散々殴られて目覚めたら

「あー。頭痛い」

 意識が覚醒し、一番初めに知覚したのは頭痛だった。一度その痛みを自覚すると、もう眠ることもできない。

「あ、起きましたね?センセーイ。起きましたよー」

 枕元から、聴き慣れた、少し前にもう一度聞くことを諦めた愛しい声がする。声の主は、陽太が目を開けるのと同時に、立ち上がり、陽太の寝ていた部屋から出て行った。ニーダの去った扉を呆然と見つめる。

「いくらなんでも対応が普通過ぎない……?」

 一応、こちらとしては正気を失った間、彼女を傷付けたのも薄ぼんやりと記憶にあるので、ここまで普段通りにされると少し拍子抜けしてしまう。あれではまるで、休みの日に昼になって起きてきた人間に対する反応だ。

「あー」

 意味もなく声を出す。声と共に強張っていた体から力も出す。最後に覚えているのは、ジュラールにボコボコにされた事。そうなる原因はわかっている。正気を失い暴れたことだ。正直殺されると思っていたし、だからこそ、さっきまでそこにいた猫耳の少女とは2度と会えないと思っていた。

 それが、こうして無事にベッドの上で目を覚ましたのは、幸運以外の何者でもないだろう。

 顔を横に倒し、そこにいた精霊に手を伸ばす。戸惑いがちに腕に寄ってくる様子は、この世界に来た直後のようで、自分が正気を失う前の状態に戻ったのだと実感する。暴走状態になる前は、なぜか精霊達が異常になつこくなっていたので、あの感覚が懐かしい。

 懐かしくはあるが、もともと動物には懐かれない質だったので、いまさら不満はない。

「お、ほんとに起きてる。頼むから襲いかかってこないでくれよ」

 戯けた口調で入ってくるのは、この宿の主人だ。確かに、正気を失って、一番初めに襲った相手はコーニーなので、あまり冗談にもなっていない。それでも、こうして会ってくれるのは恵まれているのだろう。

 コーニーの目線が、陽太の手の周りで戸惑いがちに飛ぶ精霊に向けられる。

「精霊も元どおりか。またバーサーク状態にならなけりゃいいが」

「その、バーサーク状態っていうのは?」

「簡単に言えば、体内の精霊量が極端に減って陥る暴走状態だな。そうなると今度は精霊が異常に集まってくる。お前の場合は、精霊が不自然に近寄り始めたらバーサーク化の兆候ありってところか」

 コーニーの説明に、色々と納得する。

「やっぱり俺に無条件で他の生き物が懐くわけなかった……」

「バーサーク状態なんて久しぶりに見た。このあたりじゃ、あまりならない症状だからな。で、なにか対策はあるのか?いまだに精霊は近寄ってこないなら周期的に暴れるって事だろ?」

「あぁ、それなら問題ない」

「センセーイ。英雄様ー」

「あの人が、ちゃんとお守り作ってくれるって」

 なんでも、この世界で生きるようにした責任らしい。

 どこまでも面倒見の良い人だな、と思わず笑い、ベッドから立ち上がった。

「じゃまするぞっと」

 陽太が立ち上がると、部屋の扉が開き、全体的に黒イメージの男が部屋に入ってくる。

「お、やっと起きたか」

「いや、君にボコられて月の色が変わる前に起きられるって、結構すごいことだからね?」

「む、確かにお前は俺にボコられた時月の色が2回変わってから目が覚めたな」

「嫌なことを思い出させるなよ……」

 見た目不健康そのもののコーニーとジュラールに接点があったことにまず驚きだが、二人は喧嘩をしたことすらあるらしい。

「二人はどんな関係なんだ?仲が良さそうだが……」

 陽太の問いかけに、二人の視線が一度陽太に向けられ、一人はうす笑みを、一人は天を仰いだ。

「ボコってたかる関係だ」

「……英雄?」

「それは周りが勝手に呼んでるだけ。本人は基本的に無精だし、無情だし容赦ないよ」

「失礼しまーす」

 三度扉が開けられ、両手で盆を支え、その上にコップを人数分乗せたニーダが入ってくる。

「お、猫耳ちゃん。君はヨータの恋人かい?」

「ふぇっ?」

 いきなりの問いかけに、ニーダが盆を取り落としそうになる程動揺した。

 その後、陽太とニーダにお揃いのお守りを作ってくれる、というジュラールに顔を真っ赤にする2人の姿があった。

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