第12話 追跡

 タマ達を乗せたワゴン車はサイレンを鳴らしながら、旧都へと急行していた。途中で、本庁から連絡が入る。

 「こちら本庁、迫田刑事を乗せた覆面パトカーのGPS信号が消失。無線連絡にも応答しない。至急、確認されたし」

 「了解」

 数分後、燃え上がる覆面パトカーを確認した。クロはすぐに本庁に連絡を入れて、消火を要請した。タマは車から降りて、迫田を探した。

 「迫田のおっさん、燃えてしまったかにゃ・・・」

 感慨深げに燃えるパトカーを見る。

 「馬鹿野郎。殺すなよ」

 すると建物の影から迫田と若い刑事が出てきた。

 「生きていたのかにゃ?」

 「なんとかな。俺は無傷だが、こいつは二発ぐらい撃たれている。まぁ、致命傷じゃないみたいだがな」

 「掠り傷ですよ」

 若い刑事は痛みを堪えながら言う。

 「血が出る傷は掠り傷とは呼ばねぇよ」

 クロはすぐに救急車の手配もした。

 「まぁ、こいつはすぐには死なないだろうから、ここに残すとして、すぐにバスを負うぞ」

 「だ、大丈夫かにゃ?」

 「うるせぇ。猫にばかり良い格好はさせねぇよ。おい、誰か拳銃を寄越せ。丸腰じゃ、自動小銃とやりあえねぇよ」

 怒鳴る迫田を車に乗せて、クロ達はバスを追った。

 迫田にクロが拳銃を渡す。

 「迫田さん、9ミリ自動拳銃は使えるんですか?」

 「けっ、リボルバーが撃てるんだ。大丈夫だよ」

 迫田は荒れている。余程、撃たれた事が腹に立ったようだ。

 「それにしても運が良かったにゃ。普通、車があんだけ蜂の巣になったら、中に乗っている奴も死んでいるにゃ」

 タマが言うように防弾処理されていない現代の車は軽量化の為に色々な部分が薄くなっている。無論、衝突事故などにはしっかりと乗員を守るように出来てはいるが、銃撃など想定外だ。銃弾はまるで紙を貫くように車を貫通していく。

 「うるせぇ!とにかく、あの野郎、とっ捕まえて、ひぃひぃ言わせてやらんと、俺の気が納まらない。早く走らせろ」

 「バスがどこを走っているかわかりません」

 運転を担当するポチがカーナビで目的を探りながら走らせているが、バスが何処へ向かっているかもわからない為にどうしようも出来なかった」

 「港だ。多分、港だと思う。海上保安庁にも協力してもらって、東京湾を封鎖しろ。奴等、海から出るつもりだ」

 迫田はカーナビの地図を見て、ニヤリとした。それは至極当然の答えだった。旧都から飛行機の離陸が出来る場所は無い。そうなれば、神奈川や千葉に出るしかないわけだが、旧都を通る理由は無い。そうなれば、答えは一つ、港だった。


 バスはとにかく速度を上げて、無人の街を駆け抜けて、港へと出た。埠頭にも使われなくなった多くの船の残骸が浮いているが、その中に真新しい貨物船があった。バスはその横に到着する。

