪も皆、テロに繋がっている可能性があるのに」
「縄張りは大事にゃ。だから、連携する事も大事にゃ」
「連携ですか・・・。先輩の口から出ると・・・」
「ポチ・・・何か言いたそうにゃ」
タマはポチを睨む。慌てて、ポチは口を塞いだ。
都心から少し離れた新興住宅地。
真夜中の閑静な住宅地を静かに走る高級セダン。
後部座席には副知事が乗っている。その隣には男性SP。
「副知事。現地を消毒します」
高級セダンはある家の前で停車するとすぐに助手席に座っていたヒューマアニマルのSPが飛び出す。彼女は周辺を険しい表情で眺める。
彼女達の耳と目は通常の人間よりも良く、更に夜目も利く。下手な暗視装置よりも見えるので、暗闇の多い住宅地でも問題が無かった。
彼女は周囲に脅威が無い事を確認すると左手で親指を立てる。それを見た男性SPが外に出て、同じく周囲を警戒しながら、車の扉を開く。副知事はすぐに車から降りて、早足で自宅の門へと向かう。すでに連絡を受けていた自宅の扉は開いている。
瞬間、副知事が倒れた。
転んだ?男性SPはそう思い、倒れる副知事を抱きかかえる。
「副知事、大丈夫ですか?」
そう声を掛けた時、手にぬめりを感じた。
「うぅ・・」
呻く副知事。男性SPは咄嗟に彼が何かしらの負傷をした事を確認した。
「そ、狙撃!」
男性SPはすぐに副知事を車に押し戻す。その時、車の屋根に何かが激しく当たる音がする。
「火点不明!」
車を守るように立つSP。副知事が押し込められた車は男性SPが扉を閉める間
無く、急発進させた。
「病院だ。すぐに手当てが必要になる。それと応援。あの周辺を包囲させろ」
男性SPはすぐに無線機で本庁へと連絡を入れる。その時だった。
急ブレーキが踏まれる。車は、酷く前のめりに停車する。
「横断者!」
運転手のSPは咄嗟の事にそう発するだけだ。車の前には一人の人影があった。ヘッドライトに照らされた人影はライダースーツにフルフェイスのヘルメット姿。シルエットから女だと解るぐらい。彼女は車に向かって、右手を挿し延ばした。
「く、車を出せ!」
男性SPは叫んだ。刹那、激しい銃声が鳴り響く。フロントガラスが破られ、弾丸が後部座席に倒れている副知事の頭を貫く。
女の手には一丁の拳銃が握られている。
「バカな。44マグナム弾も防ぐ防弾ガラスだぞ!」
すでにアクセルは強く踏み込まれ、後輪が空回りしながら車は急発進をしようとした。その車のボンネットに女は飛び乗り、まるで跳び箱を飛び越えるように車の後ろへと飛び降りた。
「ば、化け物か?」
男性SPは後方を見て、何事も無かったように走り去る女の後ろ姿を見ているしか無かった。
「副知事が暗殺された」
CATでは緊急会議が行われていた。
「副知事の命を狙う可能性のある団体は幾つもありますが・・・絞り込みが難しいですね」
「車載カメラ映像から、実行犯の容姿を解析した画像です」
捜査班は科学捜査研究所と連携して、得られた情報を解析していた。この情報は当然ながら、刑事部とも連携を取っている。
「フルフェイスのヘルメットはホームセンターなどで販売される安価な量産品。シールドには目が撮影されないように光学的に複雑な反射をする処理がされています。着ているライダースーツも安価な量産品です。体型的に女性であるとだけ断定が出来ます」
「女性・・・そうか。珍しいな」
「先の大戦では女性兵士も多かったですよ。海外では女性の暗殺者も少なくありません」
「使われた弾丸の鑑定も出来ています。最初に狙撃に使われたの223.レミントン弾。使用された銃の特定まではまだ。次に車に対して用いられた弾丸は308Winマグナム弾です」
「映像からすると拳銃のようなシルエットだぞ?」
「可能性としてはコンテンダーと呼ばれる単発式の拳銃かと」
「防弾ガラスを破って、トドメを刺すためか・・・。用意周到だな」
「それで・・・本題だが・・・これはテロか?」
CAT幹部の1人が投げ掛ける質問。
「まだ・・・情報が少ないです。犯行声明でも出れば・・・」
「犯行声明か・・・くそっ・・・これだけの装備をした奴がただの殺人で捜査一課に持っていかれるわけにはいかないぞ」
「解っています。こちらでも密かに動きます。下手に動けば、捜査一課に越権行為だと釘を刺されかねませんからね」
「そうだな。前の失態がある。多少は挽回したが・・・まだな」
彼らは憮然とした態度で会議を終らせた。
新東京都の片隅。
スラム街の一角。
色街として発展したそこは女が商品だった。
ピンク色の壁紙の狭い部屋にはベッドだけが置かれている。
俗に売春宿と呼ばれる部屋だ。
女はここで男と性的にサービスをする。
