整頓中にうっかり発見

「うおっ!」

 思わずうめき声をあげてしまったことに、内心で自身を叱責しつつ、何もなかったかのように作業を再開する。

 周囲には誰もいない。

 ジュラールは今、普段使うことのないものをまとめて放り込んである物置の整理をしていた。用件がなければ近寄らず、放り込む時もなんの秩序もなく適当に置くだけなので、物置の中は雑然としており、全体的に埃っぽい。

「なんか声が聞こえたけど、ラルどうしたの」

 一度止めていた手を再び動かし始めると、ジュラールの後ろ、倉庫の入り口から若い女の声が聞こえた。今振り返れば、同居人であり、恋人でもあるイヴが顔を覗かせていることだろう。

 普段であれば、少し気分の高揚するその声であるが、今この瞬間には聞きたくなかった。

「いや、なんでもない。気のせいじゃないか?」

 平静を

「そう?でも精霊たちがすごくはしゃいでるみたいだから、何かあると思うんだけど」

 精霊、と聞いてジュラールは思わず視線をあげて宙を舞っているであろう精霊に目を向ける。が、しかしそこにいるのはいつものように精霊同士で戯れる姿であって、決して、イヴの言うようにはしゃいでいるようには見えない。

「ふふっ。引っかかった。やっぱり何かあったんだね。何があったの」

 座って作業していたジュラールの背中に、人の温もりと体重が押し当てられる。いつものように重心を前に傾け、結果的にジュラールの手元が、後ろにしなだれかかっているイヴから丸見えになる。

「……抜け殻?」

 果たしてそこにはイヴの言葉の通りのものがあった。より正確にいうならば蜘蛛の抜け殻である。

「そうだな」

「怖いの?」

「そんなわけあるか」

 後ろから伸びてきた手が、ジュラールの前にあった蜘蛛の抜け殻を拾いあげる。自然とジュラールは身体を引いてしまった。もしかしたら顔も引きつっていたかもしれない。

 一瞬、ジュラールの後ろが明るくなった。比喩ではない。滅多に見ることのできないジュラールの弱みを見つけ、イヴが喜び、その喜びを感じ取った精霊たちが輝いたのだ。

「ねぇ」

 後ろからかけられる体重が増す。

 その負荷を物ともせずに、ジュラールは立ち上がると、倉庫から早足で飛び出た。

「ちょっとー!どこ行くの!!」

 後ろからイヴの声が追いかけてきたので後ろを振り返れば、満面の笑みを浮かべたイヴが蜘蛛の抜け殻をつかんだ状態で追いかけてきているのが見えた。

 今日の作業はもう中止だな、と諦め、イヴから逃げる足に一層力を込めたジュラールだった。



 ジュラールとイヴの住んでいるのは山の中にある煉瓦建築だ。

 精霊が集まりやすいように煉瓦を焼くところから作ったこだわりの家で、かなりの広さがある。

 とは言っても、大人2人で追いかけっこができるほどに広いわけはなく、かと言って山の中で本気の逃亡劇をするほどのことでもないので、ある程度イヴの気が鎮まったところで追いつかれるよう調整した。

「その抜け殻を捨てなさい。話はそれからだ」

 ジュラールに言われ、渋々手に持った抜け殻をゴミ箱に入れるイヴ。

 その場からは動かず、首だけをジュラールへ向ける。

「なんでそんなに抜け殻嫌なの?」

 あそこまで必死に逃げれば、当然聞かれるだろうな、と思ってはいたが、実際にその質問をされると胸の中がモヤモヤする。

「答えないとダメか」

 ジュラールの問いに、イヴが無言でゴミ箱に手を伸ばそうとした。

「まてまてまて!そこまでしなくてもこたえるから!」

 はぁ、とため息をつき、蜘蛛の抜け殻が苦手になった事情を説明するための決心をする。

 話す、となれば、当然その時の情景が頭に思い浮かぶわけで、それだけで鳥肌が立つ。

「イヴは、霊峰の一番上まで登った事なかったよな」

 この大陸の中央。なによりも高くそびえ、雲を突き抜けるその異様は、どこからでも見ることができる。山の中腹に長寿の、民が暮らしており、そこまではイヴと一緒に登った事もある。

「山頂から飛んだ方がいいって言われたけど、ラルが中腹から飛べば十分だって言い張ったから、確かに登ってないけど……。あの上に何かあるの?」

「……でかい蜘蛛が大量に住んでるんだ。あれだけの数がいれば、餌がなくなりそうなもんだが、どうから共食いしてるらしい。で、やつらは自分の抜け殻をダミーに使うわ非常食に使うわと生態系が戦闘に特化しててな……。俺も抜け殻にはめられて何度か死にそうになった」

「抜け殻が嫌いなのって……」

「その時のことを思い出すからだ。世界でどこに行っても、あそこにだけは2度といきたくない」

「そんなに……」

 無言で頷き、頭の中から蜘蛛を追い払う。

「そういうわけだから、俺は蜘蛛の抜け殻が嫌いだ。分かってくれたか?」

「うんよく分かったよ」

 そこで、再び首を傾げる。

「でも、なんでそんなとこに行ったの?」

「訓練の一環」

「あぁ……」

 それだけで、イヴは理解が出来たようで、嫌そうな笑みを浮かべた。

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