第11話 錯綜する思惑
新東京都は南武セントラルビルでテロが起きてから、1ヶ月が経とうとしている。
テロのあった日から新東京都には戒厳令が敷かれた。幹線道路には検問所が設置され、新東京都に出入りする車輌や電車などの人、荷は全て、チェックされた。抜け道となる細かい道路などは無人監視装置や監視カメラの増設、パトロールの増強によって、徹底的に対応した。そして、この体制は隣接する周辺自治体も同様に行なわれた。鉄壁の構えで、犯罪者も不法入国者の移動の一切を見逃さない体制が作られた事になる。
すでに数十回に及ぶ捜査会議が行なわれた。CATが捜査の主導権を持っているが、すでに刑事部の捜査が主となっている為に、刑事部の部長が実質、会議を取り仕切っていた。
「やはり・・・容疑者はまだ、都内に潜伏している可能性が高いです。最近、支援したと思われる徳田という男も現在は所在不明となっています。現在、こちらも捜索中であります」
飯岡はピクリと考え込む。
「徳田は確か、道具屋ですね。消されたという可能性は?」
「それは・・・可能性はありますが、刑事部としては、むしろ、行動を一緒にしているのでは無いかと思っています」
「何のために?」
「新たなテロ計画の為にかと・・・。ヤン達はこの街に不慣れな上に動くこともままならない。そうなれば、この街に精通して、コネもある徳田を引き入れるのは当然かと」
「そうですか。だとすれば、奴等、ここから脱出するために、新たな事件を起す可能性が高いですね。ただ・・・脱出する為となると、人質を取る・・・か」
「あとは騒動を起して、警察がそちらに集中している間に隙間から逃げるかですね」
飯岡と刑事部部長のやり取りにその場に居合わせた警察幹部達の緊張感は高まる一方だった。
そんな事になっているとは知らず、タマはいつも通りに昼食を食べていた。
「今日は鯖缶にゃ。美味しいにゃ!」
鯖缶はかなり人気のあるメニューだ。タマは特に大好きで、缶詰の中まで舐め回すほどだ。
「タマ巡査部長・・・本当に食事が好きですね」
ポチは呆れたように食べるタマを見ている。他に楽しみの少ない生活なので、確かに食事が大好きだと言うヒューマアニマルは多いが、ほとんどがレトルトと缶詰というレーションみたいな食事で、ここまで喜べるタマは珍しい。
「ポチは美味しくないかにゃ?」
「いえ、まぁ、それなりに食べられますけど・・・」
元々猫用に作られている事もあり、ポチの舌には合わない事が多い。それと同時に自衛隊では、野戦用レーション以外は基本的に全てが手作りである事から、このような簡素な食事は味気ないのだ。
「御飯はしっかり食べないと力にならないにゃ。食べることは仕事だと思わないといけないにゃ!」
タマが言う事はもっともなので、ポチはとにかく口に食事を運んだ。
「今日は午後からパトロールにゃ。今日こそはヤンを発見したいにゃ。もう粗方を探したから、ここ数日中には見付かってもおかしくないにゃ」
「そうですね。何とか我々の手で捕まえたいですね」
「そうにゃ!捕まえるにゃ!さぁ、食べて行くにゃ!」
タマ達が意気揚々と食事を終えて、パトカーへ向かう頃。一台の観光バスが高速道路の検問所の列に並んでいた。中には日帰りパックツアーに参加している人々がわいわいと騒いでいた。
「みなさん、検問はあと30分ぐらいで通過が出来るそうですから、ご迷惑をおかけします」
添乗員の男がそう告げるが、すでに慣れている乗客達から不満は出なかった。
検問所では高速道路に上がろうとする車を全て止めている。警察官が乗員の顔をカメラで撮影して、本庁へと送信する。顔の画像から、指名手配犯だけではなく、日本人か外国人かの判断まで行なわれる。指名手配をされてなくても、外国人登録がされていない外国人だと思われる者はすぐに解かるという仕組みだ。
検問所の警察官達は限られた人員で必死に業務を行なう。それでも圧倒的に足りていない。警察官達が検問所に止められた車の間を縫うように動き回り、検閲を実施していた。
その頃、タマ達は午前の訓練を終り、シャワー室で汗を流していた。猫や犬の遺伝子と言っても、その体は人間そのものである。滑らかな肌をシャワーの水が流れ落ちる。
「むっ!」
タマは隣でシャワーを浴びるポチを見る。
