第768話 閑話 リーダのお仕事(ノア視点)
一日が終わり、私は手にしたペンをクルリと回す。
それから小声で詠唱して、魔法のペンに魔力を流した。
『パチン』
泡の弾ける音がしてペン先が青黒く光る。
続けて、ノートをパララと捲って真っ白いページにたどりつく。
これで準備は完了。毎日の日課にしている日記を書くのだ。
今日書くことは決まっている。
「リーダのおしごと……と」
タイトルをパッと書いた。
そして今日の事を思い出しながらつづっていく。
「王から許しが出ました。こちらへどうぞ」
今日の朝、エティナーレさんが言った。
リーダがお仕事するところを見たいと言った私のお願いを、王様が叶えてくれたのだ。
続けて案内してもらった先は、王城の一室。庭に面した場所にある謁見の間だ。
部屋というより通路の一部にも見えた。入り口になる立派な扉から赤い絨毯がのびていて、その先は部屋の突き当たりが段々になっている。さらに先には椅子が2つあった。
「えっと、左側の壁が無くて……柱があって、庭……と」
思い出しながら、少しだけ絵を描いた。
入り口から見て左側の壁は無い。その代わりに何本も柱が立っていて、柱が庭と謁見の間を分けている。それがわかるように、部屋の見取り図を描く。
部屋の突き当たりは段々になっていて、奥には椅子が2つ。
庭側の方にはリーダの椅子。奥が王様の椅子。
「あとは、謁見の間の説明も書かないと……」
描きながら、朝の事を思い出す。
そうそう、エティナーレさんは、謁見の間に隣接する庭を歩きながら説明してくれたんだった。
たしか……。
「ノアサリーナ様が初めて王と謁見したのは、最も格式ある謁見の間です。今日のこちらは……比較的近しい人との謁見に使う場所になります」
「近しい人?」
「えぇ。謁見の後、お茶会をおこなったり、立ち話に移行できるように、庭の側に謁見の間はあります。今日は天気も良さそうで、日の差す王座は見栄えもよろしいですよ」
そこまで思い出し、ペンを置いて窓越しに空を見た。
今日は一日ずっと良い天気だった。
エティナーレさんから、謁見の間について説明を聞いて……。
それから私……いや私達は庭からそっとリーダの活躍を見ることにした。
再びペンを手にとり、私は謁見の間でのやり取りを思い出す。
「姿隠しの魔法を施します。これで皆様のお姿を謁見の間からは見ることができないでしょう」
エティナーレさんが魔法をかけてくれた。
皆に。
そう、皆。リーダがお仕事をするところを見ていたのは私だけでは無かったのだ。
「姿隠しとはいえ、あまり騒ぐとバレてしまいます。あちらの木々に隠れ、こっそり見ましょう」
まずママ。
「お茶を用意したでち」
そしてチッキー。トッキーとピッキーは、お城の大工さんから今日もお話を聞くらしい。
「バレてもいいよ。リーダだったら許してくれるって」
それからお姉ちゃん。
「小鳥のさえずりを伝える風を送りましょう」
「王座を軽く光らせるべきでアル」
「てやんでぇ」
お姉ちゃん以外の精霊達。
「あのね、いつも演出すると皆、飽きちゃうんだって。それに見物人が少ないのはダメかもって」
ヌネフにグレゴリアスがいるので、すかさずリーダからの伝言を口にする。
「ふむぅ。それは一理ありますね」
「……てやんでぇ」
「次回のため、情報収集に努めるべきでアルな」
皆も納得してくれたので、お手伝いはこれでおしまい。これでバッチリ大丈夫だ。
今日のお仕事は一人で頑張りたいとリーダが言っていた。
上手くお手伝いが出来たことは、嬉しい。
そうこうしているうちに、リーダと王様、それからマルグリットさん達黒騎士や役人が謁見の間に入ってきて準備を始めた。
リーダはお城の人から難しい顔をして話を聞いていた。とっても大変そうだった。
「王よ。勇者エルシドラス様を招いてよろしいでしょうか?」
「あぁ。問題無い」
そしてマルグリット様の言葉で、リーダのお仕事が始まる。
今日は2組の人達が、リーダとお話をした。
最初が勇者エルシドラス様。
「先頭を進まれているのがエルシドラス様。カルサード様の第5子にして、魔神を討ち滅ぼした勇者です。それから若き賢者コンサティア様、治癒術士カドゥルカ様、ドトーケオ様、トルバント様、アクアリス様と続きます」
扉をくぐりリーダ達の方へ歩き進む人達の事を、私の後に立ったエティナーレさんが教えてくれた。皆、元気が無かった。それと同時リーダが目を見開き、私達の方をチラリと見た。
「見つかった?」
「いいえ、ノア。リーダ様は私達には気付いていないようです。でも、エルシドラス様を見て驚かれた様子」
もしかしたら、聖剣を勝手に抜いた事がバレたのかもしれない。私もちょっとだけ怖くなる。
