第6話 罠

 ガラッ・・・瓦礫を掻き分ける腕。瓦礫の間から立ち上がる人影。

 タマは真っ白になりながら、何とか立ち上がった。

 「な、何が起きたにゃ?」

 タマ達は3階へと上がる直前で爆発に巻き込まれた。激しい爆風で全員が吹き飛ばされ、その上に瓦礫が落ちてきたのだ。大小の瓦礫で、彼女達も負傷する。

 「全員、無事か?」

 クロも瓦礫を押し退け、姿を現す。ナナもスズも何とか瓦礫から出てきた。すでに電灯は全て失われているので、室内は完全に真っ暗だ。彼女達はすぐに短機関銃のフォアグリップ部に貼り付けたマグライトで互いを照らす。

 「シロが見当たりません!」

 「探せ!」

 4人は瓦礫をどかしながらシロを探した。すぐにシロは発見されたが、誰もがその姿に呆然とした。シロの左腕は崩れた天井の大きな破片に押し潰されていた。それは見る限りに切断していてもおかしくない状況だった。

 「シロ!シロ!大丈夫か?」

 クロが呼び掛けるとシロは何とか目を覚ます。

 「あぁ、くっ、何とか大丈夫だ」

 シロは痛みに耐えながらもそう答える。

 「今、瓦礫をどかすにゃん」

 スズが必死に瓦礫をどかそうとする。

 「私は良い。早く、人質と犯人を・・・」

 「犯人なんて、もう、自爆してるにゃん。それよりもシロ先輩を助けにゃいと」

 スズはそう叫ぶ。

 「馬鹿猫。確認もしてないことを口走るな。すぐに行け」

 シロはスズに怒鳴る。クロは瓦礫をどかそうとするスズを止めた。

 「わかった。待っていろ。すぐに応援を呼ぶ」

 クロはすぐに無線でシロの状態と位置を知らせて、上階を目指した。

 ムサシは突然のことに、まだ、呆然としていた。オペレーター達は突入した隊員への呼び掛けなどで忙しく動き回っていた。

 「課長補佐!第1小隊1班のクロから応答があります。負傷者1名。重傷なので、至急、2階に救護を寄越して欲しいとのことです」

 「そ、そうか」

 ムサシはテロリストや人質、隊員に生き残りがいるかもしれないと思って、地上で待機していた機動隊に一階からの突入を命じた。それに従い、機動隊はジュラルミン盾を構えながらデパートへと突入した。


 ヤンはシェルターから姿を現す。3階にも僅かばかりの爆薬は仕掛けておいた。無論、それはここにヤン達が潜んでいた形跡を誤魔化すためだ。ヤンは暗視ゴーグル越しにそれを見て、ほくそ笑む。

 「ふふふ、俺等の身代わりを頼むぜ。顔無しちゃん」

 ヤン達は自動小銃を手に、一階へと向かうためにエスカレーターに向かった。


 カンカンカンとエスカレーターを降りてくる音がする。スズはそれに気付いた。

 「誰かが降りてくるにゃん!」

 「スズ、気をつけろ。敵かも知れない。様子を窺え」

 クロがそう忠告するも、スズは音の方へと向かった。すると、奥にあるエスカレーターを降りてくる足音が聞こえた。スズはそこを照らした。照らし出されたのは機動隊の格好をした者達だ。相手も突然のライトに気付いたようだ。

 機動隊?なんで、機動隊が上から降りてくるにゃん?スズは一瞬、何故と思ったが、その手にした銃で理解した。

 「カラシニコフにゃん!」

 スズは声を上げたと同時に手にした短機関銃を撃った。フルオートで発射された銃弾が敵に襲い掛かる。敵は銃撃を浴びて、先頭の機動隊の服装をした者が倒れる。


 ヤンはエスカレーターから降りてくる途中で突然、発砲を受ける。前を歩いていた男が倒れた。彼は冷静に自動小銃を構える。相手はライトを使っている。その光に向けて撃てば良い。彼は慣れた感じに狙いを定めて、引金を引く。

 銃弾は短機関銃を撃っているスズの体を次々と貫き、その体を吹き飛ばした。それを確認してから、ヤンは部下に更なる爆破を命じた。

 「ちっ、運が良い奴だな。生き残りがまだ、居るぞ。爆発を急げ」

 ヤンの部下がタブレットパソコンを操作しようとした頃、すでに一階には機動隊が突入をしていた。彼女等は爆破によって破壊された一階の捜索を行なっていた。一部は救難の命令が出ていた二階を目指そうとしていた。だが、その瞬間、激しい爆発が彼女達を吹き飛ばす。激しい爆発でさらに瓦礫が落下して、突入した機動隊の隊員が埋もれてしまった。最初の爆発と違って、この爆弾にはベアリングなどが仕込まれており、殺傷力を高くした物が使われていた。その為、突入した機動隊員の死傷率が異常に高かった。


 激しい爆破の衝撃は2階のタマ達にも襲い掛かる。タマは撃たれたスズを守るように覆い被さりながら、その振動に耐える。強い衝撃で天井のパネルなども落ちてくる。

 突如、一階部分が潰れたと思うぐらいの爆発が起きて、ムサシは唖然とする。突入した機動隊員の身体が外に吹き飛んでくる程の爆風だった。あまりの激しい爆発に建物が倒壊するのでは無いかと思って、周辺に居た警察官達が慌てて、その場から逃げ出す。ムサシが乗る指揮車も再び激しく揺さ振られた。ムサシは揺れに耐えながらも状況を確認するために「何が起きた?」と部下に聞くが、答えられる者など、誰も居なかった。


