第782話 仕事を辞める

 雲の上を飛行島は進む。目的地はピッキー達の故郷。

 自動運転なので、放っておけばいい。楽ちんだ。


「おはよう、リーダ!」


 早めに起きた朝、広々とした飛行島の庭へと出てみると、ノアが大きな声で挨拶してきた。

 朝から元気なのは、あいかわらずだ。

 ノアは白いロック鳥にカロメーを投げ与えている。

 超高速の飛行島から飛び立って、おいすがりながら上空でクルクル飛び回る白い鳥は、ノアが投げ上げたカロメーを空中でパクリと食べた。

 飛行島の速度を考えると、あの白いロック鳥は相当にスペックが高い。

 それ以降も、何事もない日が続く。飛行島がピッキー達の故郷へと進む平和な日々。

 ちょっとした空白の日々だ。その間、オレたちは元の世界での身辺整理をすすめることにした。

 まだまだ、時間の流れが2つの世界で違うが、向こうの仕事にケリをつけないと、無断欠席ということになってしまう。

 サムソン以外は、全員が退職。今後が決まっているのはオレとサムソン。残りの同僚たちは、退職後にどうするかはおいおい考えるらしい。

 ところが辞めるといっても、そこはストレスフルで自己責任な現代社会。辞めるといっても、社会人はすぐに仕事からは開放されない。

 事務手続きに、引き継ぎとやることは多い。それからタイミング。職場にあまり迷惑はかけたくない。立つ鳥跡を濁さずってやつだ。

 ちょうど、派遣先が変わるタイミングが近かったので、それを機に退職することにした。

 少しだけ働く日々は続くが、帰る場所と「おかえり」を言ってくれるノア達がいるので気は楽だった。

 そしてようやく出勤最終日……と思ったら、少し延長することになった。


「すまん! あと1日だけ引き継ぎ日をくれ! 総務にはオレから話しておくから!」


 職場で、サムソンから頼まれたのだ。ひとり残るサムソンにとっては、引き継ぎは死活問題なのだろう、彼の声から必死さを感じた。


「了解。じゃ、明日も出勤するよ」

「すまん。あと、引き継ぎはこの日にしたいんだが……ちょうど仕事が立て込んでいて、先に片付けないとマズイ」

「了解。了解」


 サムソンも大変だよなと思いながら、快く了承する。どうせ最後だ。少しくらいは融通を利かせるさ。

 ところが、オレの優しさは踏みにじられた。

 ひどい裏切りにあい、最後の仕事を終えて異世界へと戻ったのは、朝のことになった。

 ヘトヘトになったオレは、味気ない都会のビル群から、空高くを飛ぶ飛行島へと戻る。


「遅かったですね。引き継ぎうまくいきました?」

「無事なお戻りが嬉しいでち」


 家に帰ったら、ちょうどカガミと会った。

 彼女は両手で鍋を抱えていた。その後ろにはチッキーもいる。


「あぁ、仕事は終わったよ……」

「お疲れ様でした。朝ごはんいります? 食べるなら用意しようと思います」


 食べてから寝よう。そう決めて、カガミに「お願い」と言って、広間へと向かう。


「あっ、リーダ! おはよう!」

「おはよう、ノア」


 広間にいくとノアがいた。


「リーダ、あのね、フラケーテアさんに教えてもらったの」


 テーブルにお皿を並べながら話すノアに頷きながら椅子に座る。ちょっとした話もオレにとっては癒やしだ。

 ノアの話は、ハイエルフの長老はなぜゴルフが上手だったのか、その答えについてだった。

 なんでも、世界樹にあるハイエルフの里では、実益を兼ねた遊びがあるという。


「それがゴルフみたいな遊びってこと?」

「うん。先っぽの丸い矢を射ったりするひともいるけれど、木の実を投げたり棒で打ったりして、世界樹に取り付く悪い虫を落としちゃうんだって」

「へぇ」

「特にね、長老様は杖で木の実をパチーンって打つんだって」

「杖か……本当にゴルフみたいだね」


 説明を聞いて、似たようなことをいつもしているから、ゴルフが得意だったのかと納得した。

 しかもハイエルフ達はそんな遊びでも百年以上のキャリアがある。


「おはようっス。先輩もどってきたんスね」


 そのうち、同僚たちも広間へと集まってきた。


「引き継ぎに徹夜したんですね」

「あぁ……でも、引き継ぎは大したことがなかったんだ」


 食事中、カガミの問いに答える形で、職場で受けた裏切りについて語ることにした。

