第790話 戦象に乗る

 オーレガランの案内で訓練部隊のもとへと向かう。

 カガミとミズキが乗った茶釜と、それから4台の馬車で向かう。なんだかんだ言って、大所帯だ。馬車を操るのは村長をはじめとした村人達。ピッキー達には休みをとってもらった。せっかくだ。ゆっくりしてほしい。

 ガタタンガタタンと、大きな音を鳴らし馬車はすすむ。

 古びた布製のホロが屋根の馬車だ。車体の両サイドに向かい合う形で椅子が設置されていて、四角にホロを支える柱だけの作り。庶民的な普通の馬車だ。

 ずいぶんと久しぶりにこんな馬車に乗る。地面の震動がダイレクトに伝わり揺れるので乗り心地が悪い。

 魔法による補助の無い馬車ってこんなんだったなと思い出す。

 だけど、そんな馬車の移動も悪く無い。

 赤や黄色に色づいた葉っぱは半分くらいが地面に落ちて、森は明るい。

 ぽっかり空いた車体の前後と、ほろから透けて差し込む日差しが、車内を照らした。そこに吹き込む風も加わって開放感があった。それが心地いい。


「象がいた!」


 ノアが進路方向を指差した。ホロで覆われていない部分、御者台ごしに見える先に、象が数匹いた。灰色の象は武装していて、その背中には武装した兵士が乗っていた。


「今回の演習には第4騎士団の方々も参加しておいでなのです」


 側で並走するオーレガランが解説を始める。

 魔神復活の日、想定より若い貴族の動きが悪かったという。

 結果としていくつかの領地では魔物の襲撃により大きな被害を受けた。特に魔導具ハーモニーを毛嫌いしていたカルサード大公派だった領地の多くは、酷い有様だそうだ。

 帝国とは休戦状態だが、それもいつまで続くかわからない。領地および軍備の整備は優先的に対処すべき課題となっている。

 そういった事情で、軍備の整備に対するテコ入れ策の一つとして、今回の演習には教育係として第4騎士団が参加しているらしい。


「おお! リーダ王子! それにノアサリーナ様!」


 大きな声があたりに響く。心なしか馬車のホロが震えたような気もするほど大きな声だ。

 それは遠くに見える象の背から発せられていた。


「あっ! キユウニで大きな駒を持ってドシンドシンって歩いていた人だ」


 象の背に仁王立ちをしている男を見て、ノアが言った。


「なるほど。ノアサリーナ様は、キユウニでのゲームを見たのですね。確かにあの方は、第4騎士団長ディングフレ様です」


 オーレガランが笑顔で説明した。それからオレ達が近づくと、象の背に乗った人、そしてその周りにいる人が皆立ち上がり、姿勢をただした。

 それから象を降りた第4騎士団長ディングフレと、軽く挨拶をかわし、一緒に演習の場に行くことになった。少し前に、魔物の足跡を見つけた訓練部隊は、その足跡を追っているらしい。

 馬車から降りて、そこから先は象に乗って進む。


「我らは歩いて同行いたしますので、王子達はぜひ象にお乗りください」


 ディングフレからの提案を受けて乗った象は、なかなかの迫力だ。

 象は大きく、乗る人間が武装していなければ8人乗れる。絨毯が敷いてある四角いスペースの座り心地は悪くない。

 そんな象は、金属鎧に身を包んでいた。馬の鎧に似た上から被せるような鎧だ。それはまるで一枚の布のように、象の巨体をすっぽりと覆っている。表面は銀色をした手の平サイズの金属板をつなぎ合わされ構成していた。そのような重そうな鎧を着ているにもかかわらず軽快に、そして素早く歩く。

 カチャカチャと小さな音を立てて揺れる金属鎧は磨き込まれていて、日の光を軽く反射しキラキラと煌めく。高い背から見渡す光景は、空を飛ぶのとは違う感覚で、不思議な感覚だ。


「思ったより速い……ですね」


 興奮した様子でノアが感想を口にする。言葉の終わりのほうで、あわてて口調を丁寧にしていて面白い。


「象は見てのとおり巨体です。ゆえにその一歩も大きくなります」


 ノアの言葉に御者が答える。象の御者をしている女性もまた、第4騎士団の人らしい。

 金属鎧をきこみ、第4騎士団のマントを羽織った姿で、象の首にあぐらをかいて座っている。


「少し我らが仲間のいいところを見せましょう」


 続けて、御者が言った。彼女が手に持った杖を振るうとチリンと鈴の音が鳴り、象のあゆみが早くなった。


「わわっ」


 ノアが感嘆の声をあげた。

 チラリと象の足元を見ると、そんなに早く動いているようには見えない。しかし、あたりの景色はその動きから想像できないスピードで変わる。


「おっと。これ以上進むと、団長達と離れすぎてしまう」


 御者の言葉に合わせて象の早歩きはピタリと止まった。うしろを振り返ると、さきほどまで側にいたディングフレ達はずっと後方にいた。


「凄いですね」

「王子に褒めていただき光栄にございます。あぁ、丁度よかった」


 想像以上のスピードで走った象に驚いていると、御者の彼女が手に持った棒をスッと、進行方向に向けた。

 その先に、武装した集団がいる。剣を構える者、槍を両手にもつ者、杖を抱くように持つ者、さまざまだ。


「さて、前方にいる集団が見えますでしょうか? あれがヨラン王国の次代を担う騎士……を目指す若者達です」


 御者が続けて言った。どうやら訓練部隊に合流できたらしい。

 そして彼らは、魔物の集団と戦っていた。

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