 「お前等、出ろ」

 添乗員と運転手が乗客達を降ろす。銃を向けられていては誰も抵抗などは出来ない。

 「この船に乗る。お前等は俺等が無事に外国に到着したら、解放してやる。それまでは大人しくしていろよ」

 貨物船からタラップが降ろされ、乗組員がやってきた。フードの男は彼等に話をする。それはどこか異国の言葉だった。

 「よし、問題ない。全員を乗せろ」

 人質も乗せ終り、タラップを上げた貨物船は出港の準備を終える。

 フードの男は艦橋にやってきた。船長は彼の為に艦長席を空ける。

 「甲板には見張りをしっかりと立たせろ。敵の特殊部隊に乗り込まれたら困るからな」

 「わかっています。こちらも兵役上がりが多いですから」

 「ふん、兵士と特殊部隊じゃ、雲泥の差だ。とにかく、ヘリでも何でも見たら、撃って、近付けさせるな。とにかく、逃げて逃げて逃げまくるしかない」

 汽笛が鳴り、貨物船はゆっくりと動き出した。そこにクロ達の車が到着した。

 「くそっ!間に合わなかった。あの船を何とかしろ!」

 迫田が怒鳴る。

 「無駄ですよ。拳銃弾で撃ったって意味などありません」

 「くそっ、海上保安庁に任せろってか?」

 「撃つにゃ!あの野郎め!」

 タマが短機関銃を構えて撃つ。

 弾丸は貨物船の構造物に当たるが、当然ながら貫通することは無かった。だが、その銃声は甲板の見張りに聞こえる。

 「け、警察だ!」

 ヤンの部下達は自動小銃を持って、欄干から見下ろす。そこには短機関銃を撃つタマの姿があった。

 「ぶっころせ!」

 貨物船から銃撃が始まる。

 「あっ!タマ、馬鹿猫がっ!反撃しろ!」

 クロ達も撃ち始める。貨物船と埠頭の間で激しい銃撃が始まった。当然ながら、有利なのは自動小銃を使い、鋼鉄の遮蔽物のある貨物船側だった。CATのバン車は穴だらけにされ、クロ達にも銃弾が降り注ぐ。10分に及ぶ戦闘ではタマ達に負傷者は出なかった。むしろ有利なはずの貨物船側に3人の負傷者を出した。

 「こちらの動きが察知されましたね。これからは警察ではなく、海上保安庁を牽制しないといけない。長い戦いになりそうです」

 船長は不安そうに言う。フードの男は苛立った感じに答えた。

 「その分の報酬は払う。しっかりやってくれ」

 「わかりました」

 あまりにも無謀な賭けだった。とにかく人質を使って、突破する。それしか無いと船長は思っていた。

 埠頭に残されたクロ達は遠ざかる貨物船に苛立つ。

 「どうにもならなかったにゃ!車も壊されたし!」

 タマが憤慨していた。だが、彼女達に海を渡す術など無かった。

 貨物船は東京湾から抜ける為に全速力で進んでいた。空には海上保安庁のヘリが飛来する。だが、それはあくまでも監視が目的のようだ。高度を高く維持して、貨物船の様子を窺っているようだ。

 「多分、今頃は湾を封鎖するように巡視船が待っているでしょうね」

 船長はそれを見ながら言う。

 「人質を見せて、強引に突破しろ。この船の大きさなら、多少の衝突でも沈まないだろ?」

 フードの男はそう言う。船長は嫌そうな顔をしながらも答える。

 「あぁ、まぁ、向こうもこっちに大量の人質が居るとすれば、沈むかも知れない衝突はしないだろう」

 船長は決して楽観的では無いが、この事態を何としてでも突破しようと考えていた。そして、巡視船の姿が次々と入ってきた。

 「こちら巡視船まいづる。貨物船ユーフラテスに告ぐ。停船せよ。繰り返す。停船せよ。停船しない場合は実力行使する」

 「実力行使だと?無線を繋げ!」

 船長が怒鳴ると通信士が無線の周波数を合わせる。そして、船長がマイクを持った。

 「こちら貨物船ユーフラテスだ。本船はテロリストに乗っ取られて、人質が大量に居る。下手なことをしたら、ぶっ殺される。大人しく外国に逃がしてくれれば、向こうで解放してくれるそうだ。頼むから、何もしないでくれ」

