第7話 欠員補充

 事件発生から五日が経ち、警視庁総監はその報告を聞いて頭を抱える。

 「それは単純に、今回の事件はテロでは無く、宝石を狙った強盗だと言うのかね?」

 東田と刑事部部長はそれに頷く。

 「生き残ったCAT隊員が機動隊に扮したテロリストらしき一団が逃げ出す所を確認しております。テロリストだと思われる警備員の死体もありましたが、現在、本人確認中でありますが、多分、偽物だろうと思います。逃げ出したテロリストは警察車両を奪い、現場から逃走、付近のスラム街で乗り捨て、その後の消息は不明です」

 東田は冷静に事実を報告する。すでに警察庁にも協力を仰ぎ、逃げ出したとされるテロリストの追跡は東京以外の場所にまで及んでいた。

 東田は報告を終えると同時に総監から、CATの役職を解かれた。事件の責任を負わされた形で彼は警視庁総監預かりとなり、謹慎となった。後に何かしらの処罰がされることは確実だった。だが、この失態は大きく、多分、警視庁総監も何かしらの処罰を受けるだろうと言われていた。


 南武セントラルビルの捜索は依然として続いていた。ビル崩落はしなかったが、中は瓦礫で埋まっており、人質達はその瓦礫の下に埋まったままだからだ。最初の二日間は生存者を探して必死だったが、生存者の多くは突入したCAT隊員であり、人質の全ては爆心地付近に居た為に、その形さえまともに残らなかった。その為、人質は未だに詳細は不明だが、すでに死亡が確認された分と行方不明だと届出がある分も合わせると1,000人以上が人質だったとされる。そして、その全てが殺害された。突入したCATと機動隊は壊滅。生き残ったのは僅かで、CATは事実上、活動不能に陥った。


 逃走したテロリスト達に奪われた警察車輌が近くのスラム街に乗り捨てられていた。警視庁は全警察官を投入して、スラム街をローラー作戦で捜査したが、何一つ、手掛かりは掴めなかった。それでも捜査は続けられるのと同時に、警察庁は犯人が宝石を奪った事に対して、全国的に宝石の換金を厳しく取り締まる体制を敷いた。


 スズの死体も含めて、この事件で死亡したヒューマアニマルの死体は葬式を挙げられる事無く、専用の焼却場へと運ばれ、骨も残さずに灰にされた。これは制度で決められた処理方法だった。その為、タマがスズの死体がどうなったかは知る由も無い。このことについてはヒューマアニマルで知る者は少ない。

 当然ながら、タマもスズの死体がどうなったかなど知る事は無かった。それよりも壊滅状態になったCATの心配だった。


 ソファでタマがゴロゴロしていると、そこにクロとナナが通り掛った。クロはタマを見掛けて、声を掛ける。

 「おい、シロの見舞いに行くぞ」

 「はいにゃー!」

 タマはすぐにクロ達と一緒に警察病院へと向かった。警察病院は警視庁本部に併設される形で建設された総合病院だが、主にヒューマアニマルの治療を中心に行なっている為、その分野では全国的にも有数の病院となっている。

 シロは現場で左腕を切断したが、すぐに警察病院に搬送され、ちゃんとした手術が施された。手術は成功して、シロの容態は安定していた。クロ達が病室に入ると、シロは笑顔で迎え入れた。

 「シロにゃ、元気そうにゃ!」

 タマは数日振りにシロに会って、笑顔になる。クロはシロの切断された腕を気遣う。

 「腕は痛むか?」

 「まだ、少しね。それより、今日は今後の事の連絡があるんだろ?」

 「あぁ、すまん。辞令だ。シロ警部補。広報課への転属を命じる」

 「広報課か。退屈そうだな」

 シロは軽く笑う。クロは申し訳なさそうな顔だ。

 「高機能義手も提案したんだが・・・」

 「止してくれ。ヒューマアニマルに義手なんて、コストが掛かるだけよ。一昔前なら廃棄処分だった事を考えれば、後方勤務に回されるだけマシだわ」

 シロが言うように数年前までは使えなくなったヒューマアニマルは配置転換など無く、廃棄処分するだけだった。だが、動物愛護法違反となると、市民団体が騒いだお陰で、今は簡単に廃棄処分とはならない。

