第770話 肖像画
「いやいや、まだ早いですよ」
オレはテーブルの上に積み上げられた大量の肖像画を前に言った。
「そんな事はありません」
今回の場をセッティングしたレイネアンナが真っ向から反論する。
テーブルの上にある肖像画は、ノアの許嫁候補だ。
レイネアンナが皆に意見を聞きたいということで、肖像画を保管してある部屋にオレ達は集まったのだ。
メンバーは、レイネアンナ、それからオレと同僚達、ハロルドとロンロ。
ノアはピッキー達と一緒に、星読みスターリオことプリネイシアに連れられて飛空船の建造現場に行っている。
目の前にあるのは、数えられない程の許嫁候補を描いた肖像画。これらは僅か数日で山盛り集まったのだという。
「11歳には許嫁を、16歳で婚約を、21歳で婚姻を。幸せをもたらす歳と広く語られているのです」
人差し指を立てて、レイネアンナがまくしたてる。
もっともオレは、この世界の常識を知らない。
「ところで許嫁は、必ず決める必要がある事なんですか?」
「いいえリーダ様。そういうわけでは……許嫁がいない人も多くいますが……」
「まっ、いいじゃん。面白そうだし、ちょっと見てみようよ」
楽しげにケラケラとミズキが笑い、肖像画のうち一つを取り上げる。
ちなみに肖像画を看破の魔法で見ると詳細が分かるらしい。
「皆、イケメンだよね」
「いや、ミズキ氏、これは肖像画、絵だぞ。その気になれば好きに描けると思うが」
「あっ、これ、クシュハヤート皇子の子供らしいっスよ」
「うわっ、なんか頭良さそうじゃん。14歳だって」
「こっちはサルバホーフ公爵の子イリアン様……とのことです。父親似だと思います。思いません?」
こいつら、他人事だと本当に気楽だな。
「だから早いって」
「では、リーダ様は何時ならば良いと考えられているのですか?」
「ノアの事だから、ノアが決めればいいんですよ。そう急かす事でも無いです」
「確かに、縁起にこだわり稚拙な結論に至る事は無いでござるな。影響の大きな話、じっくり考える方がよいでござろう」
ナイスハロルド。
「そうそう。許嫁より将来ですよ」
ここは乗っかるしかない。というか許嫁なんて決めなくてもいいじゃないか。
「ですが、幸せのためには……」
「いえいえ、レイネアンナさん。こういう事はノア自身が納得いくまで考えればいいのです」
そう言って、皆を見回す。
他の奴らも興味本位だ。別に積極的に決めるとか思っていないはず。
すると、肖像画を眺めていたミズキがパッと顔をあげた。
「でもさ、リーダってさ、アレだよね。そんな事言って、ノアノアが30とかになったら、まだ嫁にいかないのかって言いそう」
「プッ、いいそう……」
「確かにそうっスね」
ミズキの言葉に同僚達が一斉に笑う。
「ちなみにリーダは、どんな人がノアちゃんの結婚相手に相応しいと思っていますか?」
「だから早いって」
「別にノアちゃんに無理強いはしません。私も別に許嫁を決めなくていいとは思います。でも、せっかくですし、それにレイネアンナさんも参考にしたいわけですし、それくらいは言ってもいいと思います。思いません?」
「だから、本人が自分で……」
「例えです。例えばノアちゃんが20歳になったとして」
将来ねぇ。急にそんな事を言われてもなって感じだ。
ハロルドの様子を見ても、外野が許嫁を決める事は当然といった様子だ。
そういや、そうか。考えてみると許嫁って小さい頃に親同士が決めるヤツな気がしてきた。
だったら余計に許嫁なんて決めない方がいいじゃないか。
「うーん。まず、お金持ちで、それから優しく穏やかで……家事を分担できる人かな。ほら、亭主関白ってヤツはだめだろ? それから、安定した定職についてたほうがいいだろう。後は当人同士か」
とはいえ、言わないわけにいかない状況なので、嫌々コメントする。
「リーダ、お前、家事の分担とか、安定した定職って、大国の王子が何言ってるんだ?」
言ったそばからツッコミが入る。まったく。
「はいはい。もう好きにすればいいだろ。とりあえず、許嫁なんていらないって」
もう付き合っていられない。
「はい、これ」
アホらしくなって席を立ったオレに、ロンロがパッと板を手渡してきた。何の変哲も無い茶色い板だ。
「何これ?」
ただの板に見えたそれは、オレがマジマジと見ると白い色に変化し、さらに表面に人の顔が浮き出た。油絵風の……オールバックにした青年の肖像画だ。そして、その絵の表情が笑顔に変化し、白い歯がキラリと光った。
「絵が動いた?」
「仕掛け絵ね。で、それ、財務役を代々している大貴族の子供みたいよぉ。趣味が料理って……」
「あっ、面白そう。他にもあるかな」
何が仕掛け絵だ。ミズキも面白がりやがって。
「知るか!」
『ガン!』
思わず投げてしまった。まぁ、いいや。
「リーダ。肖像画を投げるなよ」
「オレは出て行く」
付き合っていられるか。
「もぅ、短気なんだから」
カガミの呆れた声を背中にあびて、オレは部屋を後にした。
まったく。どいつもこいつも。
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