「な・・・なんですか。そんなジロジロと見て」
ポチは恥ずかしそうにする。
「乳がデカいにゃ!」
タマは自分の絶壁とも呼べる胸とポチのたわわに実った胸を見比べて言う。
「そ、それは・・・」
ポチは返す言葉が見付からず困惑する。
「おかしいにゃ!クロもデカいし、ムサシ指揮官もデカいにゃ。私もそろそろ、成長の兆候があってもおかしくないはずなのにぃ!」
「こ、個体差はあると思いますよ?」
ポチは落ち込むタマを慰める。
「くそぉ・・・うちでこのぐらいの乳の奴は残っていないにゃ!皆、死んだにゃ。CATで小さいのは私だけにゃ!悔しいにゃ!」
「で、でも小さい方が防弾チョッキも装着し易いですし・・・」
「なんか・・・悔しいにゃ!」
タマがそう大声で怒鳴った時、館内スピーカーからサイレンが鳴る。これは非常呼集の合図だ。タマ達はすぐに服を着て、ミーティングルームに飛び込んだ。
ミーティングルームではすでにムサシが状況を説明していた。
「現在、都内の三箇所にて、銃乱射事件が起こっている。二件は犯人が逃走中。一件は付近の銀行にて、押し入った。現在、未確認ながら、人質を取っている模様」
一度に三箇所での凶悪事件。それが全てテロと断定は出来ない。だが、戒厳令下では機動隊なども投入されているために、警視庁には充分に対応する戦力が無い。
「現在、南武セントラルビルテロとの関係性は不明だが、刑事部、警備部と共に人員を割かれている状態の為、同時に三箇所は対応が出来ない。そこで、我々は分散して、各事件に対応する」
第1分隊は篭城中の事件、残りの分隊は逃走中の乱射事件を対応する事になった。今回、現場が三箇所に分かれたことで、情報統括課は現場に行かずに、本庁にて対応する事になった為に、現場指揮は作戦課の分隊長に委ねられた。
クロの指揮にて、第1分隊は都内にある二二二銀行新東京支店へと向かった。そこは左程、大きな銀行では無かった。銀行の周辺には新しい血溜まりなどがある。犯人はこの銀行の前で乱射事件を起して、駆け付けた警察官と銃撃戦を行った後、銀行に押し入り、中の人々を人質に立て籠もったようだ。
クロは現場を支配していた警察官に状況を確認した。
すでに死者5人。重軽傷者が31人。現状と証言から、犯人の数は3人。手にしているのは自動小銃らしい。銀行内に残された人々の数は不明。
「とりあえず、中の状況を確認する。探索機器を設置せよ」
クロの指示で突入班全員が建物を各所に探査機器を設置する。これは通信装置にて、本庁のネットワークへと繋ぎ、そこで分析される。
タマ達は銀行内の監視カメラの映像を警備会社から提供を受けて、全員が見ていた。
「ガキにゃ」
タマが開口一番、そう呟いた通り、映像に映っているのは、まだ、15歳前後の子どもだった。彼等は手にカラシニコフ系の自動小銃を携えて、人質達を脅している。
「こんな、ガキ、チャッチャと突入して、叩きのめすにゃ」
「馬鹿猫がぁ。我々も万全の状態じゃないんだ。万が一、人質が殺されたらどうする?」
クロに言われてタマは憤然とした顔で黙る。
「それより、交渉担当者が中と交渉をしたがっている。何とかチャンネルを作るぞ」
クロ達は篭城事件の対応を指揮した。
その頃、新東京都と旧東京都の狭間にある検問では、相変わらず、検閲作業が行なわれていたが、都内で起きた事件で慌しくなっていた。そのせいで滞る検閲作業に待っている車からクラクションが鳴らされ始めた。警察官達は慌てて、作業に戻るが、それでも事件に対応するために一部が検問所から離れることになる。
観光バスの中では車内テレビが流れる。そこでは都内で起きたテロ事件について、特番が流れていた。乗客の中には怯える者も居る。中には降ろして欲しいと言い出して、何人かはバスを降りた。添乗員は危険だからと止めたが、家族のことが心配だと言って、彼等はそのまま、検問の警察官の所へ向かった。
「予定通りですね」
観光バスの最後部の席で一人の男が隣の席のフードを目深に被った男にそう告げる。
「あぁ・・・ガキは簡単で良いよな。ちょっと、吹き込んだら、すぐに真に受けやがる。楽なもんだ」
