第8話 追跡
南武セントラルビルテロ事件から3週間が経った。
彼方此方の省庁から人材を借り受ける形で、再生したCATは通常業務が行なえるまでになっていた。
タマは久しぶりのパトロール任務にポチと向かう事になった。
現在、新東京都全域に戒厳令を敷いている。そのせいで、街の中には活気が無い。スラム街にも人気は無かった。
ポチにパトカーを運転させて、パトロールをする。
「ポチはこうやって、街を間近で見るのは初めてかにゃ?」
ポチは興味津々で街を見ている。
「は、はい。戦地にて、人の住む町は幾つか見ていますが、これほど大きな街はありませんでした」
「ここが我々の職場にゃ。警察はこの街を守るためにあるにゃ」
「はい」
パトカーはゆっくりとスラム街へと入っていく。そこは薄暗く、汚い感じの街だった。
「街に人影すら無いにゃ」
タマは街中を隈なく見渡す。
「いつも・・・こんな感じですか?」
「戒厳令が出ているからにゃ。いつもなら、ホームレスや酔っ払い、ゴロツキがウロウロしているにゃ。止めろにゃ」
タマの指示でポチはパトカーを停車させた。タマはホルスターの拳銃に手を掛けたまま、車外に出る。
「タマ巡査部長・・・大丈夫なのですか?」
「窓とかをしっかり見張るにゃ。少しでも何か動いたら、警戒するにゃ。どこから狙われてもおかしくない」
タマのトーンの低い声にポチは緊張感を高めた。
二匹はブラリと何気なく歩いているように見えて、互いの距離をしっかりと取り、敵の一撃で両方が倒れないように警戒している。
タマはスラム街の中にあるコンビニだった場所を目指した。そこは元々、ちゃんとしたコンビニだったが、強盗が相次ぎ、終いには商品配送トラックが襲撃を受けたことで店を畳んだ。現在はオーナーが代わり、この街を仕切る勢力の為だけに開く店となっている。普通のコンビニと違って、非合法な商品も多数、並べられているのが特徴だ。
「グェンの店にゃ」
「グェン?日本人じゃないのですか?」
「違うにゃ」
「じゃあ・・・不法難民?」
ポチの問いにタマは静かに顔を横に振る。
「違うにゃ。かなり昔に来日した爺さんらしくて、ちゃんと永住権を有しているにゃ」
「じゃあ、何で、こんな非合法な店を?」
「外国人がこの時代を行き抜くための技なのにゃ」
タマは自動ドアを開けた。ピンポーンという音が鳴り響く。
「いらっしゃいませ!」
レジカウンターに居たのは可愛らしい感じの女の子だった。それにポチは驚く。この街の治安の悪さは知っている。こんな可愛らしい女の子がレジだったら、強盗に入ってくれと言っているようなもんだ。
「グェンは居るかにゃ?」
タマは慣れた感じに声を掛ける。
「社長は、外に出ておりますので、またのお越しを」
タマは警察手帳を見せる。
「タマにゃ。忘れたとは言わせないにゃ。グェンはどこにゃ?」
女の子は困惑した表情を浮かべている。
「あの・・・本当に外出しているのです」
「本当かにゃ?隠し立てしていると・・・片っ端からしょっ引いても構わないのにゃ?どうにゃ。早く答えるにゃ」
女の子は泣きそうな顔をするだけだった。
「本当みたいにゃ。また寄るって、グェンには言っておくにゃ。テロリストの情報を用意しておくにゃ」
タマはそう言い残して、店を出る。
「タマ巡査部長、今のは一体?」
ポチは今のやりとりについて尋ねた。
「グェンはこの街の要人であり・・・情報屋にゃ」
「情報屋?」
「あぁ、グェンは警察からの手入れを免れるために取引をしているにゃ。この街に関係ない犯罪者やテロリストの情報を警察に売っているにゃ」
