第787話 素朴な味
収穫が終わったら調理の時間だ。
畑近くにあった家で、背中を丸めてゲオニクスが料理を始めた。
ここでも、子供達がゲオルニクスの先生役だった。野菜の切り方から説明している。
「どう見ても、台所は使ってないよな」
ザクザクと野菜を切る音が響くなか、まったく使われた形跡の無い、綺麗な台所が気になった。
大鍋を熱する石造りの釜は、今日初めて薪を入れるようだ。
「近所の人たちが、当番制でゲオルニクスに食事を持ってきているらしいです」
オレの疑問に答えたのはカガミだった。
野菜を洗う最中に、子供達から聞いたそうだ。
「そのかわりに、みんなの面倒を見てるだよ。オラの近くにいれば安全だからだでよ」
「こっちが面倒を見てるんだ」
「ハハハ、そうだったなァ」
子供達のツッコミを受けながら、ゲオルニクス主導の料理は続く。
大男である彼が背を丸めて鍋を覗き込んだり、釜の火を眺めたり……おっかなびっくりと料理を進める。
その中で、彼は魔神復活の日以降の事について教えてくれた。
ス・スによって、集められた呪い子達の殺し合いが終わったあと、彼は逆召喚でスカポディーロにもどったそうだ。
「んだども、ス・スの後を追っている途中で事は終わっちまってただよ」
「うん! リーダが倒したの」
「そうだと思っただ。んで、オラは世の中を綺麗にするための旅を再開しただ」
途中で、熊の獣人であるヒンヒトルテと合流し、二人で世界中に散らばった病原菌を撒き散らす魔道具ラザローを回収するつもりだったという。
ところが、その途中でノームから妙な報告を受けたそうだ。
「ピッキー達の銅像を見つけたっていうだよ」
なんとなしに、ピッキー達の銅像があった方角をみやる。
確かにアレは目立つもんな。そりゃノームも気になるだろう。
「それで、この村に来たんスね」
「そうだァ。んで、あと少しでたどり着くってときに、魔物に襲われているってノームから聞いてな。急いで地上に出て皆殺しにしただよ」
「ピカピカ光るゲオルニクスはすごかったんだ!」
「雷が降ってきて、魔物をやっつけたの」
ゲオルニクスの活躍は子供達からみても、すごかったらしい。
当時の光景を興奮した様子で説明してくれる。魔物の群れは沢山で、子供達は家の中から大人達が必死に魔物と戦う光景を見て震えるだけだったという。
「地面が揺れて、おっきな雷が落ちたんだ」
「それがゲオおじちゃん?」
「無敵の大魔法使いゲオルニクスだ!」
ノアの質問に、子供達が声を揃えて答えた。
ずっとダメだとか文句ばかり言っていたのに、口を揃えてゲオルニクスを褒め称える子供達が微笑ましい。
「それから、お礼をって村のみんなが言ってくれて……ヒンヒトルテが交渉して、家を貰っただよ」
村長の話では、ヒンヒトルテは出てこなかったけれど、彼が交渉したのか。
確かにゲオルニクスはそういった話をしそうにない。
「ヒンヒトルテ氏はどうしたんだ?」
「今はスカポディーロで、世界中を回っているだよ。古い資料を整理しながら思索に耽りたいそうだァ」
そういえばスカポディーロは無かった。
「出来ただか?」
スープが沸き立つ大鍋を恐る恐る見ながらゲオルニクスが言った。
「もう、ゲオルニクスが作ったんでしょ。できたの。完成!」
「まったく、ちゃんと料理に集中しろっての」
「いんや。めんぼくねぇ。だども頑張っただ。料理はほとんどしないからわからないだよ」
仕上げもほぼ子供達が主導していた。
湯気の熱気が小さな台所に立ち込め、茹で野菜の香り漂うなか、子供達はテキパキと動いていた。
いつも家の仕事を手伝っているらしい年増の子供達は料理も手慣れたものだ。
「んだら、外で食べるだ!」
そして外で食べることになった。ゲオルニクスの家は小さく、みんなが入る事ができないからしょうがない。実際に、料理中も、ミズキやレイネアンナ、ロンロにフラケーテア達双子、それから半分くらいの子供達は外で遊んでいた。あと、子犬のハロルドも。
それに、ゲオルニクスが畑の側で食べることを希望していた。
「でも、おっきい鍋があって良かったっスね」
「魔法で大きくしただよ」
念力の魔法で大きな鍋をゲオルニクスが動かし先頭を進む。
