もともと必要なかったので譲りわたす

「これを貰おう」

 馴染みの素材屋で、今度作るアクセサリーに必要な素材を買い込む。

「毎度です。あ、これちょっと余ってるんでつけときますね」

 店主の身長に合わせて低く作られたカウンターに、何か生物の牙が置かれる。あたりにほのかな木の香りが漂い、牙の周囲で木行の精霊が踊り始める。ケーミーは聖霊の挙動に頓着することなく、ジュラールが購入を決めた籠の中へと入れる。聖霊たちは、持ち上げられる牙に取り付き、途中で手を離すものや、籠の中まで運ばれるものなど反応は様々だ。

「それ、狼の牙だろう」

 いつでもある程度の需要のある素材なので、今回のようにおまけでつけていいものではない。聖霊たちのはしゃぐ姿から、健康な狼から猟師が苦労して獲ったものだろう。

「あ、見るだけでわかります?」

「そりゃわかるだろ」

 土の民であるケーミーは鉱物のことであれば目をつぶっていてもわかるようだが、動物系の素材には少し疎いところがある。

「確かに、いつでも欲しい人はいますけど、素材として余ってるのも事実なんです。ジュラールさん来なけりゃ、ちょっとずつ売りますけど、せっかく来たんであげますよ」

「そんなことばっかしてっと、また付け入られて店が傾くぞ」

「前回の騒動で、うちがジュラールさんと繋がりがあるって宣伝されましたから。ちょっかいかけてくる輩はいねーんす。だからこれは懇意にしてくれてるおまけみたいなもんす」

 そこまでいうのなら貰っておこう、と商品の詰められた籠を持ち上げる。

「ごめんください」

 店を出ようと反転したジュラールの目の前で、素材屋の扉が開き、一人の少女が俯きがちに入店する。一目で何か悩んでいるとわかるほどに、その表情は厳しい。

「や。ルンビア。どうしたんだい?また険しい表情で」

 どうやら険しい表情はいつものことらしい。

 店主の声で、一度顔を上げた。

 と、そこで初めてジュラールの存在に気がついたらしく、少女が目に見えて怯む。その驚きは、背中の翼から火の粉が飛び散るほどで、彼女が火の民であることを教えてくれる。

「え、あ、はじめまして」

「これはどうも丁寧に。まぁ、俺のことは気にせず用事を済ますといい」

 ジュラールのことが気になるのか、横目で彼のことを気にしながら、ルンビアと呼ばれた炎翼の少女はカウンターに近づく。

「あの……この間の狼の牙ってまだ余ってますか?」

「ごめん。もうないんだ。どうしたんだい?」

 やっぱりそうですよね……と、あからさまに落胆するルンビア。

「なんだ、どうした?」

 あまりにも落胆する様子が気になったので、店から出るのを取りやめ、事情を詳しく聞くことにする。

「えぇっと……こちらの方はどなたですか?」

 突然見知らぬ相手に話しかけられ、戸惑うルンビアに、当然の反応だな、と己の行動を反省する。自分の身分を明かそうと口を開く。

「確かにここには無いけど、この人に相談してみるといい。きっといい結果になるよ」

「おいっ、なに勝手なことを言ってる!!」

「いえ、ですからこの人は誰ですか……」

「この人こそ、世界を救った大英雄!ジュラール・ラファエル・オルティスその人だよ!!」

「この人が……?」

 ケーミーの紹介に、懐疑的な視線を向けてくるルンビア。

「あ、疑ってるね?」

「まぁ、そりゃあ。そんな有名人が、こんな流行ってもいない店に来るとは思えないので……。と、いうか、あなたが本当にそんな有名人であるのなら、もう少し宣伝すれば売り上げも上がるのでは?」

「お……っと。いきなり経営者に対する批判が入りましたよ?」

 ケーミーが戸惑うが、ルンビアの言っていることはどう考えても正論なので、深くは追求しないことにする。この店がそこまで繁盛してしまうとスムーズに買い物が進まなくなってしまう。もっとも、世界を救った英雄、と先ほどケーミーは言ったが、そもそも世界が危なかったことなどそれほど知られていないので、そんなことを言えば、大多数の人からは同情の目を向けられてしまうだろう。

「有名人かそうで無いかはそう問題じゃ無い。ケーミーも言ったが、ジュラールという。事情を聞けば、多少は力になれるかもしれない。狼の牙が欲しいだけなら、つい先ほどもらったところだ。譲っても構わない」

「譲っていただけるなら、譲っていただきたいのは山々なのですが」

「どうして狼の牙を必要とする?」

「狼の牙を挽いて粉末状にしたものだと、精霊が集まりやすいような気がして……。あ、私は日用品を主に製作しているんですが」

「そういうことか」

 もともと必要としてなかったものだから、と先ほどもらった牙をルンビアに渡す。

「じゃ、俺はこれで帰るから。また用事ができたら寄らせてもらう」

 今度こそ、ジュラールは店を後にし、帰路に立った。

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