第752話 エピローグ

 プレインからオレのスマホを受け取り、簡単な確認をした。

 スマホを使うのも、ずいぶんと久しぶりだ。

 ズシリと重い塊。小さなディスプレイが放つ光が懐かしい。


「何かわかったんスか?」


 予想通りの結果を確認し頷くオレに、プレインが声をかけてくる。


「あぁ。解決した。まず、皆の願いが叶ったんだろ?」

「そうっス。ボクは1億円手に入れてるし、サムソン先輩もミズキ姉さんも、皆……」


 オレはプレインの言葉に大きく頷く。


「えっと、それが、誰も憶えていないかもしれないって問題に何が?」


 カガミが困惑した声をあげた。

 やれやれ。

 あっちでの生活が長かったから、召喚前の状況を忘れているようだ。

 これからの事もある。

 少し厳しめに言ったほうがいいだろう。オレは意を決する。


「大きく関係がある」

「え? そうなんですか? どういう事か教えて欲しいと思います」

「オレ達が召喚される前、やっていた仕事は、確実に達成が厳しい状況だった。つまり無理」

「そうだっけ?」

「うーん。ミズキは仕事について真剣に考えたほうがいいな。それはともかく、あの時、オレは思った。これは無理だなと。だから、作業しつつ考えていた。こんな仕事、デスマーチなんて無くなりゃいいのにって」

「ん? ちょっと待て、リーダ、お前の、その願いが叶ったってことか?」

「そういうことだ。一応、スケジュールを確認したら、すぐ近くの現場で働いている事になっている。ここでの仕事は元々無かった。よって警備員も我々を知らないということだ。つまりは願いが叶い、最悪の状況を脱したということだ」


 オレは皆を見回し真剣な顔で言った。

 仕事というのは甘くないという言外の意味も込めて。

 それにしても、さすがはノアだ。願いが叶い、新しい現場は余裕があるようだ。ヤバい状況を脱出できたことにホッとする。


「なんだよ。リーダ、お前が原因かよ」


 オレの機転に対し、サムソンが呆れた声を出し、同僚達が頷いた。


「オレが原因……って何だ。恩人に対して」

「恩人……」


 憤慨するオレに、カガミが何やら言いたげに呟いた。

 まったく。


「なんだよ。まるでオレが悪い事をしたようじゃないか。これでも穏便な願い事だろ。オレに悪意があれば、ここに隕石が降って現場がパーになったり、テロリストが侵入していた可能性もあったんだぞ」

