第781話 電池切れ
夜空の中でのダンスは延々と続いた。ノアは本当に楽しそうに笑いながらはしゃぐ。
大盛りあがりのノアに振り回されるオレはついていくのがやっとだった。
ゼェゼェと息が上がる。
そんなとき、パッとノアが手を離したかとおもうと、ドサリと倒れた。
勢いがついていたノアの体は、地面を少しだけころがる。
「え?」
ノアはピクリとも動かない。
前触れもなく倒れたこともあって、とても焦ってしまう。
レイネアンナも真っ青だ。先ほどまでの楽しそうな表情とは打って変わって無表情になった。
「ノア、ノア!」
サッと倒れたノアに、レイネアンナが駆け寄り声をかける。
「少し待ってください、今エリクサーを……」
オレが影からエリクサーを取り出した直後の事だ。ノアのそばにしゃがみ込むオレ達を隠す影ができた。
影の主は、ハイエルフの長老だった。彼は音もなく近寄ったかと思うと、オレ達を見下ろしていた。
「ノアサリーナなら、大丈夫じゃよ」
長老様が笑いながら言う。
「ノアが倒れた理由が分かるんですか?」
「寝ているだけじゃな」
「ねて……寝ている?」
いや、先程まで起きていたじゃないか。眠たそうな雰囲気はまるでなかった。
「よっぽど今日という日が楽しかったのだろう。自分の限界すら気が付かぬほどに。そして、この場には全てを任せて足りる安心感があったのじゃろう」
納得のいかないオレに対し長老が穏やかな調子で説明する。
とりつくろう必要がないから、限界ギリギリまで楽しんでいたってことか。
あたりを見ると、テストゥネル様も笑顔でみていた。
大事って事はないらしい。
「そうですか。びっくりしました」
いや、本当に。シャレ抜きでびっくりした。
「まったく、この子は……」
安心したレイネアンナが、微笑みながら言いノアの額をなでる。
そうだよな。母親がすぐ近くにいるのだ。そりゃ、限界ギリギリまで遊んでいたくもなるか。
「このまま寝かせてあげましょう。オレがベッドまで運びますよ」
オレはノアを抱えあげる。地面に寝かせたままは駄目だろう。それにしても本当にノアは軽い。それでも最初に出会った時よりも背は伸びて大きくなった気がする。多分。
「ベッドに寝かされたあとは、私達が」
「整えの魔法をつかいますので」
ノアを抱え上げたオレに、ハイエルフの双子であるファシーアとフラケーテアが駆け寄ってきて言った。
「整えの魔法……ですか?」
「身を清め、服を着替える魔法です。ノアサリーナ様を起こすのは可哀想ですもの」
「そんな魔法があるんですね。それはいい考えだ」
確かに、土で汚れたドレスを着たままってのはまずいな。
「では、妾達は帰ることにしようかの。主賓が退場するのじゃ、残りの者で楽しむのは酷というもの」
テストゥネル様が言う。
その言葉をかわきりに、お開きムードになった。
「じゃあ、またね」
クローヴィスが別れを口にして母親であるテストゥネル様と一緒に消える。逆召喚の魔法で帰ったのだろう。
「では、ワシらもおいとましようかのぉ」
続けてハイエルフの長老がいい。縦ロールの派手な髪をした人型の金龍リスティネルが、そんな長老に伸ばした人差し指を向けると、彼は消えた。
「逆召喚……ですか?」
さり際、一瞬、何かを言おうとした長老を見てカガミが疑問を呈す。
「そう、カガミの想像どおり。ファシーア達の召喚魔法により我らは参ったが、ここが時間まで維持したのは私。まぁ、別れの言葉くらい、それぞれ言いたいだろうゆえ、一人ずつ返すことにしたのよ」
「あの……守り神様、フリユワーヒ様は別れを言う前に帰されてしまいましたが……」
「ん、シューヌピアよ。そうであったか。うっかりしておったわ。オーホッホッホ」
「静かになさってください」
馬鹿笑いするリスティネルを、フラケーテアが非難する。
「我らは、この場の片付けを手伝ってから帰るべきだろう」
そして続けて、カスピタータがハイエルフ達に提案する。というか、最初の挨拶以降、彼がしゃべったのは2回目な気がする。
「そうですね。兄さんのいうとおりですね」
「では、私とカスピタータで余り物を平らげることにしよう」
「ふざけないでくださいまし。トゥンヘルおじさま」
カスピタータの提案に頷いたハイエルフ達が、軽口を叩きながら、テキパキと場を片付け始めた。
そんな彼らにあとをまかせて、オレはノアを寝室に抱えていく。
「よくよく見ると、すごいな」
家の内装は見事だった。廊下には何点か絵がかけてあり、床の絨毯には切れ目が無い。天窓はステンドグラスになっていて綺麗な絵が形作られていた。そして扉の一つ一つに、控えめだが綺麗な彫刻が施してあって、使うのがもったいないくらいだった。
「ギリアの街の職人が、力をあわせ作ったのものです」
フラケーテアが言った。続けての説明で、ギリアにいた大工や、トゥンヘル、そしてドワーフの職人までもが一致団結して作ったものだと教えてもらう。ちなみに、飛行島に植えてある木々もギリア中の職人が持ち寄ったものらしい。
ノアの寝室もすごかった。
天蓋付きのベッドに、机と本棚。タンス。どれも立派な代物だ。
「先約がいますね」
部屋に先行し、ベッドの垂れ幕を開いたレイネアンナが、おかしそうに笑った。
彼女が指差した先には仰向けになって大の字で寝たカーバンクルがいた。
「見ないと思ったらいつのまに」
こいつはこいつで馴染んでいるな。
「ではノアサリーナ様をベッドに、あとは私達でやりますので」
カーバンクルをすくい上げるように取り除いたファシーアに言われる。
その言葉に従ってノアを寝かせ、あとのことはまかせ部屋を出た。
通路の窓越しに、星あかりにてらされて、テキパキと動く同僚たちとハイエルフが目に入った。
オレも手伝うかな。
ちょっとだけ駆け足で、家の外へと向かう。
いろいろあったが、楽しくにぎやかなノアの誕生日は、こうして過ぎていった。
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