 船長は懇願するように言う。無論、それは演技だ。

 「巡視船まいづるの船長、丸山だ。犯人に代わって欲しい」

 巡視船からの訴えで船長はフードの男にマイクを渡す。

 「よう、聞こえるか?」

 「私は巡視船船長の丸山だ。聞こえるぞ。どうぞ」

 「そうかい。俺が言いたいことは一つだ。こっちの人質は21人居る。下手なことをすれば、即座に殺してやる。良いか?下手なことをするな。本当に殺すぞ」

 「・・・わかった。手出しはしない。だが、頼むから、女性や子どもは解放してくれ」

 「嫌だ。とにかく、俺の前から消えろ。ヘリも五月蝿いから、何処かへやれ。いいな。今すぐだ。邪魔臭いからよぉ」

 男はそう怒鳴った後、拳銃を抜いて、天井に向けて発砲した。

 巡視船は貨物船を包囲するように航行していたが、すぐに距離を離し始めた。上空を飛ぶヘリもすぐに姿を消す。

 「へへへ。効果覿面だな」

 フードの男は笑う。

 「勘弁してくださいよ。いつ、発砲されるかと思いましたよ」

 船長は肝を冷やしながら言う。

 「お前がビビってどうする?とにかく、これで誰にも邪魔はされない」

 フードの男の笑いだけが艦橋に響いた。


 甲板に自動小銃を持って、見張りに立つ男は懸命に周囲を見る。上からは敵の特殊部隊が強襲する可能性があると厳しく言われているからだ。

 「ヘリは何処かに去ったみたいだな?」

 いつ、攻撃を受けるかと不安だった男達もホッと胸を撫で下ろす。

 「とにかく、警戒は怠るな」

 貨物船の甲板には自動小銃を持ったヤンの部下や乗組員がウロウロしている。

 「にゃ・・・潜入成功にゃ」

 貨物船の欄干から甲板へと飛び込む影。

 音も無く影は甲板の上を移動する。だが、最後に上がってきた者だけは動きが鈍い。

 「迫田さん、やっぱり、無理だったんじゃ」

 クロは何とかロープをよじ登ってきた迫田に声を掛けた。

 「うるせぇ。ボートを見つけたのは俺だぜ?」

 「まぁ、足を引っ張らないでね」

 タマ達は埠頭で呆然としていたが、迫田が海上警察のボートがあるかも知れないと言い出して、すぐに探索したら、無傷のモーターボートが残されていた。それをかなり強引な方法で拝借して、貨物船に追いついたわけだ。

 甲板に上がった彼女達はすぐに人質の安全を確保するために静かに甲板上を移動する。だが、甲板上に人質の姿は無い。その為、彼女達は船内に入る事にする。人二人がやっとすれ違える程度の狭い通路をナナが先頭になって、進む。

 貨物船の中は思ったよりも人の動きは少ない。最低限の乗組員で船を動かしているためだろう。船内を確認しながら彼女達は貨物室を発見した。そこには23人の人質と彼等を監視する男が5人。手には自動小銃を持っている。

 クロは状況を確認して、考える。

 「相手は5人だが、こいつらを潰しておかないと、何処かで騒ぎを起しても、すぐに人質を盾にされる。ここで人質の安全を確保する。ナナとミケコは前の方の二人、タマとポチは後ろの二人。私は真ん中の一人をやる。スタングレネードで相手の動きを封じてから、始末する。人質確保を優先するから、あいつらは・・・殺せ」

 「ちょっと待て、俺は?」

 迫田が名前を呼ばれていない事に気付く。

 「あぁ。ここで他に敵が来ないように見張っていてください」

 クロはそう言い残して、作戦が開始された。

 人質は一箇所に集められている。その周囲に銃を持った男達が居るが、彼等は余程、退屈なのか、欠伸ばかりをしている。緊張感は無かった。クロ達は貨物室にある荷物の影に隠れながら近付く。

 ナナがスタングレネードを用意した。安全ピンを外し、少し待ってから、投げる。

 激しい閃光と轟音が男達を襲う。少し薄暗い場所だっただけに効果は高かった。クロ達は冷静に狙いを済ませ、男達を射殺した。

 「人質はこれで全員ですか?」

 クロに尋ねられて、人質の一人がコクコクと頷く。

 「人質を確保した。このまま、船を制圧する。あ~・・・迫田さん、ミケコとここを確保して貰えますか。自動小銃を渡しますので」

 クロは男達が持っていた自動小銃を迫田に渡す。

 「ちっ、てめぇら、俺を戦力外だと思っているだろ?」

 迫田は自動小銃を受け取りながら毒づく。

 「いえいえ。でも、人質を奪われたら、それこそ、作戦が失敗するので、お願いします」

 「わかったよぉ。ヤンの野郎は殺さずに連れて来いよ」

 「了解にゃ!」

 クロの代わりにタマが元気良く答える。迫田はそれが一番不安だった。

 クロは部下を集める。

 「これより二手に分かれて、船内を掃討する。基本的に乗組員は殺せ。とても逮捕が出来る数や武装じゃない」

 全員がコクリと頷く。

 「タマとポチは甲板。私とナナは艦橋を制圧する」

 「艦橋の方に行きたいにゃ!」

 タマが抗議する。その頭をクロが叩く。

 「私の決定に文句を言うか?」

 「うぅ・・・ヘルメット越しでも痛いにゃ」

 「とにかく、この船を無力化する。良いな?」

 「はいにゃ!」

 彼女達は動き出す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る