ここで商売する女はまともじゃない。
多額の借金で暴力団に売られたか。不法入国だ。
幾度も警察の手入れがあったが、それでも壊滅はしない。
こうした色町を求める者もそれだけ多いと言う事だ。
「ふんふんふーん」
一人の女が半裸の状態でベッドに座っている。
この街ではよくある光景だ。引き締まった肉体に魅力ある凹凸のある身体。そして、褐色の肌。
だが、それだけじゃなかった。
彼女の白い髪の上には三角の耳があった。そして、尻にはシッポがある。
そう。彼女はヒューマアニマルだった。
国が管理しているはずのヒューマアニマルは決して、こんな所に居てはならない。
存在してはならない存在がそこに居た。
「よう、機嫌が良いな?」
扉を開けて入って来たのは一人の男。
「あぁ、久能さんか。頼まれた仕事は終わらせたよ。確実に死んでいただろ?」
「あぁ、確かにな。あんな派手にやれるとは思わなかったよ」
男はほくそ笑む。
「派手にやってくれって言われたからな。まぁ、副知事とは言え、警備が厳重だから、あの瞬間しか無かったしね」
女は笑いながら自慢するように話す。
「お前の能力は凄いな。あの後、警察の包囲網を抜け出すのに、尋常じゃない感じに路地をバイクで駆け抜けて行ったそうだな」
「あぁ、警察と言えども、検問は幹線道路だけだからな。抜けるのは難しくない」
「まさに化け物だ」
男がそう言った時、女は手にしたナイフの刃を男に向けていた。そのあまりの速さに男は硬直した。
「黙れ。誰が化け物だ?」
「す、すまない。シューティングスター。あんたは凄いってだけだよ」
「そうか・・・まぁ、良い。それで・・・頼んだ物は?」
「あぁ、今、便利屋に調達させている。ブツがブツだからな。簡単じゃないな」
「だが、あんたらが狙っている本命をやるなら・・・それぐらいのブツを用意しないと難しいのはバカでも分かるよね?」
「あぁ・・・そうだな。お前には頑張って貰うよ」
男はそう言い残すと部屋から去って行く。
「ふん・・・人間はチョロい」
シューティングスターと呼ばれた女は笑いながらナイフで爪の手入れを始めた。
副知事の暗殺で新東京は大騒ぎであった。
都知事は憮然とした表情で知事室に居た。
「青戸さんを殺した組織はまだ、解らないのかね?」
都知事の問い掛けに渡辺警視は困惑する。
「申し訳ありません。まだ、捜査中でして・・・」
「捜査中か・・・まぁ、昨日の今日だ。仕方が無い。青戸さんはスラム対策を担当していた。暴力団とか、多くの恨みを買っていたのは仕方が無い。だが、これを許せば、奴らはつけ上がるぞ?今でも治安は十分では無いのに・・・どうするつもりだ?不法移民に貧困問題。解決が出来ない事ばかりなのに・・・」
都知事の苛立ちを宥めるように渡辺警視は言葉を掛ける。
「現在、全力で捜査をしております。近日中には解決してみせます」
都知事室でそんな会話がなされているとは露知らず、警視庁では捜査一課が仕切り、捜査本部が立ち上がっていた。
すでに初動捜査は始まっており、この捜査本部の立上りと共に、捜査を行っている捜査一課、捜査四課、CATが集められ、捜査情報を共有する事になった。
「使われている銃器の入手経路は不明。かなり特殊な銃器だと思われる為、かなり特別な入手経路があるのだと思われますが」
銃器の入手に関しては組織犯罪を専門とする捜査四課が説明をする。
「引き続き頼む。CATの方はテロ組織の動向などはどうか?」
捜査一課長に尋ねられ、CATの調査部のトップである射水警視が立ち上がる。
「はい。現在、聞き込みを行っていますが・・・特には。ただ、一つ、気になる情報があります」
「気になる・・・とは?」
「ヒューマアニマルを部下にしている組織があるとか」
その言葉にその場の全員が驚く。
「バカな。ヒューマアニマルは完全管理された存在だぞ?万が一にも行方不明になれば、内臓したチップで位置を把握して、すぐに発見、確保されるはずだ」
「そのはずですが・・・そんな話があり、今回の事件。相手は尋常じゃない身体能力で実行から逃走までした。たった一人で全てをやり遂げたとすれば、話の辻褄が合うのかと」
「本当にヒューマアニマルが・・・犯罪組織に?」
「可能性はあるかと・・・その点から捜査を行うのが手掛かりになるかも」
射水警視の言葉に捜査一課長は僅かに考える。
「まぁ、良い。どうせ、実行犯の情報はまったくないに等しい」
「では、CATは実行犯の追跡とテロとの関係を探ります」
射水は周囲を見渡す。他の捜査員たちは何も言えない。勝ったと思った。
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