第789話 領主の子

 ゲオルニクス達と、食後のまったりとした時間を過ごしていたときのこと。

 遠くから近づいてくる村長に気がついた。

 小さめの馬に一人またがりパカパカと軽快な音を鳴らして近づく村長は、見るからに焦っていた。

 少し離れた場所に馬をとめ、ピョンと村長は飛び降りた。頭から落ちた帽子に気がつかず、馬がそのまま離れていく状況をも放置して、彼は困惑で頭いっぱいという調子でオレに声をかける。


「あのぅ。少し、教えていただきたいことがありまして……」


 そう言葉を始めた村長は、恐る恐るといった調子で続ける。

 村長が自宅に戻ると来客があったらしい。

 それは、領主の子オーレガラン。完全武装した従者を複数つれてやってきた彼を前にして、村は蜂の巣をつついたような騒ぎだという。

 オーレガランの目的はどうやらオレに会う事で、その他は村長に休息の場を求めた事以外は無言だそうだ。どうやら村長は、その状況に不安が募ってきたらしい。

 もしかしたら自分達が何か問題を起こしたのかと……。


「完全武装ですか……」


 武装しているという言葉が気になるが、思いあたることがない。


「いや、まぁ、大丈夫でしょう」


 緊張が走ったが、そこにイオタイトが気楽な声をあげた。

 穏やかな声で彼は続ける。


「この地を治める領主としての役目、時期的なことを考えると理由は察せられます」


 何か知っているらしい。

 その様子から、別に大したことは無いようでホッとする。


「で、理由って?」

「そうですね。せっかくだから彼らがいる場所まで出向きつつ話をしましょう」

「ここでは無く?」

「領主の子とその従者では、このような農村の子供達を目にする事はないでしょう。子供達の言動が不評を買うこともあります。無駄な厄介ごとは避けた方がいいかと」


 確かに、こんなに伸び伸びと過ごしている子供達の邪魔をするのは良くないな。


「そうだな。じゃ、歩いて戻るか」


 オレの言葉にうなずいたイオタイトは、村長へとスッと向き直る。


「村長。お前はこれよりオーレガランの元に出向き、王子がお会いになるむねを伝えよ。加え、その身を整えることを忘れないようにと伝えよ」


 イオタイトが居丈高に言った。

 村長は「ははっ」とかしこまったかと思うと、すぐさま逃げるように走り去った。


「いくだか?」


 オレ達の話を聞いていたのか、ゲオルニクスがのっそりと立ち上がる。


「そうだな。ここでオーレガランという人に会わないほうがよさそうだ」

「んだな。まぁ、今日は畑で取れた野菜をご馳走できて良かっただ」

「おいしかったよ」

「あのね。ゲオおじちゃんの作った野菜、サクサクして甘かった」


 オレとノアの言葉を聞いて、ゲオルニクスは大きく口をあけて「ガハハ」と笑った。

 それから、彼と子供達に別れをつげて、村長と共にオーレガランの元に向かう。


「そうだァ!」


 別れて少しして、背後からゲオルニクスの大声が聞こえた。


「オラ達、全部野菜を食っちまっただ。ピッキー達の分は次になるけど、きっと次ができたら教えるだよ!」


 振り返ったオレ達に、ゲオルニクスが言った。


「わかった。ピッキー達にはそう伝える!」


 振り返ってオレがそう返すと、ゲオルニクスは大きく手を振った。

 広々とした畑と青空をバックにした彼の姿は、やはり既視感があった。


「フフッ。ゲオルニクスを見て、お菓子のパッケージを思い出しました」


 既視感の正体は、カガミの言葉ですぐに思い至った。

 そうだった。子供のころに見たお菓子のパッケージだ。


「あぁ。俺もそう思っていた」


 サムソンもそれに続く。


「お菓子?」

「そうだね。後で教えてあげよう」


 ノアが目をパチクリとさせてオレを見る。さて、どうやって説明しようかな。

 イラストでも描こうかな、それとも次に元の世界に戻ったとき買って帰るかな。

 まぁ、いいや。のんびり考えよう。

 ゲオルニクスの幸せそうな姿を見ることができたのが一番の収穫で、お菓子のパッケージは些細な話なのだから。


「ところで、オーレガラン……様は、どうして武装して来たんスかね」

「それは、たまたまでしょう。武装して来たというより、武装したまま来たというのが正しいかと。ですので、ゆっくり向かえば、たどり着く頃には武装解除して待っているでしょう」

「急いで来たということですか? もう少し詳しく教えて欲しいと思います」


 カガミからの質問に、イオタイトは「んー」と少しだけ唸った。

 それから殊更陽気に語り始めた。


「ここは双子砦のモルトール……の近くですが、毎年のように収穫祭を終えた頃には、訓練が行われるのです。貴族の子弟による実地訓練ですね」

「つまりイオタイト氏は、オーレガランという人は訓練中、急遽こちらに来たと考えているわけか……」

「オーレガラン様はホストとして、もてなす立場として参加しているのでしょう。それで王子がこちらに来たと知った。王都から連絡は行っているとは思いますが、飛行島は予想以上に早かったので、行き違いになったと推測します。偶然にも近くにいたので慌ててやってきたのでしょう。王子の目的によっては領主にも報告する必要がありますしね」

「つまり、リーダのせいって事か。了解了解」


 長々としたイオタイトの説明を、ミズキが茶化す。

 なんにせよ。揉め事ではないって事だ。安心した。それに、領主の子供が慌てて来るって話を聞いて、オレはお偉いさんなのだと実感する。このあたりは、対策したほうが良さそうだ。行く先々で、先方を焦らせるのは良くない。


「あの先頭で跪いているのがオーレガランです」


 イオタイトが小さな声で言った。

 つらつらと考えて歩くうちに、オーレガラン達のもとにたどりついたらしい。

 先方を焦らせたという負い目は、ピッキー達の銅像そばでポツンと跪いて待つ彼らを見ていっそう強くなった。

 彼らは武装を解いて、質素とはいえ貴族らしい立派な服装をしていた。

 来る途中でイオタイトが語った推測は正しかったようだ。

 そして、それは挨拶の後で交わしたオーレガランとの会話で裏付けもとれた。

 ここから、少し離れた場所で訓練をしているらしい。

 貴族の子弟を鍛えること以外にも、深い森に点在する村々の側で魔物討伐をすることも目的としていて、訓練自体が領地の治安維持において大切な行事だという。

 オーレガランは話しやすい人だった。素朴というか、貴族貴族していない。


「それで武装を」

「左様です。実践的な内容で、なおかつ魔物相手なので、油断はできません」


 すっかり気楽になったオレ達と、ホッとした様子のオーレガランとの会話は弾む。


「そうだ、王子! せっかくだから見学に行きませんか?」


 弾む会話の中で、ミズキが提案する。

 訓練の見学か……悪くはない。

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