第755話 水鉄砲
飛行船による王都への旅、それが10日程すぎた日の事だ。
「海より深く、反省しております」
平和に続く旅の中。飛行船の一室。広間代わりに使っている一室でオレは頭を下げた。
神妙なオレの謝罪を、隣に立ったノアは顔をチラッと動かし見る。
「もぅ……」
オレの謝罪に、カガミが呆れたように呟く。ちなみにカガミの隣にいるレイネアンナは無言。他にはミズキとロンロが笑って見ていた。
なぜ、オレが謝罪することになったのか。
その原因は朝食後まで遡る。
カガミがノアの学習スケジュールを組んだということで、必要な資料を取り出すことになったのが始まりだ。
具体的には、いくつかの箱に入っているものを取り出して、別の箱にまとめる作業だ。
そこで、からっぽの船室があると聞いたので、その部屋を使い作業を行うことにした。
「じゃ、適当にチャッチャとやってくるよ」
「わたしも行く!」
軽い調子で請け負って広間から出るオレを、ノアが追いかけてきた。
ノアとオレで作業することになったわけだ。
もっとも、作業内容は大した事ではない。いい暇つぶし程度の事だ。
だだっ広い板間に、影から箱を取り出して、さらに箱の中身から必要な物を取り出していく。取り出し終えたら、一つの箱に取り出した物を詰めていく。
ノアの勉強に必要なものを一つの箱にまとめるだけ。
問題無く作業は順調に進んでいった。
「じゃ、次は飛び道具か……」
カガミから貰ったメモに目を落とし、影から箱を取り出す。
シンプルな四角形をした木箱。目印に、シンボルマークと番号が書いてある箱だ。
慣れたもので、すぐに思った通りの木箱が影からせり上がる。
『ガッ……コン』
小さな音をたてて板間に出現した木箱に、待ちきれない様子で眺めていたノアが駆け寄っていく。そして、パカリと開けて覗き込んだ。
「えっと、弓……それから矢が3本」
箱から目当ての物を取り出し、それらを抱えてノアが部屋の片隅に駆けて行く。
部屋の片隅。そこに、取り出した品々を一旦置いておくのだ。
すでに本やいくつかの触媒。それから積み木に似た木製のオブジェが置いてある。
箱から物を取り出して、一時保管スペースに置くのはノアの役目だ。
その間にオレは次の品物を取り出すべくメモに目を通す。
「次はインクと……筆っと……」
「リーダ、これは何?」
メモを見ながら呟いていると、ノアがオレを呼んだ。
ノアが両手をそろえて差し出した手の平に、珍しい物がのっかっていた。
「なんだい? あぁ、ピストル……のオモチャだね」
懐かしい物……それは、木製のピストルだった。
小さな木片を削ってピストルに似せた物だ。誰が作ったのかは知らないけれど、よく出来ている。黒く塗ってしまえば、本物と思ったかもしれない。
「ピストル……でしたか」
「そうそう」
小さく呟くノアからピストルのオモチャを受け取り、少しだけ眺める。
木製のピストル型のオブジェ。中は空洞で、液体が入っているようだ。中の液体が動く事により重心がユラユラと変わり、微かな水音も聞こえた。
「どうやって使うの?」
「そうだね……。ん、あぁ、これ」
ノアの質問を聞きながら、ピストルのオモチャを見ていると、銃身に、お遊び水鉄砲と書いてあった。プレインの字だ。彼が作ったオモチャの魔導具らしい。
銃の先に手の平をやり、もう一方の手で引き金を引くとピュっという音と共に冷たい水の感触があった。引き金を引いたとき、小さな反動があり、カチャリという音がしてシリンダーが回転していた。思ったより作り込んであるオモチャだ。
「どうしたの?」
オモチャのリアクションが面白くて、手の平に何度か水を出していると、再びノアが尋ねてきた。こちらを見上げるノアの顔を見て、ちょっとした悪戯を思いつく。
「これはね……バーン!」
そう言ってノアに向けて引き金を引く。ピュッと小さな水音がしてノアの顔に水がかかった。
「むぅ」
ピチャっという音と共に顔面に水を受けたノアがうなり声をあげた。
そして、先ほど取り出した箱に手を突っ込み、何かを呟く。
「ゴメンゴメン」
「ううん。あのね……」
「なんだい?」
謝るオレに、ノアが静かに首を振ると、箱から何かを取り出してこちらに向けた。
「お返し!」
そして、そう言ってノアは手にもった筒……筒型の水鉄砲のピストンを思いっきり押し込む。
『バシャッ』
今度は、オレの顔面が水浸しになる。
ノアは得意満面だ。
「ウンディーネ! もう一回!」
さらに、ノアの追撃。ウンディーネの力で水鉄砲に水を補充し、オレに追い打ちをかけたのだ。
「ウンディーネ、オレもだ!」
オレは手を少し上げウンディーネに頼む。すぐに水鉄砲に水が補充される。
そこから、突如始まった銃撃戦。
夏の終わりとはいえ、まだまだ暑く、水鉄砲は涼しくなって一石二鳥。
部屋に転がっている箱を盾に、走り回りながらすすめる銃撃戦は思ったより楽しい。
さらにウンディーネが悪乗りを始めて、撃ち放つ水の量が目に見えて増えるようになった。発射した後で、水量が増えて相手にぶち当たるのだ。
そして。
「あの、騒がしいと思い……」
『バシャ』
「あっ」
部屋に入ってきたカガミとレイネアンナに、ノアが放った水が思いっきりかかった。
「ちょっと水鉄砲で遊んでてさ……」
「そう、ですか」
「あの……リーダ、あれ」
レイネアンナは小さく呟き、バッと部屋から出たが、カガミはズカズカと部屋に入り込み、部屋の片隅に目を向けた。
カガミの見ている先には、先ほど取り出した品々が置いてある。
そして、それらはずぶ濡れだった。
「げっ、濡れているけどさ、夏だし、それにサラマンダーにお願いすればバッチリだよ」
とりあえず弁明したオレに、カガミはじとっとした視線を送り、小さく溜め息をついた。
「ちょっと、向こうでお話しましょうか?」
「はい」
そうしてオレとノアは広間へと連行された。
それから、一通りの経過を広間で説明した。
「海より深く反省しております」
「もぅ……」
こうしてオレは謝罪するような状況になった……ということで、今がある。
「あの、私も海より深く反省しています」
続いてノアが反省の弁を口にした。
その言葉を聞いて、カガミがオレを睨み、ノアに視線を移した後、口を開く。
「ノアちゃん。リーダの真似をしてはダメです」
「ダメ……ですか」
「リーダも、ノアちゃんの手本にならないと」
これはしょうがないなと、頭をさげた。
「ごめんなさい。ノア、だめだって」
「ダメでしたか」
俯いたままノアに向かって微笑むと、ノアも少しだけ笑った。
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