第766話 宝物

 オレの振り回したマントが、ゴリラの投げた仮面とぶつかった件。

 防御と見做されるのか、それとも攻撃を受けたと判断されるのか。

 直感的にダメだと思ったが、入り口に転移しない。

 これは、ひょっとして……。どちらにしろ二者択一だとオレは考えていた。

 だけれど、結果は予想外な言葉で返ってくる。


「やったよ! リーダ! 宝物とったよ!」


 ノアの弾んだ声が聞こえた。

 声がした方を見ると、箱の前に立ったノアが大きく白い球を持ち上げて叫んでいた。

 サッカーボールより一回り大きな真っ白い球だ。やや赤みがかった空の光を反射して、キラリと輝く白い球。

 その様子を見たゴリラは、明後日の方向へタタッと走り出すと、ヒョイと生け垣を跳び越え去って行った。


「お見事です」


 そして直後、周囲の風景が変わる。

 辺りを見ると、入り口と小さな葉っぱを手にしたエティナーレが見えた。


「勝ったんだよね?」

「えぇ、クローヴィス様。皆様の勝ちでございます」


 エティナーレが答えたことで、安心できた。強制帰還では無かったようだ。

 入り口に戻ったので、失敗という言葉が頭に浮かんでいたところだ。ホッとする。

 もうすぐ日が暮れるという状況で、最初からというのはシャレにならない。


「ちなみに、ノアが宝物を取るのが遅れたら……」

「そうでございますね、王子のマントがジルバの投げた仮面にぶつかりましたので、入り口に戻っていたかと」


 やっぱりそうか。

 これはゲームだから、あのマントはオレの一部ってことで、攻撃があたればアウトになっていたか。

 本当にギリギリだったな。


「助かった」


 安堵の言葉が思わずでて、ホッとしてへたり込む。


「では、最後の仕上げを致しましょう」


 オレを一瞥し、微笑んだエティナーレはノアへと近づきしゃがみ込んだ。

 何をするのかと思っていると、彼女は胸元から一枚の布を取り出し足元に広げる。

 布には魔法陣が描いてあり、そこへ葉っぱを一枚、乗せた。


「あとは、ノアサリーナ様、その宝物……スノウノを」

「スノウノ?」

「えぇ。グラムバウム魔法王国のさらに東……そこに自生する植物から採れる果物にございます」


 エティナーレはノアから宝物を受け取ると、葉っぱの上に置き、魔法を唱えた。

 あの白い球は果物だったらしい。

 詠唱が終わると、葉っぱが緑の大皿へと姿を変え、その上に乗っかったスノウノも、パカリと三日月状に等分された。スノウノの中は、外と同じく真っ白い。


「難易度の高いゲーム。王子達も喉が渇いたでしょう。お好きにどうぞ」

「どうやって、食べるの?」

「かぶりついて。テストゥネル様からも許可を頂いていますので、乱暴に食べても叱られることはありませんよ」


 クローヴィスの問いに、エティナーレは答えると、スノウノの切れ端を3つだけ残して、残りを宙に浮かせ、それらを伴って高台へと飛んでいった。


「じゃ、せっかくだ食べるか」


 さっそくとばかりに地べたに座り込み、スノウノの切れ端を手に取る。

 そしてスイカを食べる要領でかぶりついてみた。

 食感はよく冷えた……いや、一部凍ってシャーベット状になったスイカ。

 味は練乳をかけたかき氷。


「甘い!」


 オレの真似をしてかぶりついたクローヴィスが嬉しげに笑って言った。

 静かに見えたノアは夢中になってかぶりついている。


「キーンってする」


 そしてノアが頭を押さえて呻いた。


「ど、毒? 大丈夫?」

「冷たいものを一気に食べるとそうなるんだよ」


 焦るクローヴィスに答えると、ノアも頷いた。


「あのね、ミズキお姉ちゃんも前になってた。お姉ちゃんと一緒」


 額に手の平を乗せて、ノアが笑った。

 それからオレ達は無言での食事タイム。


「へぇ。スノウノって氷山に自生する植物なんスね」

「暖かい場所に出すと、ゆっくり凍結を始めるって不思議だと思います。思いません?」

「これは珍しいものを」

「ピッキーが好きそうだぞ。これ」

「あぁ、そうそう、そんな感じ」


 無言のオレ達とは違い、高台にいるギャラリーは騒がしいものだ。

 そんな中、最初に食べ終わったオレは、休憩とばかりにゴロンと横になる。

 空は少しだけ赤みがかっていた。

 なんだかんだと言って、半日以上ぶっ続けでゲームをやっていたわけだ。

 最初は無理だと思っていたけれど、なんとかなるものだ。

 思った以上の達成感を抱けたことに笑みがこぼれる。


「私も!」

「ボクも!」


 のんびり空を眺めていると、オレにならってノアとクローヴィスもゴロンと仰向けになった。