検問所は慌しくなる。だが、それでもいつまでも車列を止めているわけにはいかず、数少ない警察官で対応する事になった。本来なら、バスなどの乗客も一人一人、確認する作業があったが、添乗員から乗客名簿を受け取り、運転手と添乗員の身元を確かめたら、通過の許可が出された。
バスが検問所を通過した。フードを被った男達は微かに笑う
「あとは・・・旧都を抜けて、港まで行けば終りだ」
観光バスはゆっくりと高速道路を走って行った。
タマ達は銀行への突入準備を始めていた。
「まぁ、ファイバースコープで見て解かるように、相手は素人だ。出来れば、一人も殺さずに確保したい。それを留意して始めるぞ」
クロの指示でタマ達は動き始める。
ナナを先頭に銀行の裏手に回る。裏手には職員が使う裏口がある。当然ながら、そこも頑丈な扉となっているが、本店から手に入れた鍵にて、扉を開く。中のセキュリティも警備会社から遠隔操作で解除されているために、中の犯人に気付かれる事なく、彼女達は侵入する事に成功した。それから、呆気ないほど簡単に、彼女達は犯人と人質が居るフロアの裏まで迫った。
ナナが短機関銃を構えたまま、手鏡を使って、様子を窺う。
「あいつら馬鹿みたいに集まっています。一撃で仕留められると思いますが?」
小声でナナがクロに尋ねる。
「スタングレネードで麻痺させて、全員で突入。ボコボコにして、確保だ」
全員がコクリと頷く。
ナナがスタングレネードの安全ピンを抜いて、1・2・3と数えてから投げ込んだ。それは犯人達の頭上で破裂する。激しい閃光と破裂音は彼らの目と耳を一瞬にして麻痺させる。
ナナが駆け出す。そして、一人目の少年の腹を蹴り上げる。タマ、ポチなども次々と犯人達を取り押さえる。それは一瞬の出来事だった。犯人達は抵抗する間も無く、全員が逮捕される。
「しかし、こんなガキがどうやって、こんな自動小銃を手に入れたのだろう?」
クロは不思議そうに彼等が持っていた自動小銃を見た。確かに治安が悪化して、拳銃なども多く密輸されていると言われるが、さすがに自動小銃までとなると、簡単に手に入るわけが無かった。
「まぁ、本人達に吐かせれば、解かるでしょ」
ナナが縛り上げた犯人達を連れて、外に待たせた護送車に押し込む。
「さぁて、他のチームの応援に行くぞ」
クロが全員にそう言った時に、無線連絡が入る。
「おい、馬鹿猫。聞こえるか?俺は刑事一課の迫田だ。こっちに来れる奴はすぐに来い。ヤンの奴が東京から脱出したかも知れない」
その言葉にタマが反応する。
「にゃ!にゃんと!」
耳をピーンと立てて、無線通信に聞き入る。
「ヤンに近い奴が観光バスを手配したのを嗅ぎ付けたが、既にバスは検問を突破した後だった。俺らはバスを追うが追いついても、手が出ない。バスは旧都を進んでいるようで警察の配備も間に合わない。すぐに来てくれ」
クロは悩む。迫田の応援要請はまだ、可能性でしか無い。現在、銃乱射テロの容疑者が二件も逃げている状況だと、そちらへの加勢を優先した方が良いわけだが。
「すぐにヤンを倒しに行くにゃ!」
タマはやる気満々だった。
「まずは本庁にお伺いだ」
クロはすぐに本庁でCATの指揮を執る飯島に連絡を取った。
「話はすでに聞いている。まだ、裏の取りきれていない話らしいが、このままヤンを逃すわけにはいかない。第1分隊はすぐに迫田の応援に向かえ。こちらへの連絡を密にしろ。状況がわからない。早急な判断をするな」
飯島の指示を受けて、クロ達はすぐに迫田達が知らせてきた地点へと向かって、車を走らせた。
迫田達は覆面パトカーにて、距離を開けながら、観光バスを追跡した。旧都は戦争の被害を受けて、誰も住まない場所となった。無論、その原因は放射能である。除去する為のプロジェクトは動き始めているが、広大な範囲であるために、除去が成功するのは20年後と言われている。その為に、普通の人間はここに住んだりはしないとされる。
「ちっ、廃都か」
迫田はいつ崩壊してもおかしくない骨組みが露出したビルなどを見ながら、そう呟く。かつての首都は誰からも見捨てられた都市として、廃都と揶揄される。
「迫田さん、どうしますか。このまま廃都を進まれると、危険ですよ?」
「中に乗っている奴はどういうつもりなんだ?」
迫田の疑念はそのまま観光バスの中で起きていた。
