後日談 その2 出世の果てに

第769話 閑話 ノーズフルトの嘆き(王都ヨラン、堅牢なる砦リブラの長ノーズフルト視点)

 仕事を終えた私は、夜明け直後の未だ暗い空の下、馬を駆る。

 空を浮くランタンの魔導具が、馬の鼻先に舞って暗い帰り道を照らす。


 『ダダダッ……ダダダッ……』


 静かな道、馬の蹄が地面を蹴る音がリズミカルに響いた。

 夜が終わり、朝を迎えるまでの僅かな時間。本当にこの時間は静かだ。

 いつもであれば仮眠を取ってから帰宅するのだが、今日は特別。

 キトリア領ロンボ村に送った部下より、報告の書面が届いているのだ。

 故郷であるキトリア領。その地を覆う森に点在する村の一つ、ロンボ村。

 それは一見、よくある農村の一つだ。

 ところが聖女ノアサリーナ様の従者ピッキー、トッキー、チッキーの出身地となると話は変わる。

 私の運命を変えた出会いの土地でもある。

 そう、ノアサリーナ様、そしてヨラン王国王子であるリーダ様との出会いがあった場所だ。

 あの出会い以降、先行きの見えなかった私の人生は大きく変わった。

 勇者の軍で出世を続け、魔神との戦いが終わりを迎えたのちは、王都を守護する砦の一つを預かる身となった。王に直接進言できる立場、ある意味、領主である父上と並ぶ立場になったわけだ。一族の皆が、驚くほどの出世。


 もっとも、それは期限付き。


 砦の本当の主人が、怪我から復帰するまでの一時的な立場だ。

 それが終われば城勤め。確かな役職が約束されているが油断はできない。

 しかし成功はしている。王都の外れに設けた自分の家を見る度に、その成功の程を理解する。


「待っているのか……」


 先触れを出していたからだろう。

 巨大な庭を要する我が邸宅には明かりが灯り、使用人が待っていた。


「お帰りなさいませ、旦那様」

「出迎えご苦労。連絡はあったかい?」

「はい。こちらに」


 待っていた使用人に声をかけると、すぐに報告書と手紙が差し出された。

 部下からの報告書と、そしてロンボ村の村長から届いた文だという。

 使用人の手際の良さに満足した私は、すぐに報告書と手紙を受け取り、書斎に駆け込んだ。

 書斎の暖炉には小さく火が入れてあり、部屋は暖かかった。

 朝方の冷気に晒されていた身には心地よい。

 とりあえず、村長からの手紙を先に読むことにした。

 封蝋してある文。その仰々しさに不安を覚えたというのが理由だ。

 今回の報告、そして文は、聖女ノアサリーナ様、そしてヨラン王国の王子リーダ様がロンボ村を訪問した事に関するものだ。

 父上からの一報では、大きな問題は起きなかったと聞いてはいるが、やはり詳細を知るまでは安心できない。

 なんといっても、私の今後にかかわることなのだ。

 そんなわけで仰々しい村長からの手紙を読む。


 ――ノアサリーナ様、そしてリーダ王子は、満足し帰られました。

 ――もちろん、ノーズフルト様のお言葉があったことは伝えました。

 ――リーダ王子はノーズフルト様と少し話をしてみたいと言われていましたぞ。


 いろいろと書いてはあったが、大事なのはこのあたりか。

 他にも、ピッキー達の両親を村のしかるべき役職につけたこと、安全のため村の柵を整備した事などが書いてあった。

 それにしても、思ったよりもあの村長は仕事ができるらしい。

 念の為にと手配した援助を最大限利用し、村の拡張と魔神との戦いで被災した人々の受け入れなどもおこなっているとある。

 いや、油断はできない。

 自画自賛という事もある。

 続けて、本命である部下からの報告書に目を通す。

 村長の手紙にある内容と、報告書に、大きな相違はない……ん?

 ……え?


「旦那様……旦那様?」


 入り口側に立った使用人に呼ばれ、ハッとした。

 報告書に記されていた恐るべき内容により、少しのあいだ、茫然自失としていたようだ。


「あぁ、いや、少し、少しだけ一人にしてくれ」


 暖かい飲み物を持ってきてくれた使用人からカップを受け取り、そう追い返した。

 ポツンと残された部屋で一人頭を抱える。

 村長の文は確かに正しい内容だった。報告書と大きな齟齬はない。

 しかし、ヤツの考えは、私が想像していた便宜とは大きく方向性が違うようだ。

 認めよう。あの村長はずいぶんとやり手だ。

 報告書を読み、ここまでの事をするとは……と、正直思った。

 他人事なら笑って済ませるだろう。

 だが。

 この件には、私の将来がかかっている。

 誰も止めなかったのか、やり過ぎという言葉を知らないのか。


 ――リーダ王子はノーズフルト様と少し話をしてみたいと言われていましたぞ。


 手紙にあった一文が頭をよぎる。なんだかお腹が痛くなってきた。

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