第5話 突入

 タマ達はビルの正面入口が見える位置に集合した。集結した第1小隊と第2小隊を前にクロが全員に突入作戦を確認の為に説明を行なった。

 「自衛隊が対戦車ミサイルでシャッターを吹き飛ばす。我々はそこから突入して、一階を制圧する。人質の命が最優先となるからな。助けられる人質はすぐに確保しろ。犯人は発見したら、可能な限り確保ではあるが・・・射殺しても構わない。任務遂行を最優先で考えろ」

 目の前に迫った突入の時にタマの緊張感は高まる一方だった。その時、機動隊が声を上げた。

 「自衛隊が到着したぞ!」

 オリーブ色のトラックが機動隊員に誘導されながら現場に入ってきた。停車したトラックの荷台から野戦服を着た自衛官が次々と降りてくる。自衛官と言ってもその多くはヒューマアニマルである。ヘルメットからピョコピョコ見える犬耳を晒しながら彼女達は対戦車ミサイルの発射準備を始めた。

 「犬達が本当に対戦車ミサイルを設置してるにゃ」

 タマは初めて見る自衛官に驚きながら声を出す。彼女の言う通り、自衛官は犬型のヒューマアニマルだった。

 「犬とか言うな。聞こえるだろ」

 クロがタマを叱り飛ばす。そんな事を気にする様子も無く、自衛官達は黙々と対戦車ミサイルの設置を行っていた。


 対策本部内は異様な雰囲気だった。東田は次々と準備完了の報告を聞く度に胃が痛む思いだった。突入が決まった段階で多くの者が自分の仕事が終ったかのように疲れ切った身体を投げ出している。

 「対策本部長、ゆうづる1号と2号、消防庁のヘリが到着しました」

 警視庁が保有する2機のヘリと協力要請を受けた消防庁が派遣した消防ヘリがビル上空に達した。そこにはCATの第3小隊が分乗している。

 「対策本部長、突入準備が完了しました」

 ムサシからの報告で東田は決断の時が来たと感じた。彼はゴクリと息を飲んだ後、静かに言った。

 「突入を開始せよ」

 

 作戦開始の合図で警察ヘリはゆっくりと屋上へと近付いた。

 ヘリの後部座席には短機関銃を構えた隊員が屋上を狙っている。少しでも犯人の姿を見れば、射殺する事になっていた。

 「屋上に人影は無し!予定通りに着陸する」

 そのまま、ゆっくりとヘリポートに着陸したヘリから隊員が次々と降りていく。

 「全周囲警戒態勢!」

 最初に降りた班は周囲に敵の姿が無いかを確認するために散る。彼の援護を受けながら、ヘリは入れ替わりをしながら次々と第3小隊の隊員を降ろしていく。

 「屋上入口を確保しろ。罠の可能性がある。しっかりと調べろ」

 屋上に降り立った第3小隊1班長は部下に指示を出す。屋上にある入口へ近付く1班の隊員達。彼等はすぐに鉄扉を開けようとせず、罠が仕掛けられていないかを調べる準備を始める。それ以外の班は屋上の柵にザイルを固定して、外壁を降下する準備を始めていた。


 地上では自衛隊が正面入口、南入口、搬入口の3箇所を狙える場所に対戦車ミサイルを設置していた。彼等をテロリストから狙撃されないように機動隊が防弾盾を持って、守っている。

 突入命令が下ると、デパートの前に布陣した機動隊はすぐにその場から退避する。そして、自衛隊が設置したミサイル発射機が姿を現す。射手は狙いを定めた。

 「発射準備よし!」

 射手がそう叫ぶと、周囲で彼等を警備する機動隊員達にも緊張感が走る。

 「撃て!」

 指揮官の号令に従って、ミサイルが発射された。ミサイルが白煙を伸ばして、デパートへと飛び込む。そして、爆発が起きた。タマ達はパトカーの影に隠れながら、その様子を見ていた。激しい爆音が振動を伴って、響き渡り、爆風がパトカーを揺らす。タマ達は安全の為に身を隠していていた。そして、爆音が終ったと同時に見ると、ミサイルが命中した場所は白煙に覆われていた。