観光バスの乗客達は旧都が近付くことに気付き、パニック状態になっていた。彼等は横浜への日帰り旅行のパックツアーに参加している一般市民ばかりだからだ。
「ど、どうなっているんだ?」
騒ぎが大きくなり、一人の男性乗客が運転手や添乗員に食って掛かろうと席から立ち上がり、通路を歩いてきた。
「すいませんねぇ・・・少し、目的地が変わります」
添乗員の男は笑いながら言う。
「少しだと?あっちは旧都じゃないか?放射能の問題がまだ、ある場所だぞ?何を考えていやがる?」
「放射能って・・・すでに安全な値まで下がってますよ」
「うるせぇ。健康被害って言葉知っているか?」
男が添乗員に迫った時、一発の銃声が車内に響き渡った。
「はぁ・・・確かに危険ですよね」
通路に倒れた男を見下ろしながら、拳銃を手にした添乗員は笑う。
「皆さん、これからあなた方は人質となります。大人しくしていただければ、命は保障します。それと、携帯電話などで外と連絡を取ろうとしても、バスの中は電波を阻害する処置が施されているので使えませんので」
添乗員は銃口を客に向けて、冷静に説明した。乗客達は悲鳴を上げるが、それまでだった。拳銃を前にしたら、全員が怯えてしまった。
バスは彼等を乗せたまま、廃棄された都市へと入っていく。確かに放射線を検知するガイガーカウンターは反応するが、それはレベル的には大したことの無いレベルだった。未だに旧都への市民の立入が禁止されているのは別の理由でしかなかった。
迫田達もガイガーカウンターの数値を気にしながらバスを追う。
「立入禁止区域か。やはり・・・あれは本星だな」
迫田は目星を付けた観光バスが当たりだと確信した。
「止めますか?」
「馬鹿言え、丸腰の俺等がどうやって、あいつ等を捕まえる?」
「ですよねぇ。本庁から応援を呼んでいますが、乱射事件のせいで、こちらに回せる人員が無いらしいですし・・・」
「ちっ、立入禁止区域だから、逆に警察が手薄だって、理解した上で通ってやがる」
バスは廃墟の中をゆっくりと進む。
荒れたアスファルトでガタガタとバスが揺れる中、乗客達は不安そうだった。拳銃を構える添乗員はただ、乗客が反乱を起こさないように見張っている。
最後部に座るフードを目深に被った男は手元の板状端末機を弄る。そこには地図が表示されている。
「良い感じだ。このまま無事に終って欲しいな」
「そうですね。船にさえ乗り込めれば、こちらの勝ちですからね」
無事に計画は進んでいると思われていた。だが、運転手はバックカメラのモニターをチラチラ見る。
「よう、さっきから車が一台、追跡してやがる」
「立入禁止区域でか?」
運転手の言葉に添乗員が驚く。わざわざ、放射能がどうなっているかわからない旧都に入ろうなんて考える奴はほぼ、居ない。それは確実にこのバスを追跡していると考えるべきだからだ。
「数は?」
「一台だ」
「・・・まずいな。目的地までバレたら、海上封鎖される可能性もある」
添乗員の男は考えた。そして、最後部に座る男を見た。男もその様子に気付いたらしく。やれやれと言った感じに彼とその両隣に座っていた男達が立ち上がる。
「全員、動くな。俺等は難民解放を訴える者だ」
彼等は手荷物から自動小銃を取り出して、乗客を威嚇する。乗客たちはただ、怯えるしかなかった。
彼等はバスの前まで行くと、バックカメラモニターを覗き込む。
「警察・・・だな」
フードを目深に被った男は一目でその車が警察車輌だと判断した。
「どうしますか?」
「潰して、逃げ切る。それだけだ」
バスが突然、停車した。迫田達も慌てて急ブレーキを踏む。
「奴等、何のつもりだ?」
バスの扉が開き、一人の男が現れた。その手には自動小銃が握られている。
「やばい!」
迫田がそう叫んだ瞬間、男は自動小銃をフルオートで撃つ。ライフル弾が覆面パトカーを穴だらけにする。普通の覆面パトカーは防弾処理などされていない。ガラスは軽々と粉々に砕け散り、樹脂製の外装やアルミの骨格は銃弾を止めることは出来なかった。一通り、撃ち終わると着弾したバッテリーが発火したのか、パトカーから白い煙が噴出した。それを見た男は笑いながらバスに戻り、バスは走り出した。
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