 「しかし、生き残ったヒューマアニマルは13匹だろ?作戦課は暫く、何も出来ないが、どうなるんだろうな?」

 シロの心配は当然だった。このままではCATは解体されてもおかしくなかった。

 「あぁ、再編成されるというか。解体もあるかもな」

 クロは投げやりに答える。それにタマが驚く。

 「解体ってなんにゃ!タマ達は用済みにゃ?」

 「用済みじゃないが、こうなると、CATの存在価値も揺らいでいるからなぁ」

 聞いていたナナがそう言うので、タマは驚いた。


 警視庁上層部が集まった会議ではCATの今後について、議論された。

 「情報統括課は独自に捜査を行なっているようだが、正直、どうするかね?」

 「部長の東田も更迭しましたし・・・。情報統括課も刑事部などに纏めて、今後は刑事部と警備部で捜査と突入を分担するという手もありますが」

 「それでは合理的な対策が取れないと思うが・・・」

 「だが、今回も独立した組織があっても、結局、このような事態になったわけですし」

 会議は紛糾する。権限の拡大を狙う連中からは、CATの解体が叫ばれる。

 「だが、これからもこんなテロが起きると思えば、このような独立した組織はやはり・・・重要だと思う」

 「では・・・責任者をどうしますか?東田に匹敵するような人材など、居ませんよ?」

 「実は、ニューヨークに派遣していた人材を呼び戻した」

 その言葉に場の空気が変わる。

 「飯島を呼び戻したのですか?」

 「あぁ・・・テロ対策を学ばせる為に派遣していたのだからな、彼女に指揮を執って貰う。このことに反対の者は?」

 会議の場は特に反対を唱える者も居なかった。この時点でCATの再生が決まった。


 テロ対策が厳しく行なわれる羽田空港。

 かつての戦争の傷が周辺に残る空港にニューヨークからの旅客機が到着した。ターミナルに一人の若い女性が到着する。空港の中にも9ミリ機関拳銃を持った空港警察官がウロウロしている。それを見て、女性はサングラスを外しながら呟く。

 「日本も騒がしくなったわね」

 年齢はまだ、20代後半。長い髪を頭の横で結び、垂らすサイドテールにしている。彼女の名前は飯島鏡花。警視庁がニューヨーク市警に留学させていた対テロの専門家だ。

 彼女が空港内を歩いていると、すぐに黒服の背広姿のヒューマアニマルがやって来る。

 「飯島鏡花警視正。お待ちしておりました。警視庁警備部のミランダ警部です」

 「ご苦労様。でも、たかだか、警視正にSPが付くなんて、聞いた事が無いわよ」

 「はい。知っておられると思いますが、南武セントラルビル以後、新東京都は厳戒態勢であります。テロリストが対テロの専門家が日本に戻ってくると知れば、攻撃を受ける可能性もありますから」

 「物騒なものね。わかったわ。警護をよろしく」

 「はい」

 SP3人が彼女を警護しながら、空港を後にした。


 タマは朝から真剣に射撃練習をしていた。以前のタマとは思えない程の真剣な姿だ。

 「5センチ以内に纏まったにゃ」

 拳銃で15メートルの距離を5センチ以内に集弾させることが出来るのなら、かなりの腕前だと言いえるだろう。

 「タマ、上手くなったな」

 クロが横から声を掛ける。

 「猫が足りないから、射撃訓練ばかりだからにゃ」

 「そうだな。うちの班も2匹も足りないから、何ともならんからな」

 「補充はまだにゃ?」

 「そんなに前線に投入されたいのか?」

 「スズの仇を取りたいにゃ。それだけにゃ」

 タマの瞳は怒りに燃えている。

 「あんまり、肩に力を入れるなよ。突っ込み過ぎると死ぬだけだぞ」

 「わかっているにゃ。でも、許せないにゃ」

 館内放送が流れる。

 「CATの全班長に告ぐ。至急、ミーティングルームに集まるように」

 クロはそれを聞いて、頭を捻る。

 「今頃、何だろうな?」

 「ひょっとしたら、補充が決まったのかにゃも?」

 「だとすれば良いが。そんな簡単に補充が出来るとは思えないがね」

 クロはそう言いながら射撃場を後にした。


 クロ達が集められた。そこに一人の女性が入ってくる。

 「ヒューマアニマルの諸君、ご苦労様です。楽な姿勢を取りなさい」

 そう言われて、クロ達は直立から、少し肩の力を抜く。

 「私は新しくCATの部長に任命された飯島鏡花警視正です。これからよろしくお願いします」

 彼女は丁寧にお辞儀をした。それに合わせて、クロ達もお辞儀をする。

 「早速ですが、CAT再建計画を行ないます。現状では、狙撃チームは無傷ですが、突入チームが壊滅しています。これを定数にするため補充の要請を行なっていますが、すぐに補充が可能な人材は不可能だと返答がありました。今後、数年を掛けて、補充数を増加させる計画を立てるようです。しかし、現状において、南武セントラルビルテロ事件でもわかるようにテロの危険性が高まっています。それ以外にも凶悪事件が増加傾向である事から、やはり、テロ対策は専門の我々が担当する必要があります。その為、大至急、立て直す為にある方法を提案しました」

 飯島の説明では何がこれから行なわれるのか皆目検討が付かないが、CATが解散にならなかったことだけはクロにもわかった。

 飯島の紹介が終り、すぐにミーティングは解散となる。飯島の前にはムサシだけが残される。

 「ムサシ警部。これが新しく配属されるヒューマアニマルのプロフィールです。省庁の垣根を越えて、集めています。これを何とか使えるようにしてください」

 ムサシはプロフィールの束を受け取る。それをパラパラと見る。

 「はぁ、しかし中には消防士とかありますよ?」

 「どこもギリギリの戦力でやっていますから、あまり出したくは無いのですよ。例え、銃が使えない奴が送られて来ても、使えるようにしなければなりません」

 飯島は強い意志を感じる瞳でムサシに言う。

 「はい。わかりました」

 「ただし、あくまでも預かるだけですから、死なないようにお願いします」

 「出来る限り・・・」

 ムサシはプロフィールの束を持って、ミーティングルームを出て行く。


 数日後、作戦課の全員が集められる。そこにはすでに見覚えの無いヒューマアニマル達が整列している。作戦課の隊員達も決められた場所に行くが、そこにはすでに新しいヒューマアニマルが居た。

