第765話 ボス戦

 角の生えた仮面を被るゴリラと、2体の動く壺。

 計3体の敵を前に、慌てて箱の蓋に手をかける。グッと力をいれて箱を無理矢理開こうとするがびくともしない。漫画に出てくる宝箱にも似た形をした箱は、蓋がじわりじわりとゆっくり開くだけだ。

 オレ達が今遊んでいる王様と小さな騎士達という名のゲーム。このゲームをクリアするには箱の中身を取る必要がある。

 あと少し、あと少し箱には開いてもらわないと中身が取り出せない。


「どうやら、箱が開くまで、壺とゴリラをなんとかするしかなさそうだ」


 ジワジワとゆっくり開く箱を指さし、オレは困った状況をノアとクローヴィスに伝える。

 幸い、今回の攻略ではまだ攻撃を受けていない。あと2回攻撃を受けることができる。つまり余裕がある。


「うん。がんばろうね」

「あと少しだ」


 オレの言葉に2人は頷くと、ゴリラを警戒しつつ動く壺へと剣を向けた。

 対するゴリラは両腕をダラリと垂らし、オレに向かって構える。まだ距離はあるが、前傾姿勢は一足飛びに詰める準備に見えた。

 一方、ロボットのような手足の生えた壺は、ノアが剣の切っ先を向けると、逃げるように走り始めた。

 走る壺に乗った蓋は、カタカタと音をだして揺れ、壺の口からこぼれるように灰色の煙をまき散らす。


「目隠しだ!」


 何のつもりだと思った瞬間、クローヴィスが叫んだ。

 目隠し……。

 確かにクローヴィスの言う通りのようだ。煙は空に上ることなく、地面に残り、足元を隠し始めている。このまま放置すると何も見えなくなりそうだ。いや、すでに、走り回る壺の半身は煙に紛れ見づらくなっている。

 そして、オレ達が煙に気を向けた時だ。

 その状況を待っていましたとばかりにゴリラが動く。


『ドゥン』


 地面を蹴る音がした。ゴリラがオレ目がけてジャンプした。

 飛び跳ねたゴリラはオレの目の前に着地する。小さく地面がゆれ、ゴリラのギョロリとした目が仮面越しにオレを見つめた。体格差がかなりあって、迫力がある。


「危ないリーダ!」


 ゴリラの接近に慌てたノアが、オレを庇うように奴の前に立って剣を振るった。

 対するゴリラは一歩だけ後ずさると、すぐさま両手を真横に伸ばし、自分の足を軸にしてコマのようにグルグルと回りはじめる。

 最初の数回転こそ、ギリギリ当たらなかった。

 だが、オレ達が距離を取ろうとしたタイミングで身体を傾け接近する。


『バァン』


 打撃音が響いた。

 ゴリラの巨大な丸太のような腕に、ノアが盾ごと吹き飛ばされた。

 それだけに留まらず回りすぎてよろめいたゴリラの指先に、オレは当たってしまった。

 オレはともかく……。


「ノア!」


 大きな音がしたのでビックリしたが、ノアはすぐさま立ち上がって剣を構えニコリと笑った。

 オレも怪我は無い。目を回したゴリラがバタリと倒れたので追撃を受けることも無かった。だが、1度攻撃を受けてしまった。

 猶予はあと1回。3度目の攻撃を受けると、入り口に飛ばされてしまう。

 時間的に、今回を逃すと再挑戦は厳しいだろう。あともう少しすれば夕暮れ。さらにすすめば夜だ。

 そして、さらに状況は悪化する。ゴリラの回転攻撃により地面に漂う煙も舞い上がったのだ。

 舞い上がった煙は薄く広がり視界の邪魔になっている。


「リーダ、ノア、大丈夫」

「うん。大丈夫、リーダは?」

「オレも……」


 それは、クローヴィスの号令に、大丈夫だと答えようとした時だった。


「しまった」


 足にはしる小さな痛み。そこには頭突きで攻撃してきた壺がいた。

 誤算の元は煙。地面に漂う煙に紛れて動く壺に、オレは攻撃をくらってしまった。


「やっ」


 ノアが小さく声をあげて壺に剣を振り、追い払った。

 続けてクローヴィスがもう一方の壺へ剣を向けて牽制する。


「あぁぁ」


 それとほぼ同時、高台から見守るギャラリーの残念そうな声が聞こえた。

 言われるまでもない。2回目の攻撃を受けてしまったのだ。あと1回。あと1回攻撃をうければ強制送還。つまりは最初からやり直しだ。

 サッと宝物が入っている箱を見やるが、まだ開いていない。もう少しだけ時間を稼ぐ必要がありそうだ。


「壺だ。ノアとクローヴィスは壺を」


 オレは状況を一瞥し方針を示す。

 派手な動きのゴリラよりも動く壺の方を優先すべきだった。背丈の低くすばしっこい壺は、このゲームにおいて強敵だ。攻撃力は脅威ではない。同じ一撃であるなら、見逃し易い、素早く小さな敵の方が面倒なのだ。


「リーダは?」

「あいつを見張ってる」


 ノアの質問に、オレはゴリラを指さし答える。

 さきほどの回転攻撃で、ゴリラは両手をついて気持ち悪そうなままだ。あの様子なら、もうしばらくは動けないだろう。見張っておいて、何かあれば2人に声をかければいい。


「分かった! 何かあったら教えて」


 方針が定まり、皆が行動する。


「煙が邪魔だ」

「クローヴィス、カチャカチャって音が聞こえるよ」

「音を頼りにするのか。うん、わかった」


 遠巻きにゴリラを監視するオレの背後で、ノアとクローヴィスが話ながら戦う。


「やっ!」

「あれ、どこにいった?」


 壺は思った以上に素早く動くらしい。ノアとクローヴィスが必死になって戦うがなかなか攻撃をあてられないようだ。ブンブンと剣を振り回す音が目立つ。


「ウッホ」


 そうこうしているうちに、ゴリラが小さく鳴いてゆらりと起き上がる。

 とうとうゴリラが起き上がってしまった。先ほどと同じように両腕を前にダラリと垂らした前傾姿勢でオレを見る。

 あと1回攻撃を受けると強制送還。ギリギリの状況に油断は出来ない。あのゴリラの動き、一挙手一投足を見逃すわけにいかない。

 しばらくにらみ合いが続いたが、ゴリラが先ほどと同じように一足飛びに接近してきた。

 ラッキー。

 反射的にオレは喜んだ。同じパターンの行動なら対処可能だ。

 続けて両腕を左右に伸ばしたゴリラの動きを見て、しゃがみこみバッと距離を取る。

 視界の端にゴリラを留めたまま、十分な距離をとり、緑の生け垣に手をついた。

 あとはこの繰り返し。十分時間を稼げるだろう。

 そう思った。

 だけど、油断大敵。

 ゴリラは予想外の行動を取った。

 ヤツはおもむろに顔へ手をやると、バッと仮面を外し投げつけてきたのだ。


「うわっ」


 いきなりの攻撃にオレは慌てた。

 それがオレに致命的なミスを呼び起こした。

 思わずマントの端を掴んで振り回し、仮面をマントで弾き落とすという行動をとってしまった。

 カラカラと音をたて、仮面が転がる。


「どっちだ」


 転がる仮面を見て、思わず呟く。

 ゲームのルール上、王様役のオレは攻撃できない。直前のオレの行動……マントを使って飛んできた仮面を弾いた行為は、どう扱われるのだろう。

 突如として物音が消え、沈黙が続く。

 どうなるんだ、これ?

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