「外が寒いから、冷めそうなんだけど、なんか良い魔法って無い?」
「それならば、わたくしが燃え盛る槍を作り出し、暖を取れるようにいたしましょう」
寒いというミズキの言葉に、レイネアンナが答える。
「ノアサリーナ様を地べたに座らせるわけにはまいりません」
「私たちが絨毯を用意しましょう」
さらに畑側に、ハイエルフの双子が枯れ葉の絨毯を作り出す。
小さな一枚の枯れ葉が、その形そのままの巨大な絨毯へと姿を変えた。
「すげぇ!」
「かっこいい!」
次々と起こる不思議な光景に、子供達はおおはしゃぎだ。
口々に賞賛の言葉を贈る。
葉っぱ形をした絨毯の中央に、ゲオルニクスが鉄製の大鍋を置いた。さらにその側には、まな板に載った野菜をおく。
そして、少し離れた場所に刺さった3本の燃える槍が、場を温める。
準備はどんどんと進む。
畑ばかりの平野に、ちょっとした食事スペースが出来上がった。
「リーダ! お椀を出して、お皿に、ナイフとスプーンも!」
元気なノアにうなずき、影から食器類を取り出す。
子供達の賞賛を期待して、ちょっとだけ格好をつけた。
「精霊様だ! あたしね、初めて見た!」
ところが、ノーリアクション。
影収納は地味だったようで、子供達の興味は鉄鍋の側に座り込んだサラマンダーに集中していた。
すぐに鍋が冷めてしまうと心配したサラマンダーが、気を利かせてくれるらしい。
登場がもうちょっと遅ければ、オレが目立ったのに……と思う。
どうでもいいことだけど。
ノアは、オレが少しだけがっかりしている間もちょこまかと動いていた。
ちょっとだけお姉さんぶって子供達に食器を配っていた。
さらにはハロルドの呪いを解いたりと大活躍だ。
「戦士様だ!」
家の陰で呪いを解かれたハロルドは、子供達に大人気だった。
こちらの世界の人たちには、ハロルドはかっこよく見えるらしい。そういえば、ピッキー達もそんなリアクションだったなと昔を懐かしく思った。
そして、ゲオルニクスが「オラが作っただ!」といいながら、お椀にスープをよそって、食事がはじまった。
メニューは、カブっぽい……というよりカブの塩茹でと、カブと干し肉のスープ。
塩ゆでされたカブは、1センチ幅で輪切りにされて、葉の部分はそれより大きな幅でざく切り。スープはフワフワと綿菓子状になったカブと、干し肉、それからカブの葉っぱ。白の中に、緑が映えていて、シンプルながら見た目がいい。
「スープは、雪鍋にそっくりだと思います。思いません?」
雪鍋……そういやテレビか何かで見たな。大根おろしを大量にぶち込む鍋か。
言われると大根おろしっぽい。
「あー、なんか大根おろしっぽいよね。これって茹でただけ?」
「肉と一緒に茹でるとフワフワになるんだ」
ミズキの言葉に、子供の一人が答える。茹でるだけで、綿菓子のようにフワフワとした塊に姿を変えるとは、普通のカブに見えたけれどやはり異世界の野菜、不思議だ。
「美味しいかなぁ……」
「オイラは昨日も食った」
子供達のリアクションは薄かったが、オレ達にとってはすごくおいしく感じた。
スープは細切れにされた干し肉とフワフワになったカブが絶妙に合っている。調味料は塩しか使っていないのに、入れていないはずのダシが利いている。
しかし、熱々のスープをたっぷり吸った白い塊に、油断すると舌を火傷しそうだ。
塩ゆでしただけの輪切りのカブも美味しい。さっぱりしていてスープに合う。
「シャクって音がしておいしいね!」
ノアも美味しそうにかぶりつく。
「採れたてのブラ菜は、油と共に茹でるとほどけて膨らむとは聞いた事がある。品無く不味いので避けるべきと聞くが、ところがどうして、これはなかなか美味ではないか。下品な食べ方などという話は、農村の者が美味い代物を隠さんという企み……そうこれは企みの中の……」
ハロルドもご満悦のようで、語り始める。
「うめぇなァ! オラが作っただ! いっぱい食べていいだァ!」
と思ったら、ゲオルニクスが大きな声でハロルドの蘊蓄をさえぎった。
「あぁ、思いっきり食うよ」
オレも続いてうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます