第13話 逃走の果て・・・

 艦橋では貨物室の事はまだ、察知していない。

 「こちら後部甲板です。何かボートらしき物が後ろの方に漂ってますけど・・・」

 それを聞いた船長が訝しげに尋ね返す。

 「それがエンジンを切っているようで、どんどん、離れていくんですよ」

 船長も慌てて、双眼鏡を持って、それを確認に行く。

 「ふむ・・・誰も乗っていないような感じだが・・・あんなの漂っていたか?」

 フードの男も隣に来た。

 「まさか、海上保安庁を気にしている隙に近付かれたなんて事は無いだろうな?」

 そう言われて、船長は口篭る。

 「一度、人質を確認した方が良いな」

 フードの男が拳銃を片手に立ち上がる。

 「一人で大丈夫ですか?」

 船長が尋ねるが、男は何も要らないと言った感じに手を振って、艦橋を後にした。

 「船長、大丈夫ですかね?」

 「まぁ・・・只者じゃないから、大丈夫じゃない?それより、ヤバいのは俺達だ。海上保安庁が本気になってやってきたら、話にならんぞ」

 船長と航海士はそんな会話をしている頃、タマ達は甲板へと上がってきた。

 「ポチ良いかにゃ?音は無しにゃ。静かに。素早く。殺すにゃ」

 「殺すのは慣れています」

 「そ、そうだったにゃ」

 ポチは腰からナイフを取り出す。従来、CATが持つナイフはロープを切ったりなどするための多目的ナイフである。しかし、ポチが腰に携えていたのは陸上自衛隊が採用している銃剣だ。慣れた道具だからと言う理由で持ち込まれた物である。抜き身の刃を静かに構えて、ポチは戦闘準備をした。

 「やります」

 ポチは音も無く、甲板を走る。

 貨物船の甲板には様々な構築物や荷が置かれている。簡単に言えば、隠れる場所だらけだと言える。加えて、警戒をしている船員達は空か海ばかりを見ている。すでに船内に入り込んでいるとは思っていない。自動小銃を持って、海を眺める船員の背後にポチがスッと寄る。息を殺し、その口を背後から覆う。それと同時に刃が首筋にグサリ刺し込まれる。刃はそのまま、心臓にまで達した。一瞬で彼は絶命した。

 「まず・・・一人」

 ポチは新しい獲物を探して動き出す。それを見たタマはちょっとビビる。本来、警察官なので、犯人だとしても殺さずに逮捕する事を教え込まれる為、殺すんだと命令されても実際はなかなか殺害ってのは覚悟が必要だったりする。だが、ポチは飄々と殺しているのだ。

 艦橋を目指すクロ達は途中で誰に遭う事無く、艦橋に到着する。ナナはスタングレネードを艦橋内に投げ込み、爆発と同時にと突入した。

 船長は突然の事にただ、驚くしか無かった。視覚も聴覚も奪われ、何する事なく、床に叩き付けられ、腰に吊るしていたホルスターから拳銃が抜かれた。後は手荒に蹴られて、床に転がる。

 クロは艦橋の制圧を完了した。全員を拘束した後、船を停船させるためにナナが操作する。クロはヤンを探した。だが、そこには船員ぐらいしか居ないようだ。慌てて、船長に掴み掛かり、ヤンの居場所を聞き出そうとする。 

 「おい、ヤンはどうした?」

 「ヤ、ヤン?知らんな」

 船長は顔を背け、そう答えた。その顔をクロは思いっきり、殴った。

 「知らないはずが無いだろう?」 

 「し、知らない。本当だ」

 「ちっ、後でしっかりその口、割らせてやるからな」

 クロは船長達をしっかりと拘束してから、無線機にて、海上保安庁と連絡を取る。

 「巡視船から応援が乗り込む。これで問題が無いだろう」

 その頃、タマ達はポチの活躍によって、甲板上の敵を皆殺しにしていた。

 「ほ、本当に全員、音も無く殺してしまったにゃ」

 「これぐらいなら、容易いです」

 血の滴るナイフの刃を殺した男の服で拭き、ポチは鞘に納める。

 「一度、貨物室に戻って、人質を甲板まで上げるにゃ」

 彼女達は貨物室へと向かった。まだ、船内には船員が残っている可能性もある。慎重に彼女達は貨物室へと降りる。

 無事に貨物室に降りた時、雰囲気がおかしい事にタマは気付く。

 「ポチにゃ。警戒するにゃ。ちょっとおかしいにゃ」

 「はい」

 ポチも気付いたようで慎重に貨物室を覗き込む。

 「全員、下手に動くなよ!撃ち殺すぞ!」

 男の声が響き渡る。タマとポチが見た光景はミケコと迫田が倒れ、フードを被った男が人質達に銃口を向けているところだった。

 「あいつは・・・ヤンかにゃ?」

 「さぁ・・・しかし、まずいですね。二人共、やられていますよ」

 タマは猫耳をピクピク動かして、男の動きを観察している。

 「他に仲間は居なさそうにゃ。一人なら、仕留められるにゃ」

 タマは短機関銃を構える。

 その時、微かに金属の鳴る音がした。それに気付いたフードの男は人質の女性を強引に立たせて、顔に銃口を突き付ける。彼女を盾にした。

 「誰だ?銃を捨てて、姿を現せ。じゃないと、ここに居る人質を殺すぞ。こんだけ数が居るからな。一人や二人ぐらい、平然と殺せるぜ?」

 タマはミスったと思った。

 「勘が良い奴にゃ」

 「どうしますか?本当に撃ちかねないですよ?」

 「タマ、一人で出て行くにゃ。後は頼むにゃ」

 「だ、大丈夫ですか?」

 「仕方が無いにゃ。クロに応援を頼んでくるにゃ。ここだと無線が届かないから」

 タマはポチにそう言い残して、短機関銃を床に捨てて、貨物室に入った。

 「ちっ、CATか・・・ここに戻ってきたって事は艦橋まで制圧済みか?」

 フードの男はタマに尋ねた。

 「知らないにゃ。ここは無線が通じないから、連絡が出来ないにゃ」

 「そうか・・・まぁ、良い。この人質の命が惜しかったら、船の航行を邪魔するな。じゃないとお前等の仲間みたいに撃ち殺すぞ?」

 「タマ、撃て!そいつを撃ち殺せ!」

 迫田が怒鳴った。まだ、生きていた。

 「てめぇ、まだ、死んでいないのか?このくたばり損ないが」

 フードの男は苛立った。だが、下手に銃口を人質から外すわけにはいかないので、そう怒鳴るだけだった。

 「無茶をするにゃ。何とか交渉してくるにゃ。さっきも言った通り、ここは無線が通じないにゃ。一度、艦橋まで行って良いかにゃ?」

 フードの男は少し考えてから、答える。

 「わかった。ただし、銃は全て、置いていけ」

 「わかったにゃ」

 タマはゆっくりと、レッグホルスターの拳銃も抜いて、床に静かに置く。それを見たフードの男はニヤリと笑う。

 「よし、良いぞ。行って来い」

 タマはすぐに貨物室から出て行く。その時にはすでにポチは艦橋からクロとナナを連れて来ていた。タマはすぐにクロに状況を説明する。

 「犯人は一人。人質を抱えて、盾にしているにゃ。それ以外にも20名程度の人質が近くに居ますにゃ。最悪、乱射されると多くの死傷者が出る可能性が高いにゃ」

 それを聞いたクロは考え込む。

 「最悪だな。迫田さんに任せるんじゃなかったな」

 クロが愚痴る。ナナもそれに合わせて愚痴る。

 「あのおっさんじゃ、まともに銃なんて撃てないんじゃないですか?」

 「そうにゃ。でも、ミケコまで撃たれていたにゃ。相手は結構、腕が立つのかも」

 珍しくタマが冷静な意見を言う。

 「だろうな。だが、所詮は一人だ。一瞬で潰す」

 クロの目が輝く。

 「そうにゃ。スズや仲間の仇にゃ。ぶっ殺してやるにゃ」

 その言葉にポチが冷静に声を掛ける。

 「いや、殺しちゃうとまずいんでは?事件の全容がわからなくなりますよ?」

 「そうだった。ちょっと私まで我を忘れそうだった」

 クロが冷静になる。ナナはすでに拳銃を抜いて、やる気満々だ。

 「殺しは無しだ。あの野郎を殴り飛ばして、ボコボコにしてやる。そしてミケコと人質・・・それと迫田のおっさんを解放するぞ」

 タマは正面から見えないように拳銃を背中の方でベルトに挟む。そして、貨物室に入った。

 「おい、どうなった?」

 フードの男は当然ながら、状況を尋ねる。

 「艦橋の乗組員はとりあえず、解放したにゃ。船は予定通りの航路を進んでいるにゃ」

 「本当か?」

 「信じられないなら、自分で行って確認するにゃ」

 タマを信じられないという感じで居るフードの男にタマは投げやりに答えた。

 「わかった。信じよう。それより、お前等の仲間は何処に居る?」

 「艦橋にゃ」

 「・・・本当か?すでにここに突入しようとしているんじゃないか?」

 「人質が居るにゃ。無理は出来ないにゃ」

 タマの言葉にフッと笑う男。

 「そうだな。わかっているなら、しっかりとやってくれ。それと連絡役として、俺の部下か船員を一人、こちらに回して来い。おめぇじゃ、安心が出来ないからな」

 「わかったにゃ。それより、迫田とミケコの様子を見たいにゃ」

 「おっさん以外は死んでいるよ。死体なんて見ても仕方が無いだろ?」

 「死体でも確認したいにゃ」

 「うるせぇ。俺の要求が先だ。安全な所まで行ったら、好きに見せてやる」

 「わかったにゃ」

 タマは一歩、下がる。

 男は一瞬、気が緩んだ。タマが大人しく言う事に従ったからだ。だが、それが合図になった。タマの背後からクロとナナが銃を構えて姿を現す。

 派手な銃声が鳴り響き、男の右腕が撃ち抜かれて、拳銃を落す。そして、ポチが一気に駆けて、フードの男に体当りをする。男は人質ごと、吹き飛ばされて、床に叩き付けられる。そしてポチは冷静に男に絡み付くように手足の動きを封じる。そこにタマ達も加勢して、男を取り押さえた。