 「命中!」

 自衛隊の指揮官が叫ぶ。それを合図にタマ達は駆け出した。まだ、ビルの入口は白煙を上げている。小型の防弾盾を持ったナナが着弾地点を直視するために近付く。白煙が晴れたそこはシャッターが酷く破壊されているものの、開口部が開くまでに至っていなかった。

 「突入不可能!」

 ナナの一言で、クロは後退を指示する。タマ達は大慌てで後退する。

 「次弾、発射準備に掛かれ!」

 クロの失敗の合図を聞いてすぐに自衛官達は次弾の発射準備を始める。彼女達が準備を終える前にタマ達は安全な位置まで退避を終えた。それを確認した対戦車ミサイル部隊の指揮官は発射を命じる。ミサイルは再び、一条の白煙を伸ばし、シャッターに命中した。

 「前進!」

 クロは安全を確認しつつ、シャッターまでの前進を命じる。タマは再び、白煙の合間から、シャッターを覗くと中へ通じる開口部が出来ていた。

 「突入可能!」

 ナナはすぐに閃光手榴弾の安全ピンを抜き、開口部からデパート内へと投げ込む。そして、閃光手榴弾の炸裂と同時に彼女達はデパートの中へと突入した。


 屋上では屋上出入口と最上階の窓からの突入をするための準備が行なわれていた。どちらもすぐにとはいかない。屋上出入口を開く作業をしていた隊員達は慎重にトラップを探りながら、開けていた。

 その間にラペリングによる窓からの突入を準備している隊員達はようやく、準備を終えて、突入を開始しようとしていた。だが、突然、屋上出入口が爆発によって吹き飛んだ。あまりの大きな爆発に屋上の構築物は全て吹き飛び、爆風は屋上で作業をしている他の隊員を薙ぎ倒すほどだった。

 突然の屋上の大爆発にムサシは唖然とした。指揮車の中は誰もが声を出せないほどに驚き、固まった。

 「す、すぐに状況を確認しろ」

 ムサシは我に帰り、オペレーターに屋上で活動する隊員の安否を確認するように指示を出す。隊員達には生存を確認するために常にバイタル情報がモニターされている。オペレーターはその情報から、生存者を確認する。

「第3分隊第1班が全滅です」

「ぜ、全滅だと?」

ムサシは愕然とした。いきなり突入作戦は頓挫したに近い状況だ。

 「屋上の他の班は?」

 「バイタル上では異常ありません」

「屋上の奴等を呼び掛け・・・」

ムサシが指示を出す前に無事を伝える無線に無事を伝える無線が入る。

 窓から突入を行なおうとした部隊は皆、酷い爆風と飛び散った破片で軽い負傷をしたものの、何とか作戦は続行可能だった。

 「屋上出入口はどうなった?」

 ムサシの指示で、状況を確認するために第3小隊2班が向かった。彼女達は銃を構えて爆発で吹き飛ばされた屋上出入口に近付く。相当な爆発力だったのだのだろう。屋上出入口の建屋は影も形も無かった。散乱した瓦礫の間には仲間の欠片が転がっている。そして、屋上出入口は瓦礫によって、埋もれた状態だったために、ここから下に降りる事は出来ないと判断した。

 「屋上出入口は完全に埋もれた。窓からの突入に戻る」

 第3小隊2班の班長は悔しそうな顔をしながら、踵を返した。

 班長のヘルメットに装着されたカメラの映像を見たムサシは言葉が無かった。初っ端から最悪の状況だった。だが、ここで作戦を中止するなど有り得なかった。


 一階に突入したタマ達は敵の姿を探しながら、慎重に中を探索する。どこに敵が隠れていてもおかしくは無い。ナナは大胆に動きながらも、慎重に敵を探る。

 「敵の姿が無いにゃ」

 ナナは敵の姿が無い事に気付く。転がっているのはすでに射殺された死体ばかりだ。彼女達は慎重に一階を検索して、敵の姿が無いことを確認した。

 同じく一階フロアに突入した第2小隊3班がフロア中央にて、人質達を発見した。数は50人程度。皆、一箇所に集められている。第2小隊3班の班員は彼女達を救出するために近付く。

