ちょっとやりすぎたので罪滅ぼしに食べ物を
城下街の中、大通りから外れた道、しかし、裏通りというわけでもない。あまり人の通らない道を、時折足を止めながらイヴは歩く。
いつもであればその隣、あるいは半歩前を歩く恋人の姿はない。
もっとも、ジュラールがそれを強要しているわけではない。ただ、イヴが外に出る用事がないため、ジュラールが外に出る時、イヴもその気になればついて外に出る、というだけだ。
今日はふと友人であるフランシスに会いたくなったのだ。
ジュラールにその旨を伝えると、行きたそうにはしていたが、どうやら今作っているアクセサリーの期日が迫っているらしく、一緒には行動できないと言われた。
まぁ、たまには一人で街を歩くのもいいだろうと思い、家を出た。
街の中を漂う精霊達は、普段住んでいる近隣で目にする精霊達とは動きが違う。
何しろ人の数が圧倒的に多い城下町だ。それは必然的に人工物が多いことにつながる。
精霊達は人工物を使ってその時々の新しい遊びを思いつくらしく、その遊びは山奥の精霊遊びとはまた違った内容で、見ていて楽しい。
月の優しい光と弱々しい太陽の光が照らす道を歩いていたイヴだったが、その足が止まった。視線の先にあるのは、進路を妨害するかのように道の真ん中にある人影。
「……ラルだったら問答無用で近づいて蹴り飛ばして様子見るんだろうけど」
近くで遊んでいた精霊に手を差し出す。
遊んでもらえると思った幾匹かの精霊が差し出した手に寄り付く。
心の中で精霊に呼びかけ、道の先に転がっているモノを転がす遊びを提案してみる。
その遊びに興味を覚えたのか、手の周りに寄りついていた精霊達がイヴの視線の先で、道の真ん中に倒れているモノに飛んでいく。
精霊は、地中や建物の陰からも現れ、その数をどんどん増していく。
不審な人影に辿り着くころには、イヴが呼びかけた精霊の数倍になっていた。
その数の精霊が行動する結果に、冷や汗を流し、精霊達に制止の言葉をかけようとするが、イヴが動く前に精霊達は目標物に取り付き、一度どころか幾度も転がし続ける。
イヴが慌てて止めに入ると、精霊達は空高くに飛び逃げる。精霊が離れたことで転がされた人は動きを止めた。逃げた精霊達を見上げれば、新しい遊びなのか、大きく円を描きながら飛んでいる。
精霊達に加減をしろと言っても無意味だということを改めて痛感する。精霊王が常に頭痛と胃痛に苛まれているのも納得だ。
改めて精霊に転がさせた人物を観察する。
背中から立派な白い翼を生やしている。木の民で間違い無いだろう。まだ年若いようにみえる。地面を転がった事でやつれているし、かなり埃っぽい。
群がってくる精霊に転がされる程度には弱っているのだろうな、ということぐらいしか今はわからない。十分に元気であれば精霊に転がされるようなことはないからだ。もっとも、あそこまで大きくなってしまった精霊の集合体であれば、たとえ健康であっても、力の弱いものであれば転がされてしまうかもしれないが。
「どうしたの?こんなところで寝転がって。確かに今日は良い月夜で、太陽も一つ出ているから月光浴をするにはちょうどいいけど、流石に道のど真ん中でというのはちょっと危ないと思う」
イヴの言葉に、青年はまぶたを弱々しく押し上げる。あ、目があった、とイヴが思ったのもつかの間、顔が横に傾き、視線が外れる。
「あらら、人がせっかく声をかけてるってのに、そういうのはちょっとよくないと思うなー」
イヴがそう言えば、青年から今度は音による返答があった。
「あ、お腹空いてるのか」
ただし、それは種族共通の空腹を主張する生理反応で。
腹の虫の鳴き声を聞かれたことが恥ずかしいのか、目を閉じたままの少年の頬はやや赤くなっている。
「ちょっと待ってねぇ」
イヴは、持っていたカバンの中から葉の塊を取り出す。
その塊から一枚一枚葉を剥がしていくと、やがて中からサンドイッチが現れた。
「これ、私のお昼ご飯。一切れあげる」
サンドイッチを一つ手に取り、少年の方に差し出す。匂いにつられたのか、少年の瞳が開き、イヴの手からサンドイッチを受け取った。
身体を起こした少年は、家の壁にもたれかかり手の中のサンドイッチをゆっくりと頬張る。その様子を満足げに眺めていたイヴは、やがて自分の手の中に残ったサンドイッチを二口ほどで完食した。
「うーん……。作ってくれるのは良いけど、やっぱりラルの味付けってやっぱり薄い……」
何しろ普段から味付けはほどんどしないジュラールだ。その自覚は彼自身にもあるようで、料理をするたびに首を傾げているのを目にしている。
サンドイッチを食べ終えたイヴは、立ち上がり目的を果たすために、店の並んでいる方へと足を向ける。
後には、今だにサンドイッチを完食できていない翼人の少年が残された。
「……なんか飲み物欲しかったな」
そのつぶやきは、誰の耳にも届くことはない。
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