第788話 麦わら帽子
「あー。何か食べてる!」
食事をしていると、遠くから声が聞こえた。
声がした方を見ると、ノアと同じくらいの年をした女の子と、それよりひとまわり年下の女の子が向かってきていた。色あせた質素な服装から、あたりにいる子と同じ農村の子供だろう。見た感じは姉妹っぽい。
前を進む年上の方が万歳するように両手をあげて、およそ彼女が被りそうにない大きな麦わら帽子を持っている。
「ゲオルニクスの友達がきたから、野菜を収穫したんだ!」
「いつもの塩茹!」
「あとスープ!」
彼女達を迎えるように、一緒に食事をしている子供達が次々と口を開く。
そして、新たにやってきた二人の女の子は、オレ達にペコリと頭をさげた。
「完成してる!」
子供達のうち、年長らしき少年が声をあげる。
その声にニンマリとした笑顔で頷いた女の子は「あげる!」と言って、ゲオルニクスの背後からズボリと麦わら帽子を被せた。
「似合う似合う!」
パチンパチンと両手を叩き、ミズキが笑う。
確かに、ゲオルニクスに麦わら帽子はとても似合っていた。それに既視感があった。
初めて見る格好なのに、どこかで見た感じが拭えない。
「みんなで作ったんだ!」
「ほとんどが、あたしだけど」
「材料はみんなで集めた」
「でも、編んだのはあたし」
口々に声をあげる子供達の会話から、みんなで材料を集めて、あの女の子が編み上げたものだとわかった。
「こりゃ、いいだ。ちょうど欲しかっただ。帽子」
「うん。ゲオルニクスが前に帽子を見てたからな。みんなで作ってあげることにしたんだ」
「そうだっただな。お礼に、オラの畑の野菜を食うだよ」
それから女の子二人を加えて食事を再開する。
もっとも食べるのは主に、オレ達とゲオルニクスだけだった。農村の子は、いつも食べていて飽きているようだ。
ところが途中から、流れが変わる。
「先輩。13番っス」
それはプレインのこの一言から。
なんのことかと思ったら、13番と書いたツボに入っているマヨネーズのことらしい。
サッカーボールサイズのツボに詰まったマヨネーズは、甘めの味で、塩茹でした野菜にピッタリと合ったものだった。
「なにこれ。うめぇ」
そして、これが子供達に大ウケだった。
そういえばノアもマヨネーズが好きなんだよな。こちらの世界に住む子供の好みにマヨネーズは合うのかもしれない。
マヨネーズの出現により、大量にあったカブの塩茹は、みるみる数を減らしていった。
あっという間に、ツボは空っぽとなった。
「まっ。こんなもんっスよ」
勝ち誇るプレインにうなずくしかない。それほどに大好評だった。
そして大量にあった料理が、気がついてみると綺麗さっぱり無くなった。
『カラン』
空っぽの鍋底に、おたまがぶつかる音が小さく響く。
完食の合図だ。
「うまかっただァ」
そう言ってゲオルニクスがゴロンと寝転がる。
「帽子が破けちゃう!」
帽子のつばが折れ曲がった様子に、女の子が声をあげた。
声に反応し何人かの子供達がゲオルニクスに近づき、グィと帽子をひっぱり脱がせ、顔面に叩きつけるように置いた。
「うっかりしてただ」
そんな子供達に対して、帽子越しにゲオルニクスが詫びる。
「空は青いなァ」
それから彼は続けて言った。
「帽子で見えないだろ」
「いんや、網目の隙間からそっと見えるだよ」
子供からの問いに、ゲオルニクスはつぶやくように答えた。
「青い空っていいね」
ノアも続けてつぶやく。
その言葉につられるように、オレ達も真上を見上げた。
「天の蓋が無くなったんだ!」
「お前達は忘れっぽいから、すぐに天の蓋なんて忘れちまうって、父ちゃんが言ってた」
子供達から上がった声に思わず笑みがもれる。
その言葉がなんだか嬉しかった。あんなものはとっとと忘れた方がいい。
「お空の向こうには何があるのかな」
しばらくして、ノアが言った。
空の向こうか……元の世界では宇宙だったけど……。
「空の向こうは真っ暗で、星が遠くにみえて、オーロラがあったな」
「天のカーテンと呼ぶらしいです。それに魔法陣が貼り付けてあったと思います」
「そうそう。ファンタジーって感じで、綺麗だったんだよね」
同僚達の言葉で思い出す。
迷宮都市フェズルードから、ギリアに戻る途中で、空を超えて暗闇の中を通ったな。
確かに、空の向こうは夜の闇で、オーロラが煌めいていた。
「みんな、見たことあるの?」
「そうだったっスね。ノアちゃんは寝てたっスね」
そういやノアは見ていなかったな。
「空の向こうへ至る道はいくつかあります。ノアもしっかりと学べば、見ることができますよ」
ジッと青空を見つめるノアに、レイネアンナが言った。
いくつかある……か。まだまだ、この世界の事で知らないことは多いな。
「ノアサリーナ達もやりたいようにやればいいだよ。いつか叶うだ。オラの畑のように……それにしても、うまかっただな。畑の野菜」
「でもよぉ。ゲオルニクスは魔法使いなのに、なんで自分で野菜を作るんだ?」
「そうだよ。大魔法使いなのに」
「大魔法使いなら、野菜なんて育てなくても立派なお屋敷に住めるって、母ちゃんもいってたぞ」
ゲオルニクスの言葉に、子供達が反応する。
「オラが生まれたのは、ここよりも、もっともっと小さな農村だっただ」
そう言いながら、ゲオルニクスはのっそりと立ち上がりながら答える。
帽子をぐっと被り、さきほど収穫を終えた畑に近づきながら彼は言葉を続ける。
「こんまいオラには、大人はみんな大っきくて、カッコよかった。大きくなったら、沢山畑を耕して、お腹いっぱいになれるほど野菜を作るって言ったらみんな褒めてくれただよ」
こんまい……小さな頃、それは、きっとゲオルニクスが呪い子になる前のことだろう。
「ずっと、ずっと、ずーっと昔の話だなァ。昔の。沢山畑を耕して、あの頃にさんざん見た大人のようになるのが……近づくのが……出来て……良かっただァ」
彼はオレ達の方を向く事なく、収穫を終えた畑の前にドカリと座りこんだ。
「よくわかんねぇや」
なんとなく無言になったオレ達とは違い、農村の子供達にはピンと来なかったようだ。
彼らはそう言うと思い思いに遊び出す。小さな子供のうち何人かは、座り込んだゲオルニクスによじ登ったりしている。
子供達にされるがままになっているゲオルニクスはなんだか楽しそうに見えた。
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