第779話 戦いの顛末
ハロルドが遠くで叫んでいる。
「なんと美しい四角! 調和の取れた甘み! これこそが伝説! それは昼の大空に颯爽と姿を見せる眩く四角輝く星! 夜よりの闇よりいでし星の煌めきが、拙者の助けを待っていたのだ。そこにからむ甘いシロップ。蜂蜜? いや、違う! 拙者にはわかる。これはただの蜂蜜ではない。ほんのりと漂う酒の香り。そうか! 蜂蜜酒か! 蜂蜜に、ほんの少し蜂蜜酒をまぜているのか! これこそが……」
相変わらず長い。
先程から延々とハロルドが世界樹の実を使用したケーキを食べて喋っている。
存在を忘れていて申し訳ないと思っていたけれど……。どうでも良くなった。
「ご機嫌だなぁ」
「ハロルド氏、論評を初めてから3分経ったぞ」
ハイエルフ達とノアを観客に進むハロルドの独演会。
それをぼんやりと海亀の背に座って眺めていたら、側にいたサムソンが腕時計を見つめ言った。
本当に長いな。よくあれだけ語る事があるものだ。
「あの独演会が終わったら、オレも食いにいこうかな」
「俺の分も頼むぞ」
ハロルドの独演会は、ケーキだけでは飽き足らず他の料理にもコメントは及び、10分以上も続いた。
「このケーキ、夜空の星で、素敵なダンスで、大地の宝石なんだって!」
ちなみに全てを余さず聞いたノアは、ハロルドの独演会が終わるやいなや、ケーキをいくつか皿によそってもってきてくれた。
海亀の背から身を乗り出し、ノアから皿を受け取る。
ハロルドの絶賛を受けたケーキは、小さなホットケーキの上に黄色い立方体がのせてあって、シロップがかけてある品物だった。
ちょうど、丸いホットケーキにバターと蜂蜜をかけた感じ。もっとも上に乗っているのはバターではない。それは巨大な世界樹の実をサイコロ状にカットしたものだ。時間がたっているにもかかわらず、しっとりと熱い。ほんのりとバニラっぽい香りが漂う。
「上のコレ、栗の甘露煮って感じだぞ」
「確かに」
「クリノカンロニ……でしたか」
オレを海亀の足もとから見上げたノアが神妙に頷く。確かにサムソンのたとえ通りの味だ。栗によく似た味で甘すぎなく丁度いい。
いくらでも食べられそうな、控えめな味がとってもいい。
「栗ってどういう食べ物なのかしら?」
もぐもぐとケーキを食べていながら話していると、ふと背後から声が聞こえた。
「あぁ。結構小さな木の実でね……って、ミランダ!」
何気なく答えると、その質問の主はミランダだった。彼女はいつの間にか背後に立っていた。驚くオレなどお構いなしに、皿にあるケーキをジッと見ていた。世界樹の実で作ったケーキを。
本当に神出鬼没だな。
「ミランダ、何しにきた!」
すぐさまノアが臨戦態勢になった。
「何って、貴女の誕生日を祝いにきたんじゃない。それで、食事を楽しんで、リーダと踊る順番を待っていたら、いつの間にか皆いないじゃない? もうびっくりしちゃってね」
腕を組んで難しい顔をしたノアを、海亀の背から見下ろしたミランダが楽しげに語った。
「うん。祝ってくれてありがとうミランダ。早く帰れ」
対するノアは、ミランダの話が終わるやいなや即座に答えた。取り付く島もないといった感じだ。
「あらあら、酷い。そうだ、酷いっていえば、勇者エルシドラスも酷いのよ。私はただ遊び……いや、祝いにきただけなのに、すぐさま私の変装を見破って冷たく言い放ったの。正体を隠す貴女を信用しない。だが誰かは問わない、祝いの席ゆえ……なれど、すぐに立ち去っていただきたいってね」
ミランダはヘラヘラ笑い楽しそうに反応した。
「聞いてないの!」
「つれないわねぇ。でも、ノアサリーナ。貴女は私にお礼を言う立場だと思うのだけれど?」
「お……お礼?」
「えぇ。魔神復活の日、ピーピー泣いていた貴女を助けたのは、このミランダでしょ?」
「ピーピー泣いてない……もん」
「あら、そう。でも、助けて上げたのは本当でしょ?」
「それは、そう、だけど……」
「だったら、お礼を言うべきではないかしら? リーダもそう思うわよね?」
敵愾心むき出しのノアを、あっさり言いくるめたミランダが質問してくる。
確かに、ノアも助けてもらったと言っていた。
「たしかにそうかもな。ところで、ノアと別れたあとはどうなったんだ? 無事だというのはゲオルニクスから連絡があったけど」