 そして、ボーッとする時間がしばらく続いた。仰向けになって眺める空には、大きな鐘を吊り下げた飛行線、魚の聖獣、そして鳥と雲が見えた。


「さて、そろそろ妾達は戻ろうかの」


 そんなのんびりとした時間は、夕暮れからいよいよ夜の闇が訪れようという頃に、テストゥネル様の声で終わる。


「確かに、そろそろ起きるか」


 グッと起き上がるオレにならい、ノアとクローヴィスも起き上がる。


「では、ノアサリーナ様、クローヴィス様、盾と剣を」


 そして、それはエティナーレが、遊びに使った盾と剣を回収しようと声をかけたときだった。

 ちょっとだけ躊躇したノアが剣と盾を差し出した時、クローヴィスが困ったような顔をした。

 一瞬だけだったが、それが気になった。

 どうしたのかと思ってクローヴィスを見て、すぐに理由に気がついた。

 彼の持つ盾、その裏側に文字が見えた。

 そこでふと気がつく。クローヴィスはあの迷路で沢山の判断を的確に下していた。

 多分、攻略情報を盾の裏にメモしていたのだろう。

 そして、使った盾に思い入れが出たのだろう。

 子供の頃、シールを沢山貼った超合金ロボが大好きで、いつも部屋の片隅に置いていた事を思い出す。


「エティナーレ様、ゲームで使った錫杖……頂くことはできませんか? それとも貴重品?」


 そこでオレから声をあげることにした。


「敬称は……まぁ、そうでございますね。錫杖はすぐに作る事はできますが? 何かございましたか?」

「いや、せっかくだから記念品に貰おうかと」

「そういう事ならば、もちろん献上致しますわ。後ほど宝箱から錫杖を回収し、王子の元へお持ち致します」

「私も盾と剣が欲しい!」

「ボ、ボクも! ボクも!」


 オレとエティナーレの問答を聞いて、ノアとクローヴィスが声をあげる。

 特にクローヴィスはギュッと盾を抱きしめて、誰にも渡さないといった調子だ。


「皆様が気に入った事を知れば、職人も喜ぶでしょう」

「うん。ボクは宝物にするよ!」


 そうして王様と小さな騎士達というゲームは終わりを告げる。

 これで、めでたしめでたし……のはずだった。

 ところが。


「ふむ、クローヴィスが楽しそうで何よりじゃ。して、明日のリーダ……どうしようかの」


 ほんわかムードは空気を読まないモンペのせいで振り出しに戻る。


「明日?」

「そうじゃ。もう少し罰を増やそうと思うての」


 わけのわからないテストゥネル様からの一言。

 マジで何言ってるんだ、このおばちゃん。


「いや、私は忙しいのです」


 付き合ってられるか。


「はて……忙しい?」

「そうです。テストゥネル様、リーダは……リーダは王子様の仕事で忙しいのです」


 オレの抵抗を皆が興味深そうに眺めるなか、ノアが援護をしてくれる。

 薄情な同僚達とは大違いだ。ありがとう、ノア。


「そうなのです。申し訳ありません、テストゥネル様。誠に残念ながら私には王子としての務めが待っているのです」


 もうノアに乗っかるしか無い。

 オレはことさら真剣な表情でテストゥネル様に答えた。

 だけれど、直後、この回答は失敗だったと思い知る。


「ギャッハッハ。そうか、お前がそこまでやる気に溢れているとは気がつかなかった。許せ」


 さらなる登場人物の一言で。

 声がした方を見るとニコニコ顔のヨラン王が近づいてきていた。

 そして楽しそうに言葉を続ける。


「そうだな。勇者エルシドラスと、吟遊詩人ギルドの長から、謁見の願いがでている。やる気であるならば、すぐに手配をしておこう」

「リーダ。お仕事、頑張って」

「ふむ。クローヴィスの友人が、ヨラン王国の王子として活躍するのは悪くない。邪魔をしても悪かろう。活躍を期待しておるぞ」


 流れるような労働への道。

 嵌められた。

 ノアはともかく、ヨラン王とテストゥネル様はグルだ。

 直感した。


「其方が働く事になって、胸がスッとした。皆に良い政を敷くことを願っておるぞ」


 そして、その直感は、テストゥネル様が帰還する直前の言葉で確信に至った。

 なんてことだ……。


「頑張ってね、リーダ!」

「えっと、あぁ……うん」


 これがオレのセカンドキャリア決定の瞬間だった。

 今や聖女の呼び声高いノアに加えて、王様に龍神、世に名を轟かせる3名の後押しを受けて。

 とどのつまり、ゴロゴロできない生活。

 王子様業務に勤しむ人生を送る事となったのだった。

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