第10話 包囲網

 CATではタマとポチが訓練終りの昼食を取っていた。

 「ごはんが美味しいにゃ!」

 美味しそうに食べるタマの横でポチも無言で食べている。

 「タマ巡査部長、ヤンの奴はどうしているんでしょうね?」

 ポチが心配そうに尋ねる。

 「それは刑事が調べているにゃ。うちの調査班も狩り出されているみたいだから、今頃、都内は蜂の巣を突付いたような状態にゃ。どこに身を潜めて居ても、見付かるにゃ」

 「そんなもんですかねぇ」

 「警察を甘くみたらダメにゃ。目星が付けば、早いにゃ」

 「そんなもんですか」

 「それよりも、こっちは、いつ、荒事に呼ばれても良い様に、準備をしっかりしとく。それが大事にゃ。この間の手入れの時もそうだし、多分、迫田のおっさんは都合よく、使ってくるはずにゃ」

 「はい」


 警視庁で南武セントラルビル事件への緊張が高まる中、ヤンはいよいよ、切羽詰っていた。

 「ヤンさん・・・どうしますか?いっそ、強行突破して、別の街に潜むとか」

 部下の一人が青い顔で言う。

 「馬鹿か。一度、捕捉されたら、何処かに逃げ切るなんて難しいぞ」

 ヤンは苛立ったように答える。

 「しかし、美和達が逮捕されちまったら、もう、こっちの情報は全て、警察に捉まれたと思います。いつ、ここに警察がやって来るか」

 部下達の不安も最高潮に高まっている。

 「わかっているよ・・・」

 ヤンは少し疲れたように答える。それから、少し考えた。

 「もう一度、騒動を起すか。それで警察の包囲網に穴を開けて、そこから抜け出す」

 ヤンの言葉に部下達もザワつく。

 「し、しかし、ヤンさん、爆薬はもう無いですよ。調達もこの調子じゃ・・・」

 「銃だけで充分だ。人質を取って、何とか、国外脱出をする」

 「そんなベタな方法で・・・大丈夫なんですか?」

 部下が不安そうに尋ねる。ヤンはニヤリと笑った。

 「安心しろ・・・少し捻りを入れれば、何とかなる」

 ヤンが新たな動きを起こそうとしている頃、迫田は道具屋の行方を追っていた。

 ヤンに関しては捕まえた部下から得た情報を元に多くの警察官が動員され、ローラー作戦で捜索が行なわれている。迫田はその間に武器や爆弾の調達の流れを追う事にしていた。

 「徳田の野郎は完全に隠れたようだな」

 徳田は火薬の調達を行った道具屋だ。すでに彼の部下を何人が捕まえた。

 徳田はヤンの部下が逮捕された日に慌てて、逃げ出したと言う。元々、あれだけのテロを起す事は徳田も知らなかったらしい。南部デパートが爆破された時から、いつでも逃げられるように準備をしていたそうだ。

 「だが、面が割れているから、この街から逃げ出す事は簡単には出来ない。必ず、捕まえてやる」

 迫田は意気込みを強くした。

 その徳田はスラム街を転々とする生活を送っていた。資産は可能な限り、海外の銀行に送金を終えている。あとはこの街から逃げ出して、海外へ逃亡すれば、終りだった。

 築50年の木造アパートの一室は壁にカビが生えているような有様だ。それでも隠れるには都合の良い場所にあった。徳田はベレッタ社M92F自動拳銃を手にして、左手で携帯電話を使って、色々とやり取りをしていた。

 「そうだ。警察は俺を捕まえる気だ。ヤンの野郎が馬鹿やったおかげで、この様だ。今度あったら、殺してやる」

 そう言って、彼は携帯電話の通話を切った。

 「ヤンの野郎。あんな大事にしやがって・・・。テロなんて、テキトーに事を起して、金儲けすりゃ良いんだ。てめぇだけ稼ごうなんてしやがって」

 彼の怒りは収まらない。何とか、海外へと逃げ延びたいが彼自身は顔も警察当局に抑えられているので、ヤン以上に身動きが出来なかった。

 「とにかく・・・何とかして、この街から出ないとな。幾ら警察が包囲網を敷いているとは言え、どこかに穴はあるはずだ」

 徳田が街の地図を見ながら考えていると、突然、扉が吹き飛んだ。その音にビックリして、徳田が目を見開いていると数人の男が銃口を徳田に向けて、室内に入ってきた。徳田は何も出来ないまま、彼等に拘束される。

