第780話 夜空の中で
「もぅ!」
去ったミランダを見届けてノアが言った。
そして、ケーキがおいてあるテーブルに大股で歩いていく。
「ノアノア、やけ食い始めちゃった」
茶釜に乗ったミズキが近寄ってきて笑った。
見るとたしかに、ムシャムシャと、ケーキをはじめとした料理を手当たり次第に食べている。
「ノア……」
その様子を眺めていたレイネアンナだったが、しばらくしてため息交じりにノアの方へと歩いていった。
「レイネアンナさんも大変だよねー」
茶釜の背から、子うさぎに世界樹の葉をちぎってあげながらミズキが笑う。
ボーッとみていると、レイネアンナはノアに何かを語りかけ始めた。小言かな。
もっとも、そんなやりとりはすぐに終わり、2人はすぐに踊りだした。
遊びながらもレイネアンナからダンスを習っているようだ。
続いてプレインがギターのような楽器を使って演奏を始め、ハイエルフ達やピッキー達獣人もそれに続いた。
「リーダ! ゴルフのセット出して!」
ダンスが一段落すると、ノアが近寄ってきて言った。
次はゴルフをするらしい。
影からゴルフ道具一式をだしてあげると、ノアが抱えて駆け出していく。常に動き回っていて元気な様子を見ているだけで楽しい。
「リーダも!」
「了解」
ゴルフにはオレも呼ばれた。
「ボクのは自分専用なんだ!」
クローヴィスは専用のゴルフクラブを用意していた。持ち手は革張り、赤一色で、狼の頭を模したヘッドは目がピカピカと点滅している。作り込まれたゴルフクラブだ。
「それは魔法の道具なんスか?」
素振りする度に、キラキラと光の軌跡を残すゴルフクラブを見て、プレインが尋ねる。
「魔法の効果は光の煌めきだけじゃ。道具のせいで負けたとリーダに言われると、クローヴィスが可哀想だからの」
その質問に答えたのはテストゥネル様。まったく。オレの心はそんなに狭く無い。
飛行島の外へと打ち出して、魔法のリングをくぐらせる魔法のゴルフ遊びを皆で楽しむ。盛り上がった勝負はクローヴィスのトップで終わった。次は長老様。
そう、ゴルフにはオレたちだけでは無く、ハイエルフ達も参加したのだ。しかも、ハイエルフ達は全員が妙に上手い。
「たまたまじゃよ」
どうして強いのかと尋ねるノアに、長老が楽しげに笑って答えた。
「ぜったいに、何か秘密があるんだ」
ノアはニヤリと笑った長老を見て訝しげだ。
それから次はボードゲーム。遊ぶ内容を次々と変え、たまに音楽の演奏などをはさみ、誕生日会は延々と続く。
「焼き立てでち」
日が落ちる頃に料理の追加がされる。熱いスープに焼き立てパン、それから何かの丸焼きに、異世界果物である巨大ぶどうグラプゥのバター焼き。
「これ、いつの間に?」
「トゥンヘル様が、召喚してくださったでち」
テーブルに料理を並べているチッキーが言うには、ハイエルフ達がギリアから召喚したものだという。
なんでも、今日の日のために、あらかじめギリアの酒場で注文しておいたらしい。
そして、料理がそろったことをリスティネルが遠視で確認し、ハイエルフ達が召喚したそうだ。
「久しぶりに食べると思います。思いません?」
「うん! ギリアのお料理!」
「これって、あれだよね。巨人のパン」
「キャンキャン!」
「ハロルド様、申し訳ありません。我らでは、すでに呪いを外せないのです」
「キャウゥン……」
盛り上がる皆と、落ち込むハロルド。
子犬の姿だけで考えると、不憫に感じてしまう。実際はいい年したおっさんだけど。
「まぁ、落ち込むなよ。明日、取り寄せるからさ」
そんなハロルドに近づき慰める。明日になったら白孔雀を飛ばして、それから頃合いを見て神の力で取り寄せればいいだろう。神々がおとなしく話を聞いてくれたらの話だけど。
「ふぅ。今回だけであるぞ」
落ち込むハロルドに、テストゥネル様が声をかけた。
次の瞬間、ハロルドの呪いが解ける。さすがは龍神といったところだ。
「おぉ! さすがはテストゥネル様!」
「明日の日の出まで、解除しておいた。せっかくのノアサリーナの誕生日ゆえの」
「かたじけない。拙者が手配したよりどりみどりの食事。堪能できぬとこでござった」
ハロルドは呪いから開放されて、食事へとありついた。