「はぁ、なるほど」
ポチはイマイチ、納得していない顔だった。
「まぁ・・・円滑に捜査をするためには蛇の道も蛇って言葉通りにゃ」
タマ達がグェンの店から出て行く頃、スラム街にある居酒屋ではグェンが座敷に居た。彼の前には一人のアジア系男性。
「グェンさん・・・何とか、こいつの捌けるルートは無いかねぇ」
男はグェンと呼ばれる老人に袋から出した宝石を見せる。
「なるほど・・・こいつは凄いな。しかし、一発で盗品だと解かる」
「そうなんだ。懇意にしていた宝石商も全ては捌けない。とか言い出してね。困っているんだ。幾ら、宝石に価値があっても、所詮はただの石ころだからな」
グェンは目の前に座る男の顔色を窺いながら、話を静かに聞いている。
「それで、あんたに捌いて欲しいんだ。無論・・・手数料は払う」
「手数料?」
「あぁ、販売価格の1割でどうだ?」
「全部でどれだけあるんだ?」
「こいつの10倍はある」
目の前にある宝石の10倍。正規に捌けば30億以上はあるだろう。
「裏で捌けば、価値はガタ落ちだぞ?」
「あぁ、解かっている。本当は南米に飛んでから捌くつもりだったが、港から海外に逃亡するつもりだったが、街から出る事が出来なくなっちまってな」
「それで・・・ここで金にするつもりか?」
「あぁ、真っ当な金にして、それを元手にこの街から出る計画を実行するつもりだ」
「へぇ・・・こんだけ、厳しい包囲網を突破する事が出来るのかね?」
「あぁ、警察ごときに・・・何とでもなる」
男は何か、方法があるのか、余裕の顔をしている。グェンはその様子を見て、顔には出さないが、また、何かが起きる気がした。
その日は、グェンは特に答えを出さないまま、男と別れた。
グェンが自分の店に戻ってくると、店番をしていた女の子に声を掛ける。
「ご主人様、さっき、警察官がやって来ましたよ」
「警察官だと?」
グェンは訝しげに尋ね返す。情報屋のグェンの店に警察官が来ることは珍しくは無いが、その多くは旧知の間柄である刑事だ。彼等は無遠慮にやって来る事は無い。
「刑事か?」
「いえ、普通の警察官のようでしたよ」
「普通の警察官・・・何も知らない新人が、取締にでも来たか・・・?」
グェンは後で刑事に文句を言おうと思って、店の奥に行こうとする。
「ちょっと待つにゃ。グェン」
背後から声が掛けられた。グェンは振り返るとそこにはタマの姿があった。
「お前・・・誰だ?」
グェンはそう問い掛ける。
「そんな事より・・・この間の南武セントラルビルについて、詳しく聞かせろにゃ」
「南武セントラルビル?何の事だ?」
「犯人を教えろと言っているにゃ」
グェンは露骨に嫌そうな顔をする。
「知らんよ。他所を当たってくれ」
「ほぉ、なんなら、この辺を適当に探っても良いにゃ」
「俺を脅しているつもりか?」
グェンは静かに戻ってきて、タマの前に立つ。
「何でも良いにゃ。教えろ」
「ふざけるなよ。お前に教えて、俺に何のメリットがある?」
「メリット?テロリストを撲滅するのに個人のメリットなんか考えないにゃ」
「てめぇ・・・殺すぞ?」
グェンは怒りに満ちた表情をする。
「殺す?やってやるにゃ。スラム街の住人なんぞ、殺しても誰も文句を言わないにゃ」
タマは平然とそう言い放った。
「このクソ猫。本気で殺してやる」
グェンが右手を上げる。その瞬間、店番をしていた女の子がレジの下から、青竜刀を取り出した。鞘からスルリと刃が抜かれた半月刀を振るい上げて、女の子がレジを飛び越してタマに襲い掛かる。
カチン!