「申し訳ありません、王子。私は、許しも無く、王子のエリクサーを使用しました」
だけど、違った。エルシドラス様は、挨拶の後、そう言ったのだ。
エリクサーを勝手に使ったのだと。
「ルシド……いえ、エルシドラス様ではありません。私の独断でエリクサーを使用しました。エルシドラス様は、意識が無かったのです」
「違います。あの状況において、治癒術士であるこのカドゥルカが判断しました」
「いえいえ。違います。あれは総意でした」
勇者エルシドラス様に続いて、一緒にいた皆が次々とリーダに訴える。
次々と訴えるエルシドラス様達の声は次第に大きくなった。謁見の間にいる人達がビックリしていた。
「なんだ。そんな事か」
マルグリットさんが制止しようと手をあげかけた時、リーダの声が響いた。
「そ……そんな事ですか?」
「いや、だって……ん、ゴホン。いや、考えてみればそうでしょう。勇者であるエルシドラス様の命と、エリクサー……どちらが大事かと聞かれれば、エルシドラス様です」
驚く皆を前にして、リーダが言った。
私もそう思う。エリクサーは沢山あるのだ。
「王子が許すのであれば、この件はこれで終わりだ。エルシドラスよ、これからも国のため、そして王子のために、その生を全うせよ」
それから王様が謁見の終了を宣言した。
「私の忠誠は永久に」
謁見の間から出て行くとき、エルシドラス様は笑って言っていた。
他の皆も笑顔。リーダはやっぱり凄い。
「あの混乱を一言でおさめるとは、リーダ様は素晴らしいお方ですね」
ママもリーダを凄いと褒めた。
それから2つめの謁見。
「では、吟遊詩人ギルドの長ミュウゼンを招いてよろしいでしょうか」
「許す」
今度は吟遊詩人ギルドの人だ。
扉が開き、2人のおじさんが恐る恐る入ってくる。
2人はさっきのエルシドラス様よりもずっとリーダ達から遠い所で跪いた。
「吟遊詩人を代表し、ミュウゼンそしてブフッキが王子より許しを得たいと申しています」
そして跪く2人の側に立ったお城の人が書類を開き言った。
「エルシドラス様とは違い、身分が低い為、王子の許しがあるまで直接口を利いてはいけないのですよ」
チラリとママを見ると、そう教えてくれた。
「ミュウゼンそしてブフッキ。詳細を語る事を許す」
すぐにリーダがそう言った。
「はい。我ら吟遊詩人は、リーダ王子、そしてノアサリーナ様の事を歌いました。それで……」
「それで?」
「あのリーダ様が王子と知らず、その、あの、はい、物語にはオチというものがありまして……それで、その、王子に相応しくない言動を取らせていたというか、その……情けない姿として歌っていました」
「言われてみれば同じパターンが多いですね」
「それでお許しいただけるのであれば、今すぐにでも直すように致しますので……」
おじさんの一人が、布で額を拭きながら言う。
「そうそう。吟遊詩人の詩ってさ、リーダが最後に怒られて終わるんだよな」
どういう事だろうと思っていたら、お姉ちゃんがそう言った。
確かに。
そうだった。詩の中でリーダはいつも最後にカガミお姉ちゃんから怒られて終わるのだ。
あれは許せない。リーダは格好いいのに、格好よくない事になっている。
「よく観察しているのでアル」
「ちょっと前に、レイネアンナにも怒られていたのです」
「てやんでぇ」
「もう。リーダは格好いいの!」
お姉ちゃん達が笑っているので、すぐに言い返す。
そうだ。リーダは格好いいのだ。
ここはバシッと、格好よく書きなさいと命令しないとダメだろう。
「なんだ。そんな事か」
私がそう思っていたら、リーダは笑って言った。
「そんな事ですか?」
「それはそうでしょう。物語は物語。現実とは違う事もあるでしょう。物語は皆を楽しませるためにあります。皆が笑顔になるのであれば、問題ありません。作った詩を変更して欲しいとか、そのような事を考えていません」
リーダがピシャリと言い切った。そうだった。リーダの言うとおりだ。
皆が笑顔になることが大事だった。
「は、ははー。皆にもそう伝えます!」
「王子が許すのであれば、この件はこれで終わりだ。これからも皆を楽しませよ」
そして吟遊詩人ギルドの人達は笑顔で帰っていった。
皆、来る時はとっても苦しそうだったのに、帰る時には笑顔だ。
やっぱりリーダは凄い。
「リーダ様は凜々しくあり、即断するお方で頼もしいですね」
ママもすっごく褒めていた。
思い出しながら日記を書いて、気がつくと、今日の出来事はいつもより盛りだくさんの内容になった。
「リーダは格好よかった……と」
私は日記をそう書いて締めくくった。
うん。やっぱりお仕事するリーダは格好いいのだ。
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