 「ヤンさん、大丈夫です」

 最後に入って来たのは、ヤンだ。

 「よう、徳田。お前さんも警察に狙われているそうじゃないか?」

 「全部、てめぇらのせいだろう!どうしてくれる?」

 「ははは。気にするな」

 「ふざけるなよ?」

 「なぁ・・・それより、この街を一緒に出ようじゃないか?」

 ヤンは笑いながら徳田に話を持ち掛けた。徳田は怒りを露わにしている。

 「てめぇ・・・何をするつもりだ?」

 「ああん?逃げる為に騒動を起すのさ。新東京都中に騒動を撒き散らせば、警察もその対応に戦力を割かれる。その間にこの街から逃げ出そうと言うわけだ」

 ヤンは笑いながら答える。

 「それで・・・俺に何のようだ?」

 「あぁ、調達したい物があってな」

 「俺はお前等のお陰で失業だよ。もう道具屋じゃなぇぞ?」

 徳田はヤンに吐き捨てるように言った。

 「だが・・・コネはあるだろ?簡単な仕事だ。お前さんは必要な物を集めてくれれば、俺らと一緒にこの街をおサラバさせてやる」

 ヤンの言葉に徳田はチッと舌打ちをするも、仕方なしにそれを了承した。

 その頃、迫田は相棒の若い刑事と共にスラム街の聞き込みをしていた。

 「迫田さん、猫を使うのが上手いッスね」

 「あぁ・・・猫は昔、実家で飼っていたからな」

 「今は?」

 「馬鹿やろう。刑事なんて、いつ家に帰れるかわからない仕事で、動物が飼えるか」

 「そう言えば、結婚して無いですもんね」

 「ふん。結婚なんて、どうでも良いよ」

 迫田は少し暗い顔をする。若い刑事は聞いちゃいけない事を聞いたかと、跋の悪そうな顔をして、話題を変える。

 「徳田はどこでしょうね?」

 「転々としているようで、なかなか掴めん。多分、スラム街の中を動いているはずだから、ローラー作戦で炙り出せるとは思うが」

 「まさかと思いますけど、ヤンに消されているとか?」

 「ヤンか・・・ヤンと接触した事があるとすれば、情報が漏れる心配があるからな。消されていてもおかしくはないなぁ」

 「しかし、ヤンって男はどんな奴なんでしょうね?」

 若い刑事の言葉に迫田は考え込む。

 「元特殊部隊だと言う推測しかないからな。本当に何者だろうな」

 「実はヤンなんて奴は居ないなんてオチは無いですよね」

 「ははは。それだったら、面白いな」

 迫田は笑いながら、スラム街の奥へと歩いていく。


 事態が進む中、タマ達はパトロールにも借り出されていた。

 一般警察官や機動隊が新東京都の警戒態勢に配備されている為、人員不足になっているからだが、CATのパトカーには普段なら搭載しない短機関銃が搭載されている。テロが発生すれば、即座に対応するためだ。

 「タマ巡査部長、ヤンは今頃、どうしているでしょうか?」

 ポチの言葉にタマは猫耳をピクピク動かしてから、考えるように答える。

 「そうにゃ・・・。迫田のおっさんが頑張っているし、必ず、捕まえてやるにゃ・・・いや・・・殺された仲間の恨みを晴らしてやるにゃ」

 タマは声を抑えて言う。

 「タマ巡査部長・・・」

 ポチは何かを言おうとしたが、黙った。


 パトカーはスラム街へと到着する。現在、多くの警察官が投入され、片っ端から捜索が行なわれているために、ここにも警察官の姿がチラホラしている。

 「CATのタマ巡査部長にゃ」

 「機動隊第1中隊のエレナ巡査部長です」

 タマ達はスラム街捜索中の機動隊と合流して、スラム街のパトロールを行なう。普段なら、警察官にすら、威嚇をするような荒くれ者達も皆、怯えた犬のように片隅で警察官の動きを見詰めているだけだ。

