第764話 手強い迷路
王様と小さな騎士達という、王城の庭に広がる生け垣の迷路で遊ぶゲーム。
そこで初めて出会った敵は、木製の仮面をかぶった猿だった。ひざ丈程度の大きさをした小さな猿。その猿は、茶色い壺を抱えて、丸い壺の口をこちらに向けていた。
猿がその小さな足でパタパタと地団駄を踏んだ。
『ポ、ポポン』
乾いた音をたてて壺から沢山の松ぼっくりが飛んでくる。
当たったところで痛くはなさそうだ。とはいっても、3回当たると入り口に転送されるというから無視はできない。
「リーダを守ろう」
クローヴィスが掛け声をあげ、飛んでくる松ぼっくりを盾で叩き落とす。それを見たノアも続く。
「キキッキキキ」
仮面を被った猿が小さく鳴いた。
つかず離れず距離を取って攻撃を続けていた猿は、しばらくすると逃げていく。
とりあえずしのいだ。
そう思った瞬間だった。
「あれ?」
ノアが声をあげる。
景色が一瞬で変わったのだ。気が付くとオレ達は入り口にいた。
「おかえりなさいませ」
オレの背後から声が聞こえた。
振り向くとエティナーレが、楽しそうに笑い、オレ達を見下ろしていた。
オレが3回攻撃を受けて、入り口に戻ったのか。
「全部防いだはずなのに……」
「うん」
「ノアノア、リーダ! リーダが背中から攻撃されてたよ」
不思議がるクローヴィスとノアに、隆起した地面の上でオレ達を見ていたミズキが身を乗り出し声をあげる。
「リーダが?」
「壁から蛇がでて、先輩の背中を叩いたんスよ」
続いてプレインが解説した。攻撃されていたのか。まったく気が付かなかった。
振り向くようにして背中に目をやり触ってみる。何かが当たった感触は無かった。ほんの少し触れただけでもダメらしい。
「うーん。次は、後に気を付けなきゃ」
「隊列を組んだほうが良さそうだな」
「あのね、私が後を見張るよ。それで、前がクローヴィス」
とりあえず隊列を組むことにする。
そして、攻略再開。
今度は大丈夫だろうと思ったオレ達だったが、ほどなく強制帰還の目に会った。
「戦う場所が悪かったんだ」
再挑戦とばかり、入り口をくぐった直後、クローヴィスが悔しそうに言った。
先ほどの猿が、今度は三叉路にさしかかった所で出現したのだ。オレ達の通ってきた通路を除く2方に一匹ずつ。そして、さきほどと同じように松ぼっくりを飛ばしてきた。
クローヴィスは一匹の攻撃を防ぐので精一杯。ノアはオレの後にいたので、もう一匹の攻撃を防ぐ事が出来なかった。
一応、ノアがオレの横をすり抜けて前に進もうとしたが失敗した。飛び道具をかわしながらの場所の入れ替えは難しい。細い通路でとっさにするとなると、難易度はさらに跳ね上がる。
「少しだけ退却すればよかったな」
「うん」
もっとも、対策はすぐに思いつく。
先頭を進むクローヴィスの指示に従って退却などを行うことにした。
「3度目……」
ところが、オレ達はまたもや強制帰還となった。
今度は生け垣に擬態した木の魔物に攻撃を受けてしまった。
「あの、エティナーレさん、これ難しすぎやしません?」
入り口に戻ったオレはニコニコと笑うエティナーレを見上げて愚痴る。
始めてこのかた、体感10分もしないうちに、すぐに帰還してしまうのだ。しかも初見殺しな状況で。
流石にクソゲーだろ。
「エティナーレと呼び捨てて頂いて結構ですよ、王子」
「それで、ですね」
「えぇ、難しいと言われれば、確かにそうです。ですが、王子だけではなく、ノアサリーナ様に、テストゥネル様の子クローヴィス様。皆様の力量を考えると、このくらい難しくしないとすぐにゴールされてしまいますわ」
ところがエティナーレは悪びれることなく、楽しそうに微笑み答えるだけだ。
「大丈夫だよ。このくらい平気さ」
エティナーレの言葉を聞いたクローヴィスは、力強く言って再び入り口をくぐる。
「うん。頑張ろう」
それにノアも続く。