「そんな妄想しながら、仕事しないと思います」


 オレの主張は軽く流される。

 人の苦労など知る由もないという態度だ。


「まぁ、いいや。じゃ、さっさと戻ろう」

「戻るって、クローヴィス氏がいたときから思っていたけど、向こうに行けるのか?」

「あぁ、戻れるというか行ったり来たりできる」

「本当? 凄い! やった」


 ミズキが大きな声で喜び、静かな部屋に声が響いた。


「今回だけだからね。お母さんには内緒だからね。ノアが喜ぶっていうから、乗せるんだからね」

「そうだな。今回だけは頼むよ、クローヴィス氏」

「うん。皆で帰ったらノアノア絶対喜ぶよ。クローヴィスありがとーって言うよ。絶対」


 喜ぶ皆を乗せてクローヴィスが飛び立つ。

 ビルは壊れているが、放置だ。ハンドベルを鳴らしたけれど、無反応だったしな。

 神様は管轄外ってことなのだろう。

 人数が多いせいか、クローヴィスは来るときよりも、ゆっくりと進む。


「ノアちゃんに、世界を繋いで欲しいってお願いをしていたんですね。ちょっと思いつきませんでした」


 カガミが感心したように弾んだ声で言う。


「いや。究極を超えた究極でも、永久に2つの世界を繋ぐ事はできなかったよ」

「繋ぐ事はできない?」

「月の魔力を全部使っても、4日程度だとさ」


 オレはゆっくりと進むクローヴィスの背中で、神々の事を語る。

 神界で、タイウァス神を前にして口にした願いを。


「だったら、取り引きしませんか?」


 オレはタイウァス神に、そして神々に話をもちかけた。


「上にある月の魔力をタイウァス様に全部あげれば、神を超えられるのでは? それで、神を超える事ができる魔力を渡す代わりに、望んだ時に扉を作って欲しいんです」


 長時間、扉を維持できないのであれば、短時間だけ扉を開いてもらい、その都度使えばいい。だけど、オレが月の魔力を全て費やしても、そこまでは届かない。

 そうであれば、他人にお願いするのだ。


「其方、正気か? 月の魔力を全て譲渡するというのか?」


 ケルワッル神が驚いた様子で聞き返してきた。


「はい。目的が達成できるのであれば」

「ですが、タイウァス神が裏切る可能性もありますよ」


 ルタメェン神が苦笑しつつ質問してくる。


「もし、そうならルタメェン様でもいいです。取り引きに応じてくれる神様であって、約束を守ってくれるなら。それに裏切られたら、そこまでです」

「取り決めで、今回の件はタイウァスが代表でおじゃる。魔力はタイウァスが受け取るでおじゃるよ。最悪でおじゃる。もう最悪でおじゃる」

「私は役得ですね。もちろん大神となったあかつきには、その程度の約束は守りますよ。これからの事もありますし」

「面白い。我らもタイウァスを見張ってやる。その思い切った決断、面白い!」


 こうしてオレは取り引きをすませ、いつでも扉を開くという約束で魔力を譲渡した。

 全部の魔力を。


「フハハハ! 我は神を超えし存在、大神タイウァス。たーいしんタイウァース!」


 魔力を受け取り、大喜びのタイウァスが自分の名前を連呼するのがウザかった。

 イレクーメ神が「最悪でおじゃる。やっぱり調子に乗ったでおじゃる」と騒いでいたのに同意だ。それに、どっかの球団みたいなイントネーションで自分の名前を叫ぶのは止めて欲しかった。


「さっすが、リーダ!」


 一通りの説明を聞いたミズキが感心したように言った。


「やっぱり先輩は凄いっス……わっ! 青空っスよ。青空」


 そうこうしているうちに、明るい場所へと飛び出る。

 ギリアへ戻ってきたのだ。

 青い空、ほんのり暖かい空気、緑の森に、草原。


「本当だ! おい! 天の蓋が無いぞ!」


 サムソンが空を見上げて大きな声をあげる。


「うん! 綺麗!」

「雲一つ無い、青空です!」


 クローヴィスの背中から見える空の景色に皆が大はしゃぎだ。


「ちょっと、騒がないでよ。上手く飛べない」

「ごめんなさい。でも、ありがとうございます。クローヴィス君」

「まぁ、いいけど……」


 オレ達がはしゃぎ過ぎたせいかクローヴィスが、フラフラと揺れながら飛ぶ。

 それでも、あちらの世界より安定してスピードがでていた。

 あっちは本当に飛びにくかったようだ。

 そして、あっという間に屋敷近くまでたどり着く。


「あっ、ノアノア」


 ミズキが弾んだ声をあげる。

 ギリアの屋敷が見えてきた。クローヴィスは少し羽ばたきスピードを上げた。

 米粒くらいだったノアの姿がようやくしっかりと見えてくる。

 ノアもオレ達に気がついたようで、こちらをじっと見ていた。


「あれ? みんないる」


 そして大きな声でノアが言った。

 ノアは両手をバタバタと上下しながら言葉を続ける。


「みんないる! みんないるよ!」


 ノアは、ノアの側にいるハロルドやレイネアンナを初めとする沢山の人達に大きな声で言った。


「リーダァー!」


 それから、こちらに向けて駆けてくる。


『ドン』


 あと僅かでクローヴィスが着陸といったときに、背中を押された。

 とっさの事だったが、フワリと浮き、なんとか地面への激突は免れた。


「おい! 危ないだろ!」


 オレは同僚達に向かって抗議した。


「いいから!」

「いった、いった!」


 そんなオレに同僚達は早くいけと囃し立てた。

 まったく。


「リィーダァー!」


 ノアが涙声でオレの方へと駆けてくる。

 さて、なんて言おうかな。

 タイウァス神の正体とかは教えてあげたいな。きっとビックリするだろう。

 それから、これからの事は……まぁ、後でいいか。せっかく召喚されたおかげで、仕事から、デスマーチから解放されたんだ。これからは、ずっとのんびりするのだ。

 これからの事を考えつつ、ノアへと駆けて行く途中のことだ。

 ノアがつまずいて転けた。

 オレはノアに駆け寄り、起こすついでに持ち上げた。


「リーダ! リーダ!」


 抱え上げると、ノアは大きな声で何度もオレを呼んだ。

 涙でぐちゃぐちゃの顔で。土で汚れた顔で。

 だけど思いっきり嬉しそうな顔で。


「ただいま、ノア」


 オレはそんなノアににこやかに答える。


「おかえり、リーダ!」


 ノアは満面の笑顔で言った。

 雲一つない青空を背にして、ノアの笑顔はまるで太陽のようだった。


 ―― おしまい ――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る