 追加でもうけた引き継ぎの日、オレは少しだけ遅めに出社した。

 休日出勤の青い顔をした面々に、飛び上がらんばかりのウキウキ気分を隠して挨拶し席につくと……サムソンはいなかった。

 代わりにメールが届いていた。

 なんでもサムソンは急用があって出社できないという内容だった。そんなわけで、彼の仕事を一部引き受けて欲しいということ。それから引き継ぎ事項を表計算ソフトにまとめたので、穴埋めしてほしいと書いてあった。ひどく申し訳なさそうな、平身低頭を長文にまとめた謝罪の文章だった。

 オレは困った時はお互い様とばかりに、少しだけ心配しつつも了承する。サクッと仕事を片付け、引き継ぎ資料を作ることにした。

 今日でラストだ。無給で引き継ぎはおろか、仕事だってしてやるさ。

 だが……。


「あっ、もうオチわかったからいいや」


 そこまで話をして、ミズキが言葉を遮る。それにオチとかいうな。笑い話じゃなくて辛い話をしてるんだよ、こっちは。

 まったく血も涙もない。


「いや、最後まで聞けよ」


 愚痴を途中で止められると、憤りの持って行き場が無い。


「うん! 頑張って聞くね」

「皆様は察しが良いのですね……」


 聞いてくれそうなのはノアとレイネアンナだけらしい。もっともこの2人に愚痴を言うのも、なんだか辛い。


「まったくもぅ。せっかくだから聞こうと思います。どうぞ」

「お酒もってこようか?」

「ミズキは朝から飲もうとしないでください」

「予想と違うオチだったら、お詫びに先輩専用のマヨネーズ作るっスよ」


 同僚たちの投げやりな言葉をうけて、愚痴を続ける。

 引き継ぎ相手のサムソンが不在の社内で、チクチクと作業を続けていたときのことだ。

 一つの疑念が沸き起こった。

 信用はしていた。だけど、本当に些細な疑念ではあったけれど、確認せずにいられなかった。

 だから、サムソンにメールを送った。


 ――ライブだっけ? 盛り上がってんの?


 かまをかけるのは悪いとは思ったが、そんな一文を送った。

 すぐに返事があった。


 ――まったくユクリンは最高だぜ!


「あの野郎!」


『ドン』


「リーダ、テーブルを叩かないでください」

「ごめんなさい」


 話をしていると、なんだかムカついてしまったのだ。


「サムソン先輩らしいっスね」

「それで、遅くまで仕事してたんですか?」

「いや。引き継ぎの書類は夜に終わったんだけど……やられっぱなしじゃなって思って、リベンジの作業をしてたんだよ」

「リベンジ?」

「引き継ぎ書類のファイルにパスワードをかけて、そのパスワードを自作クロスワードパズルの答えにして残してきた。めちゃくちゃ時間がかかったよ」

「まさか……その、自作クロスワードパズルを作るのに徹夜したんですか?」

「気がついたら朝になってた」


 ああいったパズルは作るのに時間がかかる。表計算ソフトのマス目を見ていて思いついたのだけれど、考えてみれば本格的に無駄な時間を過ごした。


「バカがいる。ウケる」

「くろすわーどぱずる……でしたか」

「大変だったのですね」


 同僚たちのリアクションには不満があるが愚痴ったら気が晴れた。

 それから、ノア達の反応をみて、もう仕事の愚痴をこぼすのはやめようと思った。

 とはいっても、これで自由。ブラック労働から解放されて、ついに自由の身なのだ。

 そのオレの想いのとおりに、平和な日々は再開する。


「トッキーがね、もうすぐキユウニだって」


 飛行島はハイスピードで進み続け、ついに知っている場所へとたどりついた。

 ちなみに、オレが必死になって作ったクロスワードパズルは……。


「あぁ、あれなら文字数から答えになりそうなのものを、ネットから拾って手当たり次第あてて解いたぞ。それ専用のプログラムを書くのに1時間もかかったんだぞ。酷いじゃないか」


 遅れて帰還したサムソンに文句を言うと、彼は悪びれることなく答えた。

 1時間って……作成に要した時間より圧倒的に短い。

 ちくしょう。

 次があれば、ランダムな文字列を答えにしようと誓った。

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