「あのあとは、ス・スに自我を奪われた呪い子達との殺し合い。死体は蘇り、アンデッドとなって襲いかかってきた。何度も何度も、起き上がるたびに殺したけれど、延々と続いた」
「大丈夫だったの?」
一転してノアが不安げに質問する。その言葉を聞いたミランダは、静かに微笑むと海亀から飛び降りた。
そしてノアへと近寄りながら口を開く。
「私とゲオルニクスの2人だけでは危なかった。でもね、あの場には正気を保っていた呪い子が後2人いた。強力な火を吹く老人ノーアンザリナと、踊り狂い……触れる物を切り裂くアッシリアという2人が」
「ミランダの味方だったの?」
「えぇ、そうよ、ノアサリーナ。戦っている最中に、同盟を結んだの。それで4人で協力してアンデッドとなった呪い子達を粉々にして……そして私達は勝利した」
「そっか」
ほっとした様子のノアを見て、ミランダがニヤリと笑う。
また余計な事をしそうな感じだ。
「ということで、ノアサリーナ。お前は私にお礼を言うべきだと思うのだけれど。ミランダ様、あのときは助けていただきありがとうございますってね」
予感を裏付けるように、ミランダが笑みを浮かべ、ノアを見下ろした。
「はいはい。ミランダ様、あり……」
「ちょっとお待ち」
お礼を言いかけたノアを、ミランダが手を突き出し止める。
「なに?」
「お前はもう12歳。いつまでも子供ではなく、大人の仲間入りも近い。そうであれば、苦手な相手にも笑顔で接する術を手にする必要はあるはず。そうでなくては、リーダの手伝いもできなくなるのだけれど」
「むぅ」
「理解しているようで何より。そこで、せっかくだ。私が練習台になってあげる。それをもってお前の誕生日祝いとしよう。さぁ、笑顔でお礼を言ってみなさい」
ミランダの言葉に、ノアなりに思うところがあるようだ。
しばらく難しい顔をしていたノアだったが、サッと無表情になり、それから微笑んだ。
「ミランダサマ、アノ、センジツハ……」
ところが喋り始めると、ノアの微笑みが消える。よっぽどミランダにお礼を言いたくないらしい。
その様子がおかしくて、笑ってしまいそうになる。
「ノアちゃん、片言になってるな」
サムソンがボソリとつぶやいた。
「ちょっとお待ち」
そんな必死になっているノアの態度に、またもやミランダが口を挟む。
「なに?」
「せっかくだ。敬愛し、尊敬するミランダ様って言ってほしいわ」
ミランダはとても楽しそうに、弾む口調で言い放った。
「なんで?」
「練習よ、練習。ほら、にこやかに言いなさい。尊敬し! 敬愛する、ミ、ラ、ン、ダ、様って」
怪訝な表情のノアに、笑顔のミランダが言う。
それからミランダがズイとノアへと顔を近づける。ニヤニヤと笑う姿に、からかう意思がはっきりと見て取れる。
そんな態度をされたノアは相当苛ついているようだ。先程からギュッと握った両手がプルプルと震えている。
ふと見ると、レイネアンナが心配そうな顔で遠巻きに見ていた。同僚たちを始め、皆が2人に近づき遠巻きに見ていた。
「ミランダ様……」
ようやく意を決したノアがお礼の言葉を口にしかける。今のところ、やや硬いが笑顔だ。
「敬愛し、あこがれの……が漏れているのだけれど」
ミランダがまたもや口を挟む。
その声を聞いて、ノアがグッとうつむいた。
「ど……」
そして、うつむいたままのノアが、振り絞るように声をあげる。
「ど?」
その言葉に、ミランダがかがみ込む。それから再びノアの顔を覗き込んだ。
「どっかいけ、ミランダ」
覗き込むように見つめられたノアが言い放つ。
「あっはははは。まだまだ子供よねぇ。お前は」
ミランダが大きな声で笑った。それから、ノアの頭をグシャグシャとあらっぽく撫でつつ言葉を続ける。
「まぁ、いいわ。とっても面白かったし、それで良しとしてあげる」
そう言うとミランダは飛行島の端まで歩き進み、ビュウと小さな吹雪を起こして消えた。
「ノア。ミランダ様のせっかくの好意をむげにしては駄目ですよ」
声を殺して皆が笑うなか、レイネアンナがノアに近づき苦言を呈す。
「ミランダは悪い奴だからいいの!」
ほっぺを膨らませたノアは母親に言い返した。ムスっとした顔はまだまだ子供だ。
どうやらミランダに勝つのはもっと先の事だな。きっと。
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