 爆発によって、ビル周辺は粉塵が舞い上がる。酷い視界の中を無事だった機動隊員が次々と出てくる。彼女等は必死に瓦礫に埋まった仲間達の救出を要請する為に叫んでいる。逃げ出していた機動隊員や、消防隊員達もすぐに現場へと戻ってきて、その場がごった返した。


 爆発の衝撃が収まり、クロが立ち上がる。すぐに短機関銃を構えて、テロリストが居たであろう場所を照らす。だが、すでに機動隊の格好をした連中は居ない。

 「こちら第1小隊1班。機動隊の格好をした連中が一階に向かった。そいつらはテロリストだ。すぐにビルから出てくる機動隊隊員は全員、拘束しろ」

 クロは無線機に叫ぶ。オペレーターが了解したのを確認すると疲れたようにシロを見た。彼女はグッタリとしている。クロはすぐにシロの脈拍などを診て、何とか救おうとした。

 タマも覆い被さったスズの様子を見る。スズの体の下には多量の血が流れ出している。スズは胸や腹を撃ち抜かれている。タマはすぐに圧迫止血法をしても血を止めようとするが、傷口が大きくて、いつまでもダラダラと流れ出す。タマはスズを助け出そうと彼女の体を抱き締めて、外へと引っ張りだそうとした。

 「タマ・・・先輩・・・タ・・・何も・・・見え・・・ン」

 スズは必死にタマに話し掛ける。タマはその声に答える。

 「スズ、しっかりするにゃ。今、救急隊の所へと運ぶにゃ」

 タマはナナに手助けして貰って、何とかスズを一階まで降ろし、外へと連れ出した。ビルの外は負傷者が多く倒れていた。皆、爆発によって、負傷した者達だ。タマはすぐに救急隊員を呼び止めて、スズを緊急搬送するように頼む。

 「は、早く、お願いにゃ」

 救急隊員はスズの容態を見て、何かを諦めたような表情で赤い紙を首から掛けた。それはトリアージと呼ばれる物だ。大規模な災害などで、負傷者が大量に出た場合、医療を効率的且つ合理的に行なうために事前に容態から、優先度を決める方法だ。赤は・・・手遅れという事だ。タマは救急隊員の襟首を掴み上げる。

 「ス、スズはまだ、生きているにゃ。なぜにゃ!」

 救急隊員は怯えながらも答える。

 「す、すいません。しかし、すでに患者さんは自分の肺に溜まった血で溺れています。もう、死んでいるに等しいかと・・・」

 「そ、そんなことないにゃ。スズは・・・スズは・・・・」

 ナナがタマの肩を掴み、救急隊員から引き離す。

 「ナナにゃ・・・スズは・・・スズは・・・」

 「諦めろ。お前もわかっているはずだ。スズは・・・もう、駄目だ」

 すでにスズの意識は無い。口から大量の血を吐いている。すぐに死んでしまうだろう。タマはスズの体に覆い被さる。

 「スズにゃ!スズにゃ!」

 タマは何度も呼び掛けたが、事態が変わる事など無かった。タマはスズが息をしなくなるのをただ、見ているしか無かった。

 その頃、シロの救出が行なわれていた。救助に入ったハイパーレスキュー隊はシロの状況を見て、すぐに瓦礫を撤去する準備をすると共に、シロの容態を確認した。

 「まずいな。このまま、瓦礫を撤去すると、死ぬかも知れんぞ?」

 「医師を呼ぶ。もう少しだ。頑張れ」

 ハイパーレスキュー隊員に呼ばれて、ドクターマットの医師が瓦礫の積もるデパート内にやって来た。

 「瓦礫撤去は時間が掛かります。それと、この圧迫具合です。多分、血流回復と同時に危険な状態になるかと・・・」

 ハイパーレスキュー隊員の説明を受けて、医師もシロの様子を見た。

 「確かにな。すぐに左腕の切断手術を行なう。周囲の瓦礫が崩れないようにしてくれ」

医師は即座に潰された左腕を切断する事を決めた。クロは一瞬、躊躇した。それは特殊部隊隊員としては復帰が出来ないことを意味したが、どのみち、左腕が潰れていることを考えると、むしろ命の方が大事だとして、クロはそれを了承して、左腕の切断手術がその場で行なわれた。切断手術はそれほど時間が掛からずに終った。そして、運び出されたシロはすぐに病院へと搬送される。


 ムサシは機動隊員に扮したテロリストが紛れ込んでいるという情報を得て、すぐに機動隊員の確保を命じたが、すでに遅かった。この混乱を利用して、テロリスト達は警察車輌を奪って、現場から逃げ出していた。逃走に使われたパトカーもすぐに付近で発見されたものの、テロリスト達の姿は何処にも居なかった。


 日本の犯罪史上、類を見ない大規模なテロ事件の為、その全容を明らかにするべく、刑事部とCATの調査課が協力して、捜査に当たった。当初はただの自爆テロかと思われていたが、ビル内の捜索で、貴金属類がほとんど、奪われている事が発覚した。現金などは僅かしか無かったが、その現金には一切、手が付けられていなかった。時価総額で70億円以上の貴金属は僅か数時間で奪われた事になる。

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