第763話 王様と小さな騎士達

 テストゥネル様が指さした先に、大人の背丈ほどの高さをした緑の壁が見えた。

 すぐに、それは刈り揃えられた生け垣だと気が付いた。


「迷路なんだって」


 杖をサッと振りながら言ったノアに促され、生け垣に向かって歩くことになった。


「王様と小さな騎士達って、ゲームなんだ」


 そしてクローヴィスが、歩きながら生け垣が作る迷路に何があるのかを教えてくれる。

 パッと見た目、緑の壁に見えるソレは巨大な迷路で、なおかつ一個の巨大な魔導具。それを利用したゲームだという。

 王様と小さな騎士達。

 プレーヤーは3人、チームとなって迷路をゴールに向かって進むゲーム。1人が王様役で、残り2人が騎士役。魔物を模した魔導生物や、罠といったイベントをしのぎつつ進めるゲームらしい。

 大がかりな準備が必要で、世界にこのゲームができる設備は25か所もないそうだ。そのうち一つが目の前にあるアレだという。


「騎士役は、木剣と盾を使って……王様は錫杖を持つんだ。騎士は無敵だけど、王様が3回攻撃を受けるとスタートまで戻るから、守らなきゃダメなんだ」

「クローヴィスは遊んだことあるの?」

「うん。だけど、ずっと王様役だったから……でも、今日は騎士役やってもいいって! お母さんが」

「だったら、リーダが王様だね。だって王子様だもん」


 嬉しそうに話を進めるクローヴィスに、ノアが加わり役割分担が決まる。

 オレは王様役らしい。

 生け垣に近づくと、2人の人が近づいてきた。

 一人は猿の使い魔をつれた黒騎士エティナーレ。もう一人は、杖をついた小柄な老人だ。地面に届きそうなほどの長く白い髭に、とんがり帽子。いかにも魔法使いといういでたちだ。


「エティナーレ、クゥアイツ、準備は?」

「いますぐにでも。術は施してありますわ」

「宮廷魔術師団には背面にて術の安定を命じてありますじゃ。それから、見物のための飛行船ですが……そちらはあとわずかで、鐘の船が回る前には着きますな。王よ」

「では、しばらくは3人の活躍は見れぬかえ」

「まぁ、物見塔があちらにあるが、行くまでに飛行船が着こう」


 残念そうに呟くテストゥネル様に、ヨラン王がやや離れた場所にある小さな塔を見つめながら答えた。

 クローヴィスとノアは、エティナーレの使い魔であるオラウータンから、木剣と盾を受け取り構えたりしている。質素な木剣を手にしたクローヴィスは、今すぐにでも始めたいといった様子だ。

 飛行船が着くまでゲームを始めないという選択肢がテストゥネル様に無いのは、そんなクローヴィスを見てのことだろう。


「では王子、こちらを」


 はしゃぐ2人を見ていると、クゥアイツという老人が杖を差し出してきた。宝石のはまった杖を模した木製の杖だ。


「これで攻撃するのか」


 少し振ってみる。軽い手触りが心もとない。真新しい木の香りが良い感じだ。もっとも実践ではないから、危険は無いのだろうけれど、木剣とかのほうが強そうだ。


「ギャッハッハ。王様と小さな騎士達において、王様役は騎士達に守られるだけの存在だ。攻撃に参加はしない」

「へぇ」

「あれは遊びという目的とは別に、人を守る事、守られる事を学ぶという目的がある。せっかくだ、守られる立場を味わえばいい」


 なるほど。

 確かにルールも護衛をゲームにしたような感じだしな。


「リーダ! 早く始めよう!」


 木剣をブンブンと振るノアに呼ばれる。2人は生け垣の切れ目、入り口だと思われる場所でスタンバっていた。


「了解、いまいくよ」

「ふむ。クローヴィスの活躍が最初から見たかったのだが……仕方ないかの」

「ここからじゃ、生け垣の向こうが見えないのがね」

「あっ、それなら大丈夫そうっス……いや大丈夫らしいです」


 残念がるテストゥネル様にプレインが応えた。


「てやんでぇ」


 続いて、彼の足元にいたツルハシを持ったモグラが鳴く。

 片手にツルハシを持ち、小脇に瓶を抱えて口元に白い……マヨネーズを付けたモグラ。ノームだ。あの瓶にはマヨネーズが詰まっているようだ。どうせプレインの影響だろう。


「てやんでぇ!」


 そんなノームは再び鳴くと、ツルハシをコツンと地面に打ち付けた。


『ズズズ……』


 小さく足元の地面が音をたて、すぐさまオレ達の立っていた地面が隆起する。

 階段状になって隆起した地面から見下ろすと、壁に見えた生け垣の向こう側に広がる迷路が見えた。巨大な迷路だ。そういえば外国のお城に迷路があるというのをテレビで見たことがある。ここにも、こんなのがあるのか。しかも、元の世界とは違ってギミック付き。

 これは俄然やる気になってくる。


「ほれ、早よ行け」


 眼前に広がる迷路に見入っていると、後ろからテストゥネル様の声が聞こえた。


 「はいはい」


 隆起した地面から飛び降り、ノア達の元へ駆けていく。


「遅いよ」


 入り口に立ち、向こう側をチラチラと見ながらクローヴィスが言った。

 そわそわしているクローヴィスが面白い。


「ごめんごめん」

「もぅ。仲良くしないとダメだよ。クローヴィス」

「ごめん。ノア」

「頑張ろうね、リーダ」


 そしてはやるクローヴィスを先頭にして、オレ達は迷路へと入っていく。


「御武運を」


 背後から、エティナーレの声が聞こえた。

 子供の体だからだろうか、生け垣の向こうは不気味に見える。


「まずはボクが斥候するよ」


 クローヴィスがギュッと剣を握って言った。

 これもやはり、子供の体だからだろうか、クローヴィスが頼もしく見えた。


「うん。頑張ろうね」


 そしてノアが元気に頷く。ノアも頼もしい。

 通路は狭く、なんとか2人の人間が並ぶことができる幅だ。剣を振り回すことを考えると、並ぶのも厳しい。

 でも、入り口で感じた不気味さはなかった。逆に、草木の香りがほのかに漂いリラックスできた。まるで森の中にいる感じだ。

 見上げると生け垣が作る壁の向こうに青空が広がっていた。空にはフワリと飛ぶ鳥、そして鐘を吊り下げた飛行船。のんびりとした空の景色がとてもいい。


「敵だ! 気を付けて」


 空を見ながら先行する2人の後をついて行くと、クローヴィスが声をあげた。

 敵か。遊びとはいえ、よそ見はダメだな。ゲームに集中しよう。

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