金属が重なり合う音が響き渡る。
「タ、タマ巡査部長、大丈夫ですか?」
ポチは素早く警棒を引き抜き、女の子の刀を弾いた。女の子はフラフラとよろける。
「それは・・・銃刀法違反に傷害未遂・・・いや、殺人未遂です」
ポチは冷静に彼女に向かって言う。
「お前・・・やるな?」
グェンはポチを睨み付ける。
「あなたも・・・共犯となりますよ?」
「ふん、軽い冗談だよ。殺すつもりは無かった。それに・・・お前等だってまずいだろ?普通の警察官が何の事件でも無いのに、こんな捜査紛いのことをすれば、お前等が処分されるんじゃないかな?」
ポチは黙る。グェンはニヤリとした。
「まぁ・・・俺も・・・鬼じゃない。今日のところは・・・」
タマが拳銃を構えた。
「五月蝿いにゃ。お前は黙って、私の質問に答えれば良いにゃ」
「てめぇ・・・本当に殺すぞ?」
「やれるなら、やってみるにゃ。その前にお前を殺して、そこに晒してやるにゃ」
グェンはタマを睨む。同じくタマも彼を睨む。僅かな沈黙。
「ちっ・・・わかったよ。お前・・・何が知りたい?」
グェンは諦めて、力を抜いた。タマも銃口を下ろした。
「物分りが良いにゃ」
「言っておくが、俺は人間しか相手にしないんだぞ?」
「そうかにゃ。私は気にしないにゃ」
「ちっ、後で迫田の野郎に言っておかないとな。飼い猫の躾ぐらいちゃんとしろって」
グェンは吐き捨てるように言う。
「迫田・・・捜査一課の迫田刑事かにゃ?」
「そうだよ。あいつは俺のお得意さんだからな」
「ふーん、まぁ良いにゃ。とにかく、南武セントラルビルのテロは誰がやったにゃ?」
「知らないよ。あれぐらいのテロだ。相当に注意深い奴の仕業だろう」
「宝石を奪ったはずにゃ。その流れとかは?」
「さぁな。それだって、最初から、考えて動いているだろう?」
タマは訝しげにグェンを見る。
「まさか・・・お前が一枚、噛んでいるじゃないかにゃ?」
「じょ、冗談じゃない。あんなヤバい橋なんて渡るわけないだろ?」
「本当かにゃ?」
タマがジッとグェンを見る。
「とにかく・・・俺は知らない。帰ってくれ」
グェンはタマ達を追い払った。
「タマ巡査部長。これは越権行為かと思いますが」
「気にしないにゃ。揺さ振りみたいなもんにゃ」
タマは笑った。そして、歩き出す。
二日後。タマは食堂で昼ごはんを食べていた。
「今日も御飯が美味しいにゃー」
タマは笑顔で食事をする。その横でポチは少し飽き気味に食べている。
「ポチはどうしたにゃ?体調が悪いにゃ?」
それを見たタマは心配そうに声を掛ける。
「いえ・・・いつも似たような食事だなと思いまして」
「そうかにゃ?今日は鰯味にゃ」
「いえ、食事がレーションみたいな物ばかりですから」
「何か不思議かにゃ?」
「ここは食堂なんですよね?厨房で食事を一から作る事は無いんですか?」
「そんなことかにゃ?人間用ならそうなっているにゃ」
「はぁ・・・そうなんですか」
「自衛隊は違うのかにゃ?」
「自衛隊は全て、食堂で作った物を出します」
タマは固まる。
「タ、タマ巡査部長?」
「こ、これは、これで美味しいにゃ。幼い頃から、これしか食べて無いから知らないにゃ。他が何を食べているかなんて関係無いにゃ」
タマはパクパクと昼食を食べる。そこにクロがやって来た。
「お~い。お前、何かしでかしただろう?」
「何にもしてないにゃ!」
タマは食べながら答える。するとクロがその頭を叩く。
「上司を前にして、食べながら答えるな」
「痛いにゃ」
「まぁ、良い。ムサシ司令官から呼び出しだ。すぐ行け」
「まだ、食べているにゃ」
クロは再び、タマの頭を殴る。タマは痛さを堪えながら、昼食の残りを掻き込んだ。
タマが司令官執務室に入る。
「あぁ・・・ご苦労。こっちへ来なさい」
タマはムサシに呼ばれて、執務机に近付く。
「刑事部から抗議があった。お前、かなり無茶な捜査紛いの事をしたそうじゃないか?CATの仕事かと聞かれたよ」
タマは気まずそうな顔をしている。
「まぁ、その辺はテロ関係の捜査の一環だと突っ撥ねたがね。今後はあまりかき回さないで欲しいと釘を刺されたよ」
「す、すいませんにゃ」
ムサシは少し真面目そうな顔を崩して、笑う。
「まぁ、良い。それで、なぜ、グェンの所に行った?」
「スラム街で片っ端から聞き込みをしていたら、グェンが関係しているんじゃないかと聞いたにゃ・・・」
「なるほど。それは情報統括課の方も掴んでいるようだな。情報統括課には情報があまり入ってこないからアレだが、グェンは相当に臭いだろう」
「・・・だとすれば、私のやった事は余計だったかにゃ?」
「さぁな。すでに部長や情報統括課は知っているはずなのに、一切の触れてこない。何を考えているのかわからない。かなり不気味だが、やれる所までやってみるのも面白いだろう」
「じゃあ、捜査させてくれるかにゃ?」
タマは喜ぶ。それに対して、ムサシは怒る。
「馬鹿猫。捜査はあくまでも情報統括課の仕事だ。我々には捜査権は無いからな。まぁ、グェンが・・・何か、捕まるようなヘマをしてくれれば・・・良いけどねぇ」
「ちょっとパトロールへ行って来るにゃ!」
タマは元気いっぱいに飛び出して行った。
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