 「やはり、ヤンや奴の仲間は見付からないみたいですね。捕まえた奴から特徴はある程度、仕入れたのに・・・」

 逮捕した奴から得られた情報でヤンが潜むとされる場所は全て、捜索されたが、何一つ、有力な情報は得られなかった。

 タマ達もパトロールをしたが、何も発見には至らなかった。彼女達がパトカーに戻ろうとした時、二人の男がブラリと現れた。

 「よう、猫共、元気にしていたか?」

 それは迫田だった。

 「迫田のおっさんにゃ」

 タマは笑顔で挨拶をする。

 「どうだ。ヤンは見付かったか?」

 「ダメにゃ。どこにも無いにゃ」

 「だろうな。見付かっていたら、今頃、連絡が飛び交っているはずだからな」

 迫田はそう言いながら、スラム街を見る。

 「今、うちの奴等が捜査をしている・・・奴等はまだ、この街に居る。そして、蠢いている。逃げ出すために何かを仕掛けてくると読んでいる。だから、何かあった時は、お前等、頼むぞ」

 迫田はタマの頭をガシッと掴み、グシャグシャと手荒く撫でる。

 「やめるにゃ!耳は敏感だから触るにゃ!」

 タマはいかにも嫌だと言わんばかりに頭を両手で押さえる。

 「ははは。それじゃな。俺も忙しいからよ」

 迫田はそう言って、去って行く。

 「あのおっさん、なんなのにゃ!」

 「でも、刑事部の方で捜査が進んでいるってのも面白いですね。テロ関係は全てCATかと」

 ポチは不思議そうに言った。

 「普通はそうにゃ。でも、数が圧倒的に足りないにゃいから、刑事部が動くのが一番にゃ。今回の事件はそれぐらい大きいにゃ」

 二匹がそんな会話をしている頃、二人の刑事はゆっくりとスラム街から出た。

 「警部。猫には本当に甘いですね」

 「ふん。どっちにしても奴等とまともにやり合おうとしたら、あいつらの力が無ければ出来ないからな。俺らじゃ、自動小銃を相手にどうしようも無いからな」

 「ですね。その為のヒューマアニマルですし」

 若い刑事がそう言うと、迫田は首を横に振る。

 「お前は解かっていないな。ヒューマアニマルを人間の盾ぐらいにしか考えいないだろう?」

 迫田の言葉に若い刑事は不思議そうな顔をする。

 「違うんですか?」

 「当たり前だ。奴等も人工的に生まれたとは言え、同じ命だ。粗末にするな。それに奴等は猫の性質も持っている。俺らよりも身体能力は高いよ。本気で戦ったら、人間は互角に戦えない。これまで、現場を何度も見てきて解かっているだろ?」

 ヒューマアニマルの身体能力の高さ。それは誰もが知っていた。素手で殴り合えば、確実にヒューマアニマルの方が強い。それが、アンドロイドよりも性能が上だとされる理由の一つでもあった。


 ヤンは慌てている。もう、何度、アジトを変えたか忘れたぐらいに移動した。だが、それも警察によって、範囲を狭められている。見付かるのも時間の問題だろう。

 そこに徳田が姿を現す。

 「よう、それで・・・準備は?」

 ヤンは徳田に尋ねると彼はコクリと頷く。

 「準備は終った。かなり大変だったが、金を積んで、超特急でやらせた。あとは当日を待つだけだが・・・本当にやれるんだよな?」

 徳田は少し心配そうにヤンに尋ねる。

 「安心しろ。上手く行けば、安全に俺らは街から出て、港に行けるはずだ。最悪のケースも考えてはある。とにかく、もう時間が無い。これに賭けるしか無いのさ」

 ヤンは自信満々に答える。それに徳田も含めて、彼の残った数少ない部下達も満足そうにしていた。

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