それと同時に第2小隊の2個班が地下1階の警備室の制圧へと向かった。タマ達を含む第1小隊全班はそのまま2階へと向かおうとした時、1階フロア中央で爆発が起きた。停止したエスカレーターを上ろうとしていたタマ達もその激しい爆風で吹き飛ばされる。

 「な、何事が起きたにゃ!」

 激しい爆発で一階フロアは完全に破壊された。天井パネルは全て落ち、柱の多くがボロボロになっていた。商品ケースなどの什器も粉々に吹き飛び、それが隊員達を襲った。瓦礫をどかしながら、タマ達は立ち上がる。

 「は、班長、た、助けに行かにゃいと」

 スズが慌てて駆け出そうとする。

 「止めろ!我々には犯人制圧の任務がある。奴等、人質を囮に罠を仕掛けてやがったんだ。このままだと、被害を増やすだけだ。先を急ぐぞ」

 「で、でもにゃん」

 スズは驚きの余り、パニック状態になっている。クロは冷静にスズに声を掛けた。

 「足元を見ろ。仲間の頭だ。あの爆発じゃ、誰も生きていない」

 スズは足元を見た。そこには第2小隊の隊員の頭部だけが転がっていた。スズは目から涙を零す。

 「スズ、無理なら戻れ。これから先は更に危険が増える」

 クロがそう告げる。パニック状態のスズが足手纏いになると思ったからだ。スズはすぐに涙を拭いた。

 「だ、大丈夫にゃん。やれるにゃん」

 スズの目を見たクロは彼女がパニック状態から脱したと確認した。

 「よし、進むぞ」

 タマ達が2階に移動すると、別の班が2階フロア中央付近に集められている人質を発見した。当然ながら、罠が仕掛けられている可能性を考えて、彼女達は人質に近付かずに指揮車に連絡を入れて、人質確保を後回しにした。人質達はCAT隊員の姿を見て、大声で助けを求める。一階で起きた爆発による振動と爆音でパニック状態になっているせいでもある。隊員達は爆弾が仕掛けられている可能性を説明して、落ち着かせるようにした。その間に機動隊爆発物処理班が突入準備をしていた。

 屋上の第3小隊の2個班はラペリングにて、最上階の窓へと降りる。窓から中は覗けない。彼女達は窓に爆弾索を貼り付ける。そして、起爆コードを装着してから、一度、上に退避する。起爆スイッチにて、窓を爆破した。

 激しい爆発にて、窓は爆破される。開いた穴から、彼女達は中へと侵入を果たした。すぐに敵の検索が行なわれるが、そこにも敵の姿は無かった。すでに一階の爆発で、人質に爆弾が仕掛けられているのは把握している。ホテルエリアではパーティー用のホールにて、人質の集団を発見するが、場所を報告しただけで、接近はしなかった。


 ヤン達が潜む三階にも一階で起きた爆発の爆音や振動が伝わる。それでヤンはニヤリと笑う。彼等は三階に造ったシェルターの中に居た。それは軍用に用いられる簡易式のシェルターであった。主に空爆などから身を防ぐものだ。

 「奴等、掛かったな。簡単なものだ」

 ヤンは笑いながら、タブレットパソコンを持つ部下に指示を出す。

 「さて・・・頃合だ・・・吹き飛ばせ」

 男がタブレットパソコンを操作する。その瞬間、ビル全体で一斉に爆発が起きた。


 地下一階の警備室を強襲しようとした第2小隊は突然、警備室が爆発を起こし、その爆発で全員が吹き飛んだ。ビルが崩落するかのような爆発はビル周辺に大きな地響きと爆音を響かせ、発生した爆風は周辺に待機していた警察官などに襲い掛かった。

 風圧で揺れる指揮車の中でムサシは何事が起きたか解らないまま、オペレーターに「何事か?」と怒鳴る。

 「と、突入部隊・・・バイタルが・・・全滅です」

 オペレーターは隊員達のバイタルを表示するディスプレイを見て、絶望的な声を上げる。

 「全滅だと?何が・・・自爆か・・・」

 ムサシは真っ青な表情で呟く。

 「僅かですが・・・生存者が居ます!」

 オペレーターの声にムサシは弾かれたように、「呼び掛けろ」と返答する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る