2人ともへこたれないな。
そこから先は同じような事の繰り返し、攻撃を受けて帰還しては再突入、帰還しては再挑戦。
木製の蜂が大量に襲いかかってきたり、地面から巨大なミミズが襲いかかってきたり。
やりすぎだろうと愚痴りたくなる状況が続く。
だけど、ただやられるだけでは無かった。
オレ達は着実に進めるようになっていった。
「待って、罠だ」
クローヴィスは地面や壁の異常を察知できるようになった。
ノアやオレも咄嗟の攻撃に上手く対応できるようになっていた。
とはいえ上手くいくばかりでは無い。
『ガン』
一生懸命なノアが振り回した盾にオレがぶち当たったり。
「クローヴィス! 深追いしすぎじゃ! 早よ戻れ!」
隊列がバラバラになって、見物人の言葉で状況に気がついたりと、いろいろ大変だった。
そんな状況に、ノームが作った高台から見下ろす皆は気楽なものだ。
「あはは、ノアノア、リーダが壁にめり込んでる。引っ張って、引っ張って」
「それ敵じゃないっス。その空飛ぶ魚、聖獣っス」
「クローヴィス君。右から大軍」
右往左往するオレ達を、応援しながら盛り上がっていた。
ヨラン王や、ミズキなんかは酒盛りを始めてやがった。まるで球場で応援する人達みたいに。
でも、そういうのも悪くない。
ちょっとした応援を受けて、進む中、オレ達にも余裕がでてきた。
「学校?」
余裕の中での雑談。ノアの言葉にクローヴィスが首を傾げた。
「うん。スプリキト魔法大学。カガミお姉ちゃんと一緒にいくの」
「学校か、いっぱい人がいるんだよね」
「皆で勉強するんだって。リーダがバッと行って、サッと卒業した所」
ノアはこれから学生生活か。そういえば、王都へ向かう途中にいろいろと計画を立てていたな。
ピッキーの故郷になぜかいるゲオルニクスを尋ねに行くことや、ロック鳥を親元へと送る計画も立てていたはずだ。そう考えると、ノアにはやる事がたくさんだ。
「そっか。ボクも勉強したいな。もっと、もっと」
クローヴィスは、ノアの言葉に神妙な顔をして頷いていた。
そうして、雑談しながらの迷路探索。その時はついにやってきた。
生け垣が作る緑の迷路がパッと開けて、少しだけ開けた場所にたどり着く。
「やった、ゴールだ」
クローヴィスが剣先で、開けた場所の中央にある大きな箱を指した。
「ゴール?」
「そうなんだ。リーダが、あの宝箱の鍵穴に錫杖を差し込んで、箱の中身を取り出したらボク達の勝ちなんだ」
「やった! リーダ、早く、早く」
喜ぶ2人に頷いて、オレは箱へと駆け寄る。
箱のてっぺんには鍵穴がついていた。すぐに、そこへ錫杖を差し込む。
ところがクリアとはいかなかった。
『カチャ、カチャ』
箱の陰から音がして、膝丈の小さな壺が飛び出してきた。ブリキのロボットのような蛇腹状になった手足が生えた壺が2つ。壺が歩くと、カチャカチャと壺の口に乗っかった蓋が揺れて音をたてた。
「敵、離れてリーダ」
声をあげたノアが歩く壺とオレの間に身体を滑り込ませた。
箱の中身をとらなきゃいけないってのに、敵。それに箱がなかなか開かない。ジワジワとゆっくり開く箱の中に見えた白く大きな球体は、もっと大きく開かないと取り出せそうにない。
『ドンドン』
背後から太鼓を叩くような音が聞こえて、オレ達が入ってきた通路を見る。
「敵が増えた」
今度は角の生えた仮面をつけて、マントを羽織ったゴリラ。名前は忘れたがエティナーレの使い魔だったはずだ。子供の身体になってみると、余計にゴリラが巨大に見える。
『ドンドン』
そしてゴリラはもう一度、両手で胸を叩いて音を鳴らした。
ここまで来て入り口に戻されるのはシャレにならない。
リスクの面からみても、最後の試練って感じだ。
敵は3体。戦えるのは2人。さて、どうしたものか。
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