そして食事の中で、日はすっかりおちて、満天の星空が見えた。
飛行島の周りはなにもない。180度、夜の闇ときらめく星。
そろそろお開きかなと思いつつ、星空を楽しむ。
ところが、そこからがクライマックスだった。
「わぁっ!」
星明かりでほのかに照らされた飛行島に、シューヌピアの驚く声が響いた。
トッキーとピッキーが、光る棒を使った踊りを披露したのだ。
前にサムソンが作った魔導具。アイドルを応援するときに使うサイリウムを模した魔導具だ。
光る棒が、空中に不思議な模様を描く。
彼らは茶釜の子供達である子ウサギに乗って、クルクルと回りながら踊る。
まるでロデオのように大きく揺られる子ウサギの背で、獣人達はサイリウムの魔導具を見事に操ってみせる。
「凄いな。トッキー君達は、自分のものにしているぞ」
サムソンが驚く程のレベルで、彼らは動いていた。
彼らが持った光る棒は、見事な光の模様を描いている。
さらに、2人が描く円の中央にチッキーとノアが駆けて行き、サイリウムの魔導具を振り回し始めた。
そこにプレインが再び演奏を始める。
再び音楽と踊りの時間が始まったわけだ。
「わははー」
横になった茶釜にもたれかかったミズキが上機嫌で笑う。
シューヌピアとカガミも一緒にもたれかかって大騒ぎだ。見た感じ、3人のとも酔いが回ってハイテンションだ。
「作って良かった」
海亀の背からのんびり見下ろし眺めていると、背後に立ったサムソンがしみじみと言った。
確かにそうだ。スプリキト魔法大学の選挙中は、ロクでもないと思ったサイリウムの魔導具だが、いいものに見える。
皆が代わる代わる踊り始める。
シューヌピアとフラケーテア達双子、3人のハイエルフもサイリウムの魔導具を獣人達に習いつつ踊る。
「リーダ! 踊ろう!」
そんな中、ノアが両手にサイリウムの魔導具を持って駆け寄ってきた。
「いってこいよ」
どうしようかと思っていると、側にいたサムソンが言った。
それから「ノアちゃん、サイリウムの魔導具は俺が持っててやるぞ」と言って、海亀の背から飛び降りサイリウムの魔導具を受け取る。
しょうがないか。
「じゃ、ちょっとだけ」
ピョンと海亀の背から飛び降りると、ノアがパッとオレの手を握ってひっぱった。そうして皆が踊る場所に向かう。
皆が踊るスペースにオレとノアが行くと、その場にいたハイエルフ達がスペースを譲ってくれた。
「がんばれー!」
酔いの回ったミズキが掛け声をあげる。
「じゃ、クルクル回るね!」
ノアがオレを見上げて言った。海亀の背から、ずっと皆の動きを見ていたこともあって、何をすればいいのかがなんとなくわかった。
右手をノアの頭上に掲げたり、あるいは前にステップ、後ろにステップ。適当な動きでもなんとかなった。というより、ノアがうまく合わせてくれているようだ。
「ママも!」
踊りながらノアが声をあげる。突如、名を呼ばれたレイネアンナは困惑しつつも、周りに囃し立てられ小走りで近づいてきた。
「ノア! いきなり呼んではいけません」
「いいの!」
ノアは元気よく答えながら、レイネアンナに抱きつくように飛び込んだ。それからサッと身を翻し踊りだす。
今度は母親と踊りたいらしい。すごい元気だよな。まる1日、延々とはしゃいで。
「リーダも踊るの!」
レイネアンナと入れ替わるべく距離を取ろうとしたオレの手を、ノアが右手でグッと掴んだ。
つづけてレイネアンナの手を左手で掴んだノアは、オレたち2人を振り回すように、勢いをつけてグルンと回る。
「ノ、ノア」
焦った声をあげつつも器用にステップを踏むレイネアンナと、それどころじゃないオレ。
ノアはとっても楽しそうに、オレたちを振り回す。
「ノア! リーダ様が困りますよ!」
「いや。今日は、誕生日ですので」
慌てふためくレイネアンナに笑って答える。今日はノアの誕生日。やりたいようにやればいいし、付き合うさ。
嬉しそうに笑って自由に動きステップを踏むノア。振り回されながらも、オレは必死になって踊る。これはこれで存外楽しい。
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