 「ヤンを取り押さえたにゃ!」

 タマが叫ぶ。フードの男のフードを取り払う。

 男は必死に暴れた。

 「お、俺はヤンじゃない!」

 「黙れ!ここに来て、何を誤魔化そうとしているにゃ!」

 タマは暴れる男の顔面を殴った。そこにフラフラなりながら、立ち上がった迫田が近付いてくる。彼はヤンだと思われる男の顔を見る。

 「くそっ!こいつは道具屋の徳田じゃないか!やられた。ヤンの野郎、こいつを囮にしやがったな」

 迫田は毒づく。その事にタマ達も驚いた。

 その後、海上保安庁の隊員も加わって、徹底的に貨物船の捜索が行なわれたが、ヤンが発見されることは無かった。その後、事件の真相は徳田の口から語られた。


 徳田は道具屋として、ヤンのテロに加担した為に都内では多くの敵を作ってしまった。その為に仕事に支障を来たすまでになっていた。だが、簡単に都内から脱出する事が出来ないから、悩んでいた所にヤンから脱出計画を持ち掛けられた。

 ヤンは強引に徳田を捕まえて、計画に協力させたようだ。ヤンの計画はかなり念入りなものだった。ヤンはすでに宝石を換金した金を資金に潰れかけの小さい旅行会社を買収していた。そして、ある格安の日帰り旅行のプランを計画する。

 かなりお得感の高いプランだから、すぐに客は集まる。無論、それらは全て架空であり、計画だけで何の段取りもされていない。集まった客に紛れて、徳田達が乗り込む。運転手と添乗員もヤンの部下達だ。彼らの目的は国外に脱出して、南武セントラルビルから奪った宝石の6割を換金する事だった。その中に徳田への報酬も入っていた。

 そして、ヤンはスラム街に住む子ども達を麻薬で飼い慣らしていた。その子ども達に彼は計画実行の朝、銃を渡した。それを使って、予定の時間に乱射事件を起すことを彼等に命じた。麻薬に慣らされた彼等は麻薬欲しさに忠実に事件を起す。

 そして、バスは予定通り、検問所に繋がる列に並んだ。そのタイミングで子ども達が事件を起す。その混乱に合わせて、バスは無事に検問所を突破するという算段だった。その後、バスは旧都へと降りて、警察の監視が甘い、立入禁止区域に入る。この時点で、一般の乗客は人質となって貰う。万が一にも警察などに察知された場合は彼らを使って、突破する。旧都を抜けて、東京湾に出ると、ヤンが手配しておいた貨物船にて、海外へと脱出するまでが計画だった。

ただし、首謀者のヤンは日本に残るために、徳田に計画を首謀するように命じられたそうだ。実際に宝石の6割を積み込む事や計画もかなり周到だった為、徳田は大人しく、その条件を受け入れたそうだ。

 実際は単純に囮にされたようで、徳田自身もその事に気付いて、かなりヤンに対して、怒っている。その彼からの情報を得て、刑事達はヤンを捜索したが、当然ながら、都内で彼の居所を発見するに至らなかった。


 タマは食堂でいつも通り、昼食を食べていた。

 「うーん、今日も御飯が美味しいにゃ」

 その隣でポチが相変わらず、無表情で食事をしている。

 「しかし、ヤンが結局、捕まりませんでしたが、何処へ行ったんでしょうね?」

 「必ず捕まえるにゃ。あいつには恨みがあるからにゃ」

 タマは怒りの形相で答える。

 「まぁ、ミケコ主任も2週間の治療が必要だから、第1分隊は予備扱いですからねぇ。暫くはパトロールのみでしょうけど」

 「だからチャンスにゃ。また、パトロールをしながら情報を集めるにゃ」

 「でも、刑事はすでにヤンが都から出ているって」

 「わかるにゃ。あいつは必ず、ここに戻ってくるにゃ。また、大きなテロを起すに違いないにゃ。次こそは、奴の思い通りにはさせないにゃ」

 タマは無駄に興奮しているので、シッポがピンと立っている。

 「まぁ、タマ巡査部長が興奮する気持ちはわかりますが、捜査はあくまでも刑事部の仕事ですからねぇ」

 「解かっているにゃ!でも、あいつだけは許せないにゃ!」

 ポチは怒りに燃えるタマを見つつも、どれを食べても同じような味のする食事を食べることに戻った。これから警察の不味い飯をどれだけ食べるのか。それだけがポチにとっては苦痛だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る