 クロの班にも二匹のヒューマアニマルが入ってきた。

 一匹は白い頭の猫耳少女だ。腰まである長い髪が特徴的だった。

 「厚生労働省麻薬取締部から、派遣されたミケコ主任です」

 そして、もう一匹は真っ黒な頭に犬耳の少女だ。

 「陸上自衛隊DOGから派遣されたポチ一等陸士です」

 ショートカットで色黒の少女を見たタマは「犬にゃ。犬」と呟く。

 ヒューマアニマルには現在、二種類が居る。猫と犬だ。計画当初には猿などが候補に挙がっていたが、人間に限りなく近いのは問題だとか、色々あって、犬や猫で落ち着いたというわけだ。基本的には二種類の型には大きな差は無いが、犬は団体行動が得意で、我慢強く、体力がある。猫は動きが機敏で、個人能力が高い変わりに集団行動が苦手とか、体力が無いとかと特徴が分かれた。それに合わせて、犬型を自衛隊。猫型を警察などに配備するようになった。

 クロがタマの呟きに気付いて、怒鳴る。

 「タマ、五月蝿い。お前の部下になるんだ。黙っていろ」

 「へっ?」

 「当たり前だろ。ポチはお前より年下だ。お前が面倒みろ。良いな。殺されないようにしっかりと教えろ。まぁ、DOG出身だから、お前より上かも知れないけどな」

 「な・・・DOGって何か知らんけど、犬に負けないにゃ!」

 クロ達が驚く。

 「タマ、お前、DOGを知らないのか?」

 「へっ・・・そんなに有名なのかにゃ?」

 「当たり前だろ。ダイレクトオフェンスグループ。陸上自衛隊最強の戦闘集団だ。命知らずの特攻部隊とも呼ばれる連中だぞ?」

 「ほぇへ~」

 タマはポチを眺める。

 「そんな凄い部隊に所属していたのに、なんで、警察に出向になったにゃ?」

 「そ、それは自分にもわかりません」

 ポチは緊張した表情で答える。

 「タマ、そんなことは上層部の話だ。無駄な詮索をするな」

 クロに怒られたタマだが、ポチから聞きたい事は山ほどあるようだ。そもそも、他の組織のヒューマアニマルと接するのは災害時などの共同訓練の時ぐらいしか無い。それ故に好奇心旺盛なタマなどが興味を持たないわけが無かった。

 「ポチ一等陸士!これより、貴様の能力を見極めるにゃ」

 タマは射撃場にポチを連れて来る。

 「警察官にとって、最も重要なのは拳銃の使い方にゃ。9ミリ自動拳銃は自衛隊でも使っているから、大丈夫にゃ?」

 ポチは戸惑ったような表情をする。

 「いえ、私は一等陸士ですので、拳銃は携帯しておりませんでした」

 「そうなのかにゃ?」

 「はい。自衛隊で拳銃を携帯するのは士官以上か、支援科などです」

 「ふーん。よくわからんけど、警察では拳銃がメインにゃ。これが使えないと、警棒で殴るぐらいしか無いにゃ」

 「は、はい、解かりました」

 ポチは9ミリ自動拳銃を手に取る。弾丸を弾倉に詰めてから、銃把から挿し込み。スライドを引っ張る。

 「構え方はこうにゃ」

 タマは左手を銃把に添えて、銃がブレ無いようにする。そして、胸の前で構える。ちょうど、腕と胸で三角形を作る感じだ。

 「警察で教える構え方はこうにゃ。片手で撃つ構え方とか色々あるけど、まずは基本のこの形を徹底的に覚えるにゃ」

 ポチも見よう見真似で、構える。

 「まぁまぁにゃ。それで何発か撃っているみるにゃ」

 ポチは慣れない拳銃で狙いを定める。緊張しながら引金を引き絞る。

 銃声が射撃場に響き渡る。弾丸は5メートルの先の的に当たった。

 「初めての拳銃の割りにしっかりと当たっているにゃ」

 「あ、ありがとうございます」

 「もっと、撃つにゃ。撃った数だけ上手になれるにゃ」

 それからポチは一日に許可された訓練に使える上限の弾丸数である50発を撃ち終える。その成績はA級だった。

 「うぅ、もう、教える事は無いにゃ」

 ポチの射撃能力にタマは狼狽した。

 それから、タマはポチの身体能力などを測定していく。改めて、彼女の能力の高さはCATのヒューマアニマルと比較しても高いレベルにあった。

 「射撃も格闘も・・・教える事は無いにゃ」

 タマは自分よりも能力の高い後輩に凹む。

 「ありがとうございます」

 ポチはそれに気付いていないのか、元気に返事をするだけだった。

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