後日談 プリンス☆リーダ

第753話 閑話 召還と召喚

 そこは不思議な空間だった。見渡す限り延々と続く草原、そして静止した僅かな雲のみが存在する青空。草原を飾る草はどれもが短く刈り揃えてあり、その地の不自然さを際立たせていた。

 草原には、白い丸テーブルが一つ、そして白い3つの椅子があった。

 2つの椅子は空席であり、残り1つには貫禄ある女が静かに座りたたずんでいた。

 彼女の名は、テストゥネル。その正体は龍神であり、豪奢なドレス姿の彼女は、テーブルにのった茶の入ったカップを眺め、何かを待っていた。


「心は読めない……か」


 テーブルに一人の男が近づき声をあげた。

 豪華なマントに身を包んだ太った男、それはイフェメト帝国皇帝アヴトーンだった。

 甲高い彼の声にテストゥネルは反応し顔をあげた。


「そうよな。心は読めぬ。安心するがよい」


 ニヤリと笑い男へとテストゥネルは言葉を返す。

 対して面白く無さそうに眉間に皺を寄せたアヴトーンは、椅子からはみ出るほどの太った身体で躊躇無く腰掛けた。


「あれを、残る席へと無理矢理につかせる事はできないのか?」


 椅子につくなりアヴトーンは、草原の一方を指さす。

 そこには腕を組みキョロキョロと楽しげに見まわす灰の長髪をした男……ヨラン王がいた。


「ギャッハッハ。人を指さすものではないな、アヴトーン」


 ややあって2人の視線に気がついたヨラン王は笑いながら大声をあげた。

 アヴトーンは静かに首を振り、ギロリとテストゥネルを睨む。


「ヨラン王よ。其方が席につかねば始まらぬ」


 笑うヨラン王に、テストゥネルは溜め息をつきよく通る声をあげた。

 その態度は困った子供を見る教師のようだった。


「夢の中に世界を造り、我らを招くとは流石は龍神」


 静かにテーブルへと近づいたヨラン王は、楽しげに言いながら席につく。

 そしてテーブルに用意されたコップを手にとり楽しげに眺めた後、中のお茶を飲み干した。


「得体の知れぬ空間で、得体の知れぬ飲み物をよく飲めるものだ」

「アヴトーン、其方こそ龍神テストゥネルを前に躊躇は無いのだな」

「フン」

「さて、妾からまずはちょっとした挨拶代わりの話をしよう」


 テストゥネルは2人の態度など知らないとばかりに言葉を続ける。


「かの者達の故郷では、同じ発音が2つの意味をもつそうだ。だが、文に、書面に、それぞれしたためる時には文字を変えるという」

「ほぅ」

「ギャッハハ、それはリーダ達の心を読み手に入れたことか?」

「そうよな。例えば、しょうかん……一つは召喚、我らが遠くの地にある物や人を喚ぶときの言葉よな」

「もう一つは?」

「召還。遠き地に送った貴人を呼び戻す事」

「何が言いたい」

「はて、妾は、言葉の相違について語っただけであるが?」

「ギャッハハ」

「とまぁ、冗談はこれくらいにしておこう。この場には、かの者達が異世界からの来訪者であることを知る3名がいるわけよな」

「朕は今知った……といえば?」

「さして変わらぬよ」

「召還。そうか、リーダ達はモルススの、ス・スらの……末裔か」

「かってス・スは身内を闇の世界に送り出した。強制的にな。その血に連なる者……それが彼ららしい。ス・スが語っておったよ。リーダと相対した時に。故にモルススの武器を、王族として使用できるとな」


 テストゥネルがニヤリと笑い語り終える。


「つまりは我らはモルススの残党と、召還され舞い戻った追放者の子孫……身内の争いに巻き込まれた……いや、違うだろう」


 しばらくの沈黙があったのち、アヴトーンが甲高い声で感想を口にした。


「ギャッハッハ、余計に困ったな」


 アヴトーンの言葉に、ヨラン王は楽しげに応える。


「まぁ、特に……リーダには権威も暴力も通じぬからの」

「王国、帝国をも滅ぼせる龍神をもってしてもダメとは面白すぎるな」

「とりあえず彼奴には、クローヴィスをそそのかし闇の世界に連れ出した報復はするがの」

「リーダの前途は多難だな」

「朕は引き取らぬ」


 そう言って、アヴトーンは席を立った。

 自分は帰ると言いたげに、彼はマントを自らの手で整える。


「まだ妾は何も言っていないのだがの」


 テストゥネルは、アヴトーンを見ることなくカップに口をつけた。


「もし今回我らを招いた要件が、奴らの処遇なら任せておけ」

「いやに前向きよの」

「あぁ。面白そうなのでな」

「確か、其方は関わると酷い目にあうと評判であったの」

「しかし、敵に回すと破滅するとも……言われていた。朕は平気ではあるが」

「ふむ、妾は別に構わぬ。では、其方に任せるとしよう。招いた理由の半分はこれで片付いた」


 ヨラン王の言葉に、テストゥネルは満足げに頷いた。


「あと半分は?」

「一つ、問いたくてな。其方達は、モルススの敗北はどこから始まったと考えるかえ?」

「朕の答えは、ギリアの地で、ゴーレムが姿を見せた時だ。さて、答えたぞ。ここを去らせてもらおう」

「ギャッハッハッハ、気が合うではないか。俺も同じだ。ギリアの地で、ゴーレムがオーガを殴り飛ばした時だ。あの時に、全てが始まった!」

「ふむ。まぁ、そうよな」


 苦笑したテストゥネルが手をサッと振った。

 連動するように、アヴトーンが音も無く消えた。


「答えは違うと?」


 消えたアヴトーンの方角を見たままヨラン王がテストゥネルへと尋ねた。


「ノアサリーナが母親レイネアンナにより突き飛ばされた時よ」

「うん? それは何時の話だ?」

「ギリアに魔物の襲撃がある前の話よの。そう、始まりは、自らの人生に絶望し、ノアサリーナと共に死のうとしたレイネアンナが、今際の際に思いとどまって咄嗟に取った行動。発動した魔法陣からノアサリーナを庇った行動。つまりは母の愛こそが始まりなのじゃ!」

「そうか……。俺も帰りたいのだが」


 盛り上がるテストゥネルを見ることなく、ヨラン王はボソリと呟いた。

 テストゥネルはそんなヨラン王の反応にサッと手を振ることで応じた。


「まったく、妾の感動に付き合う気もないとは。人の王とは何と心無いものよ」


 自分以外、誰も居なくなった平原でテストゥネルはつまらなさそうに呟いた。


「もっとも、争いの兆候は無く、異世界人であることを知ってもなお、ヨラン王国がリーダ達を受け入れる事を知れた。まぁ、妾にとっては理想的な状況よな」


 そして椅子から立ち上がり虚空を見てテストゥネルが呟き続ける。

 続けて右手をグッと握りしめる。ギリリと彼女の右手が小さな音を立てる。


「リーダには多少の報復はするがの」


 最後にテストゥネルが呟くと、彼女は消え、テーブルは消え、そして